第十一話 場違い
「ありがとうございます。ケビンさん、わざわざ案内していただいて」
俺は前を歩き、マナラークの街を案内してくれている男へと声を掛ける。
ケビンは彼の名前である。
道中に自己紹介をしあったのだ。
「いいってことだ。いや、それに《
ケビンはニヤニヤと笑いながら俺を振り返った。
少し、嫌な感じの笑い方だった。
「あははは……何かお返しできる機会があれば、ぜひ……」
「冗談だよ、冗談。そう硬くなるなよ」
俺の苦笑いを満足げに眺め、ケビンはまた前へと向き直った。
ちょっと嫌味な雰囲気はあるが、良い人……だろうと俺は思う。
いや、少しだけまだ迷ってはいるが、人間好意を素直に受け取れなくなってしまってはお終いだろう。
……多分。
「カ、カナタさん……あの、ケビンさん、本当に大丈夫なのでしょうか? ポメラは……その、少しだけ不安なのですが……」
ポメラがこそっと俺へと耳打ちをしてきた。
俺は軽く笑ってそれを誤魔化した。
ポメラが不安げにケビンの方を見る。
まぁ……大丈夫、だろう。
ここは賑やかな普通の街だ。
人気のないところに向かっている雰囲気はない。
一応移動間にケビンのことは《ステータスチェック》で確認しておいたが、ごくごく普通の一般冒険者といったところだった。
凶悪な人物と繋がりがあるとも思えない。
大事にはならないはずだ。
やがて、白塗りの、気品を感じさせる高い塔へと辿り着いた。
「ここだよ。ここが、《
四角柱の塔で、高い位置に大きな時計がついており、その周囲に天使のようなレリーフがついていた。
「ここが、そうなんですね。なんだか……その、厳かな雰囲気ですね」
入り口には銀色の輝きを帯びたグリフォンの像が二つあった。
販売所と聞いていたが、庶民的といった雰囲気はない。
というより、思ったより人が出入りしている様子がない。
本当に入って大丈夫なのだろうか。
少し、気後れしてしまう……。
正直、場違い感がすごかった。
《ウィッチリング》でもそうだったが、ここはあそこの比ではない。
ここは販売所なんて生温いものではない。
他所の錬金魔法の研究機関が行き詰った際に、そこのトップが頭を下げて交渉に来るようなところではないのだろうか。
いや、確かに、ここならば求めているアイテムがありそうな気はするのだが……。
俺はちらりと背後へと目をやる。
ポメラは塔を見上げながら、今すぐにでもここから去りたそうな顔をしていた。
……俺もケビンには申し訳ないが、正直ここには入りたくない。
「きれーい! 楽しそう!」
一人、体調を取り戻したフィリアだけが、目を輝かせて嬉しそうに燥いでいた。
「どうした? 行かないのか?」
ケビンが声を掛けて来る。
ポメラは無言ながら、俺へと『ここは止めておきましょう』と目で訴えかけてきていた。
「……い、いえ、その」
「そんなわけないよな? 俺が、わざわざ案内してやったんだから」
ケビンが冗談めかしたふうに、軽く笑いながら言う。
だが、目が怖い。
ポメラはポメラで、『断ってください』と目で訴えかけて来ていた。
俺はポメラからさっと目を逸らした。
「……見学だけでもさせてもらえないか、頼んでみようかなと思います」
「そうか、せっかくここまで来たんだから、入口のところまで付き添ってやるよ」
ケビンが嫌な笑みを浮かべながら言った。
「カッ、カナタさん、カナタさん! ここ、絶対に入っちゃ駄目な空気です! あの人……その、カナタさんを笑い者にしようとしているんです! ポメラには、そんな気がしてなりません……」
ポメラがさっと俺の近くへ寄って来て、小声でそう口にした。
「……すいません、なんだかつい、断り辛くて。もし善意だったらと……」
「絶対そんなことはないと思います!」
「いえ……ないのは俺も何となくわかっているんですが、ここまで着いてきて一方的に騒いで解散するのも変な感じがしませんか? どう切り出したらいいのかがわからなくて……」
ポメラががっくりと肩を下げた。
ジトっとした目で俺を見上げる。
「カナタさん……結構、流されやすい人なんですね……」
「……すいません。あの、責任持って俺だけで行きますんで、近くで待っておいてもらっても……」
「……カナタさんが行くなら、ポメラも付き添いますよ」
「本当にすいません……」
俺はポメラへ小さく頭を下げた。
ケビンがニヤニヤと笑いながら俺達の様子を眺めていたが、俺が顔を上げると何事もなかったかのように顔を逸らした。
「フィリア、あの像触ってみたい! ……怒られるかな?」
フィリアだけが、純粋に楽しそうに燥いでいた。
グリフォンの像を越え、扉からそうっと中へと入った。
中にはカウンター越しに、灰色のローブを纏った女の人が立っていた。
ローブには、杖の様な模様が入っている。
どうやら《
「……えっと、一般の方でしょうか?」
受付の人は俺達の統一感のない格好を眺め、訝しむ様にそう口にした。
「あ、俺はただの付き添いなんで」
ケビンがその場から二歩退き、諂うような笑みを浮かべた。
受付の人が、ケビンの言葉を聞いて面倒臭そうに目を細める。
それから俺とポメラ、フィリアの顔触れを見て、白け切ったように息を吐きだした。
……もしかしたらまだ可能性はあるかと思っていたが、やはりケビンは、半ば嫌がらせのためにわざわざ俺達ここまで案内してくれたらしい。
この時点で、俺はもう既に出ていきたくなっていた。
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