第十八話 フィリアの登録証

 俺は一日宿で休憩した後に、ポメラ、フィリアと共に、魔法都市マナラークの冒険者ギルドを訪れていた。


 フィリアの《夢の砂》を触媒にすれば、下位の鉱石を用いて《アダマント鉱石》を錬金術で造り出すことはできそうであった。

 ……しかし、その錬金実験のための費用が俺達の手許にはないのだ。


 また少し冒険者ギルドで稼がせてもらおう、という発想になったのだ。

 俺やポメラ、フィリアのレベルであれば、冒険者ギルドの依頼くらいなんとでもなるはずである。

 軽く錬金実験の費用を稼がせてもらおう。


 ……もっとも、下手に目立てば《人魔竜》や転生者なんかに目を付けられるリスクが上がる。

 ここに来てからも、フィリアを軽くあしらえる謎の魔術師と出会ったばかりなのだ。

 多少手を抜いて、変な形で目立つことは避けるべきだろう。


 マナラークの冒険者ギルドは、アーロブルクの冒険者ギルドに比べてやや気品があった。

 綺麗に磨かれた石の床には、上を歩く俺達の姿が反射していた。

 顔ぶれも、チンピラのような粗暴な人間は圧倒的に少ない。

 魔法都市マナラークというだけであって、魔術師が多かった。


「俺達は今、C級冒険者でしたね。それなりにお金になる依頼も受けられるはずです」


 俺はアーロブルクでもらった冒険者の登録証を確認しながらそう言った。


「カナタさんの実力を思うと、今更C級依頼なんて受けるのも時間が勿体ないような気も少ししますけれどね……」


 ポメラがぼそりと言った。

 しかし、それが冒険者ギルドの決まりなのだから仕方がない。

 それに、安全な範囲で楽な仕事をやってお金をもらう、というのは悪くない。


「フィリアも、フィリアも冒険者になれる?」


 フィリアが目を輝かせてそう言った。

 彼女は冒険者に憧れていたらしい……というよりは、何に対しても興味津々なだけなのかもしれない。


「なれるよ。登録料くらいは俺が出すから、フィリアちゃんの登録証を作ってもらおう」


 俺が頭を撫でながらそう伝えると、フィリアは両腕をばたつかせて大喜びしていた。


「やったぁ! ありがとう、カナタ! フィリア、嬉しい!」 


 ……だが、受付でフィリアの登録を依頼すると、ギルドの職員から難色を示されてしまった。


「そんな、まだ十歳にもなっていない子供を登録するのですか?」


「あれ、もしかして……何かのルールに引っ掛かりますか?」


「引っ掛かりはしませんけど……あまり褒められたことじゃありませんねぇ。たまにいるんですよ、あなたみたいに子供を使ったり、人を雇って登録させて、自分の自由に扱える名義を増やしておこうとする人が」


 職員がうんざりといった表情を浮かべる。

 ……随分と、面倒なことを企てる人間がいるようだ。


 しかし、実際登録証システムには少し粗が多い。

 依頼の代理受注を行った人間が登録証の剥奪処分になった、という話はアーロブルクで聞いたことがある。

 本来C級の依頼はC級以上の冒険者しか受けられないのだが、C級冒険者が受注した仕事をD級冒険者に任せて仲介料を取る、というものだ。

 冒険者の階級を上げるための実績を他の冒険者から買う、というものも聞いたことがある。


 こうした不正はシステム上対応することが難しい。

 その分、ギルドの職員が不正の対応に尽力しなければいけない。

 そう考えれば、ルールにないことでも明らかに不信だと思えば、ストップを掛けることも仕方がないのかもしれない。


「フィリア、千歳はとっくに超えてるはずだもん! 子供じゃないもん!」


「落ち着いてくださいフィリアちゃん! ね? ね?」


 ポメラがフィリアを宥めている。

 ポメラは本気でフィリアが暴れたら自分では止められないことは理解しているので、顔が必死である。


「その子……魔物の討伐に連れていくおつもりですか? とてもまともに戦えるように見えませんがね」


「大丈夫ですよ。フィリアちゃんは、その、凄く強い子ですから」


「確かに聖女リフィアは十歳でドラゴンを倒したそうですが、その子が真っ当に戦えるなんて、とても私には思えませんね」


 職員の言葉を聞いて、しゅんと俯いていたフィリアが表情を輝かせて顔を上げた。

 俺は咄嗟に彼女を制止するために腕を突き出した。


「フィリアちゃん、始祖竜は投げないで!」


「グラビ……」


 フィリアが指を突き出す。


「《超重力爆弾グラビバーン》も止めて!」


 実力を見せるのに丁度いいかと考えたのかもしれないが、ギルドが大破してしまう。

 というか、フィリアが片鱗でも実力を見せたら絶対に大騒ぎになってしまう。

 ポメラも真っ青な顔をしてフィリアを押さえていた。


「カ、カナタさん、どうにかなりそうにありませんか……?」


 続けて、ポメラが恐る恐ると俺へと尋ねる。

 ど、どうにか、か……。


「……フィリアちゃんはそこそこは戦える方だとは思いますが、何度も戦地には連れて行かないと思います。彼女は天才ですが、さすがにまだ幼いですから。ただ、冒険者として最低限の実力はあるはずですし、今日はちょっとした記念日でして、ルールに問題がないなら冒険者として登録してあげたいなと……」


 俺は登録料として出していた硬貨とは別に、金貨を数枚指で摘まんでこっそりと職員へと渡した。

 職員は一瞬沈黙した後、口元のみでニヤリと笑った。


「ふむ、そこまで仰るのであれば、仕方ありませんね。貴方方の意志はしかと確認させていただきました」


 職員がすっと金貨を回収し、小さくガッツポーズをしていた。

 ……怒られるかもしれないと思ったが、苦肉の策の賄賂が通って良かった。

 出しておいてなんだか、ここのギルドは大丈夫だろうか。

 こうして無事にフィリアの冒険者登録を済ませ、登録証を得ることができた。


「わーいっ! これで、今日からフィリアも冒険者!」


 フィリアが登録証を手に燥いでいる。

 俺はほっと溜息を吐いた。ギルドが始祖竜に吹き飛ばされないでよかった。


「それから、依頼を受注したいのですが……C級冒険者向けに、何かいい依頼はありませんか?」


「C級冒険者、というよりは冒険者全体に優先して受けてもらうよう頼んでいる依頼があります。都市の近くの森で、黒い蜘蛛の大規模な《モンスターパレード》が発生しているんですよ」


「黒い、蜘蛛……」


 俺はそれに覚えがあった。

 馬車でこの都市に移動している途中、そういう魔物の襲撃を受けていた。

 どうやらマナラークの周辺全体で急上昇しているらしい。

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