第九話 再会?

 前に躍り出たフィリアが、屋根の上に立つ魔術師へと両手を翳す。

 

「フィリアちゃん、落ち着いて!」


 声を掛けるが、耳を傾ける様子がなかった。

 フィリアの表情はいつもの天真爛漫なものと違い、明確な警戒の色があった。


「ぱっくんちょ!」


 フィリアが両手を打ち鳴らす。

 魔術師の立つ屋根が隆起し、変形し、赤茶色の巨人の顔面を模した。


 フィリアの制御する《夢の砂》の力だ。

 あそこまで広範囲で、かつ瞬間的に発動できるものだとは思っていなかった。


 空を仰ぐ大きな顔は口を開き、素早く閉じて魔術師を喰らった、かに見えた。


「つかまえた!」


 フィリアは言うが、違う。

 刹那、魔術師は巨人の死角へと回り込んでいた。

 俺でさえ見逃しかねない速度だった。

 フィリアからは、巨人が魔術師を喰らったかのように見えたはずであった。


「フィリアちゃん! あの巨人をすぐに引っ込めて!」


 魔術師は袖から腕を伸ばし、口で手袋を咥えて剥がす。

 そのまま二本の指を伸ばして巨人の顔面を小突いた。


 巨人が振動し、麻痺したように動かなくなる。

 フィリアも全身が振動し、地面へと倒れそうになった。

 俺は彼女の身体を支える。


「きゅう……ごめん、カナタ、フィリア、だめだった……」


 フィリアが目を回しながらそう口にする。

 身体に全く力が入っていない。

 

 あの巨人とこっちの人間の姿、どちらもがフィリアの本体なのだ。

 分裂してもHP・MPが共通していることは俺がゾロフィリア戦で確認したことでもあった。


 虹色の光が舞い、赤茶色の巨人の顔面がただの屋根の一部へと戻っていく。

 騒動に気づいた都市の住人達が、巨人が戻っていく屋根と、その上に立つ魔術師を眺めて悲鳴を上げていた。


「カ、カナタさん……フィリアちゃんって、レベル、凄く高いのではありませんでしたっけ……?」


 ポメラが恐々と声を掛けて来る。

 ……フィリアは、最低レベル1800だ。

 あの魔術師は明らかにフィリアよりも格上であった。


 おまけに《夢の砂》の肉体を破壊してもダメージが通りにくいと知ってか、妙な武術でフィリアに振動を加えて全体の動きを停止させた。

 《夢の砂》を知っていたのか、単に手を抜いたのかは知らないが、強者であることは間違いない。


 魔術師は咥えた手袋を嵌め直し、もう一度俺の方を向いた。

 屋根を蹴って姿を消した。


 俺は腕の中のフィリアへと目線を落とす。

 今は身体が麻痺しているようだが、特にダメージを負ったわけではない様子だった。


「……ごめんね、フィリアちゃん。ポメラさん、フィリアちゃんをお願いします! 俺は……その、さっきの魔術師を追ってみます!」


 身体の動かないフィリアをポメラへと任せた。


「ポ、ポメラが、フィリアちゃんをですか!?」


 ポメラはフィリアを抱えながらも戸惑っていた。


「そっ、そもそも、今の人って、ポメラ達に敵意があったのでしょうか? フィリアちゃんが一方的に仕掛けて、往なされただけに思えますけれど……」


 それはまだわからない。

 ただ、フィリアにダメージを与えることもできたはずだ。

 行動不能に追い込んだだけなのは、敵対意思がなかったのではないかと考えられる。


 というより、俺は今の人物に心当たりがあった。

 背丈と髪が、ルナエールと一致していた。


 距離があったため、特徴的な髪先の赤いグラデーションは確認できなかった。

 しかし、ルナエールならばあの異様な強さや、フィリアが警戒したことにも説明がつく。

 フィリアが冥府の穢れとルナエールの魔力の高さを感知したのであれば、過剰反応して先制攻撃に出たとしてもおかしくはない。

 

 もっとも、あれだけ言っていたルナエールがあっさり地下迷宮の外に出て来たとは考え難い。

 千年間地下迷宮で過ごしていたのに、今更何か外に用事ができたとも思えない。

 そう容易に腰を上げられるのであれば、俺と一緒に外に出てきてくれたらよかったのにと、つい自分本位に考えてしまう。


 しかし、少し違和感はあったものの、雰囲気がルナエールに酷似していたのだ。


 俺は魔術師の立っていた建物の下へと素早く駆け付けた。

 気配が途絶えている。

 ここからどこへ向かったのやら、さっぱりわからない。


「今……不気味な奴が、屋根の上に立っていたよな? どこへ行った?」


「なんだ、冒険者同士の交戦か?」


 周囲の人達はざわついていた。

 魔術師を見てはいたらしいが、どこへ向かったのかは彼らもさっぱりわかっていないようであった。

 俺は近くの壁に足をつけて駆け上がり、建物の屋根に昇った。

 周囲を見るが、先ほどの魔術師の姿はなかった。

 気配も全く追えそうにない。


「ルナエールさん、なわけがないか……」


 俺は一人、屋根の上で呟いた。

 ルナエールだとすれば、このタイミングで俺を追いかけて来る理由もなければ、俺から逃げる理由もない。


 雰囲気は確かに彼女に似ていたような気はするのだが、あんな物々しいローブなんて持っていなかったはずだ。

 単に、ルナエールと会いたいと考えていたから、些細な共通点を強引に彼女と結び付けて考えてしまったのかもしれない。


 しかし、それならそれとして、魔法都市に来ていきなりゾロフィリア以上の相手から目をつけられていることになる。

 敵対意思はまだ不明瞭だが、厄介なことに巻き込まれそうになっている可能性は高い。

 もっと一気に距離を詰めて《ステータスチェック》でレベルを調べておくべきだった。


 きっとまたいつか、あの魔術師と対面することもあるだろう。

 もしかすると、単にフィリアの異常さに気が付いて観察しにきていた人だったのかもしれない。


 街で見かけた冒険者アルフレッドは、魔法都市のS級冒険者に会いに来たが半ば引退状態で残念だ、と口にしていた。

 もしやルナエールではなく、そのS級冒険者だったのだろうか?


「お、おい、今、とんでもない速さで壁を走って行った奴がいなかったか?」


「さすがに気のせいだろ」


「あそこ、足跡ついてるんだが……」


 建物の下から声が聞こえてくる。

 まずい、ルナエールかもしれないと考えなしに直進してしまった。

 変に悪目立ちすれば、また別の危険な連中から目を付けられることに繋がりかねない。


「《短距離転移ショートゲート》」


 俺は魔法陣を浮かべ、屋根の下へと飛んだ。

 地面へは少し距離が足りなかったが無事に着地し、その場から去ってポメラ達の許へと戻ることにした。

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