我ら! 栄光のソウル・バンド同好会!!

宇枝一夫

ゲリラライブ

 県立 月止西つきどめにし高等学校。


 次世代の高校というコンセプトの元で創立されたこの学校は、公立ながら自由な校風として知られており、中でもクラブ活動は生徒が自由に設立していった。


 近隣の高校の生徒はうらやましがり、極々たまぁ~に、


“ある同好会”


については、侮蔑と嫌悪な視線を惜しげもなく向けるのであった。


 九月下旬。

 近隣の高校の一つである、私立星流せいりゅう高等学校。

 野球部は県内有数の強豪校で、過去には甲子園にも出場したこともあった。


 その正門に立つ、四人の月止西高生、二年男子。


 小太りに黒縁眼鏡の男子は、頭に鍋蓋二枚を乗せ、それをひもでアゴの下でくくり、お尻には牛乳瓶が十八本入るプラスティックのケースを、これまたヒモで腰にくくりつけ、両手には菜箸さいばし、両膝には鍋をくっつけている。


 こんな奇妙奇天烈な格好をした男の名は、ドラム担当の、《トウェルブフィンガー後藤》。


 長身の男子は頭にリーゼント、目には三角のサングラス、そして二本のデッキブラシをバツ印に縛って、それを首からぶら下げている、


 その名はギターの、《ケルベロス右門うもん》。


 もう一人の長身の男子は、頭にちょんまげ、顔に白粉おしろい、唇と頬には紅を塗り、左手には長ホウキ、右手にはちりとりをもった、


 ベース……いや三味線の《フールショウグン左京山さきょうやま》。


 そして先頭に立つ、髪の毛をウニのように固めたリーダーである《ソウルボイス前田》が、両手に持ったモップ、しかも二本、さらに雫がしたたり落ちるほど濡れている部分を口元に近づけると、腹の底からソウルをぶちまける。


『月止西高校、《ソウル・バンド同好会》! ここに見参! 刮目せよ! 耳をそばだてよ! 今日は星流高校でゲリラライブをおっぱじめるぜぇ!』


『『『『うおおおぉぉぉ!』』』』 


 四人はむさ苦しい声を吐き出しながら、野球グラウンドへと突進し、三塁側のフェンスの後ろに陣取った。


 ちなみに本日、このグラウンドでは星流高校と月止西高校との練習試合が行われていた。


 後藤が腰を下ろし、お尻につけた牛乳ケースがドラムスローンになった瞬間、彼らの時が動き出す。


 ”チンチンチンチン!”


 頭につけた鍋蓋に向かって、菜箸が熱いキッスを奏でると、後藤のもつ二本のモップが、冷たい雫とほのかな牛乳の香りを漂わせながら、魂の出口へと近づく。


『UNO・DEUX・参・FOUR・GO!』


”どんじゃんGぽこぽこZどどんぱんPらぱん!”

 後藤の持つ菜箸が鍋&蓋の上でステップを踏むと


『ずんどこどどんこじゃーん! じゃーん! じゃ~~~ん!』

 ”口から”ドラムの”モノマネ”を紡ぎ出す。


 そして、右門の首からバツ印にぶら下がった二本のデッキブラシの上を、十本の指が華麗なタップを奏でると、彼の口からも

『びゃぁぁぁ~~~ん! じゃじゃじゃかぎゃぎゃ~~ん!』  

 ギターの”モノマネ”が吼える。


 さらに、左京山のもつ長ホウキの上をちり取りが舞うと、彼の口からも

『イヤァ! べべんぺんぺんべべべん! ハァッ! ぺぺぺぺぺべんべん!』

 三味線の”モノマネ”が奏でられた。


 そして、前田の口は

『りゅあらぁ~らんりゅらかららりゅあ~あ!』

 歌詞を音へと変換した、鼻歌ならぬ『口歌』を燃やしていた。


 まるで涙で濡れたモップを、己の熱い吐息と魂で乾かすかのように……。


 そう! ソウル・バンド同好会とは!


『己の魂と口、そして楽器以外の物で、魂の音色を奏で、青春を燃やす奇天烈な集団』


……なのである


 彼らには楽器どころか、五線譜もト音記号も音符も、さらには歌詞すら必要ない。


 熱い魂の叫びのみが、彼らの音楽であった!


「監督。ソウル・バンドの奴らが……来ちゃいました」


 月止西高の野球部キャプテンが監督に進言するが


「ありがたいじゃないか。弱小チームの俺たちを応援しに来てくれたんだろ? なおさら無様な試合運びを見せられないよなぁ~キャプテン?」


「は、はい……おらぁ! 一年! 声出せぇ! あんなへなちょこバンドなんかに負けるなぁ!」


『はいっ! ヘイヘイヘイヘイ!』


 もちろん、月止西高がボロ負けになったのは言うまでもない……。


 翌週、近隣の市立朝日山高等学校。


 公立ながらここ数年、サッカー部の躍進がめざましく、中にはクラブチームのスカウトが顔を出すこともあった。

 よって放課後になると、女子たちがこぞってサッカー場に集まり、未来のJリーガーに向かって黄色い声援を送っているのであった。


 そして本日、サッカー場ではこれまた朝日山高校と月止西高校との練習試合が行われていた。


『『『『うおおおぉぉぉぉ!』』』』


 むさ苦しい雄叫びを上げながら、ソウル・バンド同好会は正門からサッカー場へと駆ける。


「うわぁ……西高のソウル・バンドの奴ら、ホントに来ちゃったよ」

「マジ最悪ぅ……」


 彼らを見た女子生徒は眉をひそめるが


「いよぉ! 待ってましたぁ!」

「今日も“ブブゼラ”を、一発頼むぜぇ!」


 サッカー部員がモテているのを面白くない男子生徒は、逆にソウル・バンド同好会に声援を送っていたのである。


 ソウル・バンド同好会は月止西高側のフェンスの裏へ陣取ると、再び彼らの時が動き出す。


”チンチンチンチン!”

『UNO・DEUX・参・FOUR・GO!』


『ずんどこどどんこじゃじゃじゃかぎゃはっぺぺぺぺぺべんべらぁ~らんりゅらからら~』


 月止西高側のピッチに鳴り響く魂の音色。

 それを聴いた月止西高サッカー部キャプテンは

「いいかおまえら! あいつらよりも無様なプレーを見せるんじゃねぇぞ!」

『ウオォッス!』


 もちろんこの試合も、月止西高がボロ負けになったのは言うまでもない……。


 ……さらにその翌週。これまた近隣の私立彗星すいせい学園高等部。

 

 中高大一貫の伝統ある学園で、特に文化部系は芸術から音楽、サブカルまで高い評価を受けている。


 学園内にある池のほとりでは、彗星学園高茶道部による野点のだてが行われ、この日は月止西高の茶道部が招かれていた。


 高校の制服姿の月止西高に対し、彗星学園高は色無地の着物と袋帯を纏った姿。

 さらにその仕草一つ一つが少しの無駄な動きがなく、流れるような茶の点て方に月止西高の茶道部部員はそのすべてに見とれていた。


”チンチンチンチン!”

 鍋のふたを叩く音に

”まさか!”

と、月止西高茶道部全員の顔から血の気がひいた。


『UNO・DEUX・参・FOUR・GO!』

『ずんどこどどんこじゃじゃじゃかぎゃはっぺぺぺぺぺべんべらぁ~らんりゅらからら~』


 そう! ソウル・バンド同好会のゲリラライブが、野点からちょっと離れた所で行われたのである。


「あらあら、これはうれしいお客様がお見えになりましたわ」

「月止西さんも、みやびな余興をなさりますね」


 彗星学園茶道部員のいけずな言葉に、月止西高茶道部員は顔を真っ赤にしながらうつむくことしかできなかった……。

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