私の最高のもの。
碧木 蓮
私の最高のもの。
「えー、あなたの最高のものとは何ですか?」
「さ、最高のもの……」
「はい。何かありますか?」
ケーブルテレビの街角インタビューが突然目の前に現れて、私に質問を投げ掛けてきた。
私の最高のもの……。
「あ、あの……」
「ありませんか?」
パッとすぐに浮かんできた。
でも、答えられなかった。
とてもあがり性な私は変な汗が出てしまい、更に心拍数が上がる。
「……えっと」
そしてなかなか答えられない私に、(顔には出していないが)リポーターは少しイラッとしている。
それを見て、立ちくらみを起こしそうになり、私は倒れそうになる。
もうダメだ……と思った時、少し離れた所から合図が出された。
「…………中継は以上です」
……助かった。
この時はそう思った。
本当は声を大にして伝えたかった事があったのに……。
「桜、今日の集まり行く?」
「勿論!」
友達のユキと待ち合わせて町内にある公民館へ行く。
その公民館の表の掲示板には『2020
年A町内会祭』開催日時と練習日程が書かれている。
そう、これが私にとって最高のお祭り……夏祭りだ。
「こんばんは」
「桜ちゃん、今日も張り切ってるね」
「はい」
「桜は仕事よりお祭りが好きだからね」
「ユキもそうでしょ」
「アハハ、バレたか」
私が扱う楽器は、和太鼓。
初めて触った時は、とてもドキドキした。
叩き方も何もかもわからなかった。
でも、先輩が初心者の私に手取り足取り教えてくれて、少しずつだけど上達しているとまで言ってもらえるようになった。
「皆で合わせてみよう」
「はい」
タン、トト、タン、トト、タン……。
初めて聞く音だった。
そしてその音に鳥肌が立ってしまった。
心臓まで震える振動、ううん心が震えたという方が正解かもしれない。
その音を聞いた瞬間、感動で涙が出そうになった。
今までは、お祭りの屋台やら食べ物しか興味がなかった私。
それが悪いとかではなく、別の楽しみ方もあるけれど。
でも、私の魂は、これが祭なんだと感じた。
夏祭り当日、ビシッと祭ユニフォームに着替える。
その姿を鏡で確認すると、少しだけ化粧をしてもらったからか、別人のような私の姿に少し照れてしまう。
「桜、可愛い」
「ユキも可愛いよ」
着替えが終わり、私達の組が集合する。
老若男女がお祭りモードで賑やかになっている。
「皆、ケガの無いように楽しくな」
「はいっ」
うちの組の組長が拍子木を鳴らして、スタートの合図を出す。
それに合わせて皆が掛け声をかけて動き出した。
皆で奏でる和のハーモニー。
その周囲にいる踊り子さん達。
それを見ている観客達。
それらが一体になった瞬間、皆の最高の祭になる。
「桜、次にインタビューが来たら即答出来るよね」
「勿論。私の最高のものは、皆で一緒に参加するこのお祭りだもの」
「だよね」
「うん」
夏祭りが終わると、秋がやって来る。
また来年に向けて練習を始めよう。
「桜、着替えたらお祭り見て回ろう」
「うん、そうしよう」
「私、イカ焼き食べたい」
「私の焼きそば」
でも今はまだこの余韻に浸っていたい。
そして、また最高のお祭りを迎えるんだ。
私の最高のもの。 碧木 蓮 @ren-aoki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます