第十五話 《マナラーク鋼》の価値

「こちらの《マナラーク鋼》は、この《魔銀ミスリルの杖》独自の錬金術で造り出したものなのですよ。どうですか? この仄かに赤い銀色が、なかなか美しいでしょう?」


 ガネットがやや得意気に、綺麗な直方体に加工された金属塊の紹介を行う。

 横に五十センチメートル程ある。

 丁度、加工すれば剣一本分程度になりそうな量だ。


「複数種の希少金属をもとに造られた、高い性能と加工のしやすさを併せ持つ金属なのです。ただ、これを錬金できる人間が、この《魔銀ミスリルの杖》であっても片手で数えらえれるほどしかいないのが難点ですがね」


 この《魔銀ミスリルの杖》の集大成というべき金属なのか。

 錬金術の素材となった金属に加えて、技術料も乗ってくることだろう。

 決して安価ではないはずだ。


「……あの、どのくらいの値段がついているでしょうか?」


 ポメラが恐々と尋ねる。


「そうですな。基本的にこの塊一つで、百五十万ゴールドの値をつけさせていただいております」


「百五十万……」


 俺は思わず値段を口に出して反芻する。

 人間のレベルに格差があるように、高いアイテムはとことん高い、ということは覚悟していた。

 ただ、こうもあっさりと百万ゴールド越えが出て来るとは思わなかった。


 低級依頼をのんびりと熟しているだけでは、この額はなかなか手に入らない。

 やはりS級アイテムともなればとんでもなく高額なものなのだ。

 D級アイテムで三十万ゴールド越えが出てきたところでもう少し警戒するべきだったかもしれない。


 今後の方針を切り替える必要があるかもしれない。

 俺も、冒険者のランクをもう少し気にして活動するべきか。

 いや、もう依頼を受けるよりも高額な買取が行われている魔物の素材を狙って、《地獄の穴コキュートス》のような地下迷宮に潜ったりした方がお金を稼ぐには効率がいいか。


 レベル百程度を装っておけばA級冒険者までは見えてくるはずだし、規格外の危険な連中に目をつけられる心配も薄いはずだ。


 それに、S級アイテムの中にも差はあるはずだ。

 もしかしたら《アダマント鉱石》はもうちょっと安いかもしれない。

 八十万ゴールド程度で手に入ってくれるとありがたいのだが。


「……と、《マナラーク鋼》の話はどうでもよかったですな。長々と話してしまって、いや、お恥ずかしい。大半の鉱石や金属はここに揃っておりますので、お探しのものを言ってください。場所は全て、把握しておりますからな」


 俺は部屋内を見回す。

 正直、知らない鉱石や金属ばかりでよくわからない。


「《アダマント鉱石》は、どこにありますか?」


「む……? 申し訳ございませんが、聞き損じてしまいました。もう一度お願いできますかな」


 俺が尋ねると、ガネットは照れたように笑いながらそう零した。


「実は《アダマント鉱石》を探していまし……」


 俺が名前を言い切ったところで、ガネットの笑顔が凍り付いていることに気が付いた。

 俺も自分の顔が強張るのを感じていた。

 ……何か、違うぞ、これは。


 ちらりとポメラを見ると、彼女は『やっぱりそうでしたか』とでも言いたげな顔で気恥ずかし気に頭を押さえていた。


「ちょ、ちょっとすいません! 名前がこんがらがってしまっていて、変なことを口走ってしまいました」


 俺は《アカシアの記憶書》を魔法袋より取り出し、ガネットの話していた《マナラーク鋼》へと意識を向けながら捲った。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

【マナラーク鋼】《価値:C級》

 都市マナラークにて開発された合成金属。

 赤の掛かった銀の輝きが美しい。

 都市マナラーク及び周辺都市において、武器の素材として用いられることが多い。

 金銭に余裕のあるB級冒険者や、手頃な武器が見つからないA級冒険者からよく好まれる。

 人気が高くやや生産数が追い付いていない傾向にあるが、製造している《魔銀ミスリルの杖》が良心的であるため値段が安定している。

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


「あっ……」


 開いたページの価値のランクを見て、俺は遅れながらに全てを察した。

 血の気が引き、変な汗が身体の奥から溢れて来るのを感じる。


 価値のランクは神話級、伝説級、S級となっているはずなので、S級とはいっているが上から三番目なので大したことはないだろうと思い込んでいた。

 それに《地獄の穴コキュートス》の下の階層では、ちょっと歩けば何かしらのS級アイテムが簡単に見つかっていたのだ。


 だから俺は、価値の度合いを数段見誤っていたらしい。

 多分アダマント鉱石は店を回って見つけられるようなアイテムではないのだ。

 というか、あの《地獄の穴コキュートス》はそこまでぶっ飛んだところだったのか。


 C級で百五十万ゴールドだったら、S級は一体どうなるんだ……?

 単純に一つランクを跨ぐごとに倍と考えても、一千万ゴールド以上の価格になることになる。

 ここまでの感覚だと、日本円とゴールドにそこまで大きな違いはなかった。


 こんなことなら適当にS級アイテムを詰めて持ってきておくべきだったか。

 ……いや、この様子だと売りさばくのにもかなりのリスクが伴いそうであるし、纏まったお金があってもC級までのアイテムしか買えないのであれば、あまり意味はないかもしれない。


「……あれ、俺がルナエールさんからガブガブと飲ませてもらっていた《神の血エーテル》って、あれ一本数千万ゴールド相当だったんじゃ……」


 いや、下手したらそれ以上だったかもしれない。

 思考がぐるぐるして気分が悪くなってきた。

 というか、金銭感覚がぶっ壊れそうだ。


「どうなさいましたかな、ポメラ殿のお連れの方……? 何やら体調が優れないようですが」


「……あ、あの、参考までに聞いてみたいだけなのですが……この施設には、どの程度の価値のランクのアイテムまで置いてありますか?」


「外部の方に公開しているのは、C級アイテムが一番上になりますな。B級アイテムは、我々にとっても貴重な研究対象となりますので。それが、どうかなさいましたか?」


 俺は頭を抱えた。

 ……どうしよう、たった今この魔法都市マナラークへ来た理由の大半がなくなってしまったかもしれない。

 ガネットの優し気な表情が苦しい。

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