第四十話 白魔法使いポメラ

 ……オクタビオの難が去った後も、結局肝心な冒険者ギルドが見つからずにいた。

 一度人から聞いたが、大雑把にしか教えてもらえなかった。


 それにしても……街壁に魔術式を刻んでいるローブ連中を、妙に頻繁に目にする。

 かなり大規模な工事のようだ。

 衛兵とも会話をしていたようなので、怪し気な人物ではないのだろうが。


 街を歩いていると、背中を弱々しく突つかれた。

 振り返ると、金髪の大杖の少女が立っていた。

 先程、オクタビオに絡まれているときに衛兵を呼んでくれた彼女だった。


「あ、あのう……もしかして、冒険者ギルドをお捜しですか?」


 深く被ったベレー帽から、恐々と上目遣いで俺を見る。

 目が合うと、びくりと肩を震わせて顔を逸らされた。

 咄嗟のことだったので不意を突かれて俺がしばし黙っていると、少女は後ずさりしながら首を振る。


「お、お節介でしたよね……」


 人見知りなのか、随分とおどおどしているように見える。

 よく声を掛けてくれたものだ。


「場所を教えてくれるのは、凄いありがたいのですが……えっと、衛兵を呼んでくれた人、ですよね?」


「ご、ごめんなさい、ポ、ポメラのせいで、衛兵の方に絡まれてしまったみたいで……」


 ポメラ、というのが彼女の名前らしい。


「いえいえ、凄く助かりました、ありがとうございます。……あれ、じゃああれから、ひょっとして後を付いてきていたんですか?」


 結構俺は意味のない移動を繰り返していたが、同じところは何度も歩いていない。

 それに……この人通りで、偶然見かけて声を掛けられる位置にいた、ということもあまり考えられない。


「実は……あの前から、声を掛けるかどうか悩んでいたもので……ご、ごめんなさい、後をつけ回す様な形になってしまって……」


 そ、そうだったのか。

 しかし、つけ回されるような理由にあまり心当たりはない。

 ルナエールの手製ローブや、首飾りの《魔導王の探究》のためだろうか。


「それは問題ないんですが……何か、俺に気に掛かることでもありましたか?」


「え、えっと、その……ずっと、道に迷っていられるようでしたので……。ご、ごめんなさい、その、もっと早くに声を掛けられたらよかったのですけれど……ポメラは、その……あまり、人に声を掛けるのが得意ではないものでして……」


 た、ただの滅茶苦茶いい人だった。

 変な勘繰りをしてしまったのが恥ずかしい。

 どうやらずっと声を掛けるタイミングを見計らっていたそうだ。

 道に迷っている人がいて声を掛けることはあっても、俺だとそこまで躊躇ってしまったらきっとすぐに諦めてしまうだろう。


 その後、ポメラに連れられて冒険者ギルドへと向かうことになった。


「で、では、カナタさんはお一人でここに来られたんですか?」


「はい、まぁ……なんというか、旅の道中みたいなものでして」


「……それだと……かなり、できることに制限が掛かるかもしれません。最近、低級冒険者の死亡事故が続いていまして……制限が厳しくなっているんです。このアーロブルクでは、F級冒険者が単身で受けられる依頼はあまりないかもしれません」


「そうだったんですか……」


 俺はがっくりと肩を落とす。

 ま、まぁ、件数が少ないだけなら、どうにかできることを探してみよう。

 もしかしたら、仲間も見つかるかもしれない。


「ポメラの所属しているグループにカナタさんも入れてあげたいのですが……あまり、その、上手く行かないかもしれません」


 ポメラが悲しそうに顔を伏せる。

 あまり、仲間内の中で地位が高くないのかもしれない。


 しばらく歩いたところで、赤に白で剣の紋章を扉の上に掲げる、大きな建物があった。

 見るからに武装した人達が中へと入っていく。

 ここが冒険者ギルドのようだった。


 二人で入ってから、ポメラは周囲をおどおどと見回し、ほっと息を吐いていた。


「どうしました?」


「いえ、その……仲間と待ち合わせをしていたのですが、少しばかり遅れてしまいまして……。まだ他の人は来ていないようだったので、少し安心しました」


「お、遅れたんですか? それって、俺の案内をしてくれていたせいなのでは……」


「いえいえ! ポメラが勝手に声を掛け損ねていたせいですし……それに、いつもポメラ以外で集まってからギルドに来ているみたいなのですが、皆さん遅れることの方が多くて……」


 ……それは、仲間外れにされているのではないだろうか。

 俺の表情から考えていることを読み取ったのか、ポメラが慌ただしく首を振った。


「だ、大丈夫ですよ。皆さん……こんなポメラにも優しくしてくれる、凄い良い方達ばかりですから」


 本人がそう言っているのならば、余計な口を挟むべきではないだろう。

 少し、口調から不穏なものは感じるが、人間関係の入り組んだ問題は第三者が余計なことをしてもいいようにはならない。

 ポメラは入り口の付近で仲間を待つそうだったので、俺は受付へと向かうことになった。


「最後に……気を付けてくださいね、カナタさん。カナタさんに絡んでいたオクタビオさんは……D級冒険者で、暴力事件を起こしてギルド側からも何度かペナルティを受けている人です」


 や、やっぱり冒険者だったのか……。

 冒険者の最低級はFという話だったはずだが、オクタビオ程度でも下から三階級目になれるらしい。

 本当に級制度はしっかり生きているのだろうか。


 ルナエールはレベル4000はないと安心して外を歩けないと言っていたが、どうにもそれが疑わしくなってきた。


「C級への昇格を逃したばかりで、最近は特に殺気立っているという噂です。できることなら、服装を変えたり、ローブで顔を隠した方がいいかもしれません」


「さ、参考にします……」


 絡まれるのは面倒だし、揉め事はない方がいい。

 とはいえ、ルナエールが用意してくれたローブや装飾品を、オクタビオなどのために外す気にもなれないが……。


「ポメラさん、ありがとうございました。困っていたので、本当に助かりました。いつか、この恩は返させていただきます」


 俺が頭を下げると、ポメラが呆けたように瞬きをした。


「ポメラさん……?」


「え、えっと、ご、ごめんなさい、あまりお礼を言われたことがなかったので、どう返したらいいかわからなくて……ご、ごめんなさい!」


 ほ、本当に大丈夫なのだろうか、この子は。

 見ていて不安になって来た。

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