第十四話 《魔銀の杖》の探索

 通行証を用意してもらった俺達は、ガネットに続いて《魔銀ミスリルの杖》の奥へと進むことになった。


 床には厚い絨毯が敷かれており、壁には気品のある絵が掛かっていた。

 ケースに入ったアイテムが、まるで美術品かのように並べられている。


 これまで俺達が見て回っていたアイテムの店とは違い、明らかに研究者肌の寡黙そうな人物が多い。

 こちらを見てガネットに頭を下げることはあっても、あからさまにこの空間で浮いている俺やポメラをそこまで気に留める様子がなかった。


 フィリアは受付の人に『こんな子供を連れて来るなんてあり得ない』と言われたことがショックだったのか、普段より大人しかった。


「……フィリア、いい子にしてる」


「ありがとう、俺も助かるよ。正直、ここまで畏まった場だって予想してなかったから……ごめんね」


 俺はフィリアの頭を軽く撫でる。

 彼女は心地よさそうに目を瞑った。


「えへへ、フィリア、カナタに褒められちゃった」


 受付の人の反応からして、フィリアは外で待ってもらった方がいいのではないかとは考えたのだが、今回それは少し難しかったのだ。


 ポメラだけでは《アダマント鉱石》はわからないだろうし、《アカシアの記憶書》を貸すにしても見当たらなかった際の代替品を探し出すことはできないだろう。

 かといって、この状況でポメラを置いて俺だけガネットに案内してもらうというわけにもいかない。

 ガネットが関りを持ちたいと考えているのはポメラの方だからだ。

 了承はしてくれるかもしれないが、あまりいい気分ではないだろう。


 ……そして、赤の他人に任せて目を離すにはフィリアはちょっと危険なのだ。

 彼女自身は純粋なのだが、放っておくと前のように始祖竜をぶん投げかねない。


 俺とフィリアが話している間、ポメラはガネットからあれやこれやと話を振られていた。

 ポメラは必死に受け答えをしながら、助けを求める様にちらほらと俺の方を見ていた。


 ……も、もう少し、彼らの会話に首を突っ込んだ方がいいのだろうか。

 ガネットが話をしたいのはポメラの方だ。

 あまり会話に割り込むと、ガネットから邪魔者として認識されかねない。

 彼の機嫌を損ねるのは極力避けておきたいところだ。


 俺は歩きながら、周囲の展示物を眺める。

 ケースには展示物の詳細が掛かれた板が添えられていた。


 《魔銀ミスリルの杖》は、これまで見て回ってきた店とは格が違う。

 本物の店だ。

 ここでなら、俺が探している素材もきっと見つかるだろう。


 ただ……一つ、難点があった。


「あの……ガネットさん、俺達はその、目的の物があるのかを確認したくて来たのですが、実は今、あまり金銭に余裕がないんです。わざわざ忙しいところをついてきてもらって、その、申し訳ないのですが……」


 D級アイテムでさえ三十万ゴールド以上の値がついていたのだ。

 恐らくS級アイテムの《アダマント鉱石》は倍以上の値段になっているはずだ。

 下手すれば、百万ゴールド近くまで行きかねない。

 残念ながら、今の手持ちのゴールドではちょっと及ばない。


「なんと、そうでしたか。しかし、ポメラ殿さえよろしければ、支払いはまた次の機会に、という形で構いません。貴方方とは、少しでも長いお付き合いになればと考えておりますのでな」


 ガネットが温和な笑みのままそう言った。


 ありがたい提案ではあるのだが……あまりこの人に、借りを作りすぎない方がいいような気がする。


「して、ポメラ殿は何をお探しなのですか?」


 ガネットがポメラへと尋ねる。


「え、えっと……鉱石を、お願いします。それで、いいのですよね、カナタさん?」


 ポメラがちらりと俺の方へ確認する。

 俺は小さく頷いた。


 ガネットは俺とポメラの様子を訝しむように眺めていた。

 俺とポメラの関係を測りかねているようであった。

 ポメラがガネットへと向き直ると、彼は何事もなかったかのようにまた笑顔を浮かべる。


「鉱石ですな、お任せください。ここ《魔銀ミスリルの杖》は、鉱石の品揃えには特に自信があります。何せ、抱えている魔術師の量と質は、宮廷錬金術師団にも匹敵すると言われておりますからな」


 ガネットが得意気に言った。


 俺達はガネットに続いて階段を用いて、三階にある一室へと入らせてもらった。


「本来ならば、ここは内部の人間か、通行証持ちの中でも十年以上付き合いのある方に限定させていただいておるのですが……儂の権限で、ポメラ殿らは特別にご招待いたしましょう」


 大きな部屋にいくつものガラスケースが展示されており、中には多種の鉱石が並べられている。

 外見の全く異なるカラフルな鉱石が並べられている様子はとても綺麗であった。


「わっ、綺麗……!」


 フィリアが感嘆の声を漏らした後、はっとしたように口を両手で塞いでいた。


「ええ、そうでございましょう? 配置にも気を遣っているのですよ。気に入ったものがあれば、首飾りに加工したものをプレゼントいたしますよ」


 ガネットが少し頭の位置を下げ、フィリアと顔を合わせてそう言った。


「本当!?」


 フィリアが目をキラキラさせる。


 俺は自分の血の気が引いていくのを感じた。

 ここの鉱石は百万ゴールド近い額であってもおかしくはないのだ。

 さすがにその借りをガネットに作るべきではないように思う。


「フィ、フィリアちゃん、さすがにガネットさんに悪いから、ここは我慢しよう」


「……そっかぁ。カナタが言うなら、そうする」


「その、余裕ができたら、またいつか買ってあげるから……」


「カナタがプレゼントしてくれるの! フィリア、待ってる!」


 フィリアが両腕をぱたぱたさせて燥ぎ、それからはっと気が付いたようにまた両腕で口を押えた。


「ほっほ、少しくらい大きな声を出しても問題はありません。今は、この部屋に他の方はおりませんからな」

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