祭の夜に

wt

100年祭

 いつもより少し、いや、かなり騒がしい夜。 


 「おーい、ルーカス! 早く行こうぜ!」

 「ちょっと待てよ! ってかなんならマルーが支度手間取ってたからこんな時間なんだろ!?」


 玄関でそんなやり取りをしながら、僕らは靴を履くや否や急いで家を飛び出した。今日はこの街──デュグラム建国100周年記念の日。つまり、「100年祭」の当日だった。普段から活気のある街だけれど、今日は普段の五割り増し……いや、2割くらい騒々しい。


 ……とか言いつつもちろん僕らもその一部になりに行くんだけれど。


 「いやーやっぱすげぇ人だな……」

 「ああ……本当だな」

 

 家を出て、メイン通りに出ると目に映るのは人、人、人! どこもかしこも人ばかりだった。どこにこんなに人がいたんだっていうくらいに人で溢れている。そしてそんなのがドタドタと動き回るものだから、地面が揺れていた。


 「こんな中を潜って、宴会場へ……ってなかなかの地獄だよな」


 僕は口を開くことができなかった。同意しかねた訳ではなく、純粋に、過酷な現実を前に閉口するしかなかったのだ。

 マルーの言う通り、僕らはこれから宴会場──もとい、友人であるベムの経営するBARでパーティーをすることになっていた。いつもの馴染みで集まって、外の喧騒を眺めながらブドウ酒を酌み交わしつつ夜を明かす。それ以上の贅沢がどこにあると言うのだろう。

 だけれどそれもたどり着ければの話。この人の波に足を踏み入れるのは、たとえるなら、ひどく荒れた海に木舟で漕ぎ出すに等しい行為に思えた。


 「マルー、一回……帰るか?」

 「バカ言え! 今日みたいな日は100年に一度しかねぇんだぜ!? 今日を逃したら100年はこんなどんちゃん騒ぎがないんだぞ? そんなのもったいない!」

 

 「ここから100年後の祭りにも参加する気なのかよ」あるいは「いつも馬鹿騒ぎしているだろ」。ツッコミどころは満載だったが、まぁ僕も本気で帰ろうと言った訳ではない。僕だってどんちゃん騒ぎは好きだ。となれば、どこかで勇気を出すしかない訳だ。


 「仕方ない、行くか」

 「そうこなくっちゃ!」


 僕らは、荒波に木舟で漕ぎ出した。


---


 店に到着するとまだ人はまばらで、僕らと同様にまだ到着していないメンバーがいることが見て取れた。


 「おう、やっと来たか! すげー汗だなお前ら!ってか老けた!?」


 ケタケタと笑いながら自分の分も合わせてだろう。ブドウ酒を3杯運んで来たのがベム。僕らの腰に届くか届かないかという小さな体躯でありながら年齢は23歳。僕らよりふたつも上なのだ。


 ずっと靴屋で働きながらコツコツとお金を貯め、昨年やっとこの店を出店したのだと言う。木製の古びたバーカウンターでシェイカーを振る姿は、日を追うごとに様になっていっているので、相当努力したのだろう。すごいやつだ。


 「あーもーこんな人多いと思わなかったよほんとに! 100年祭も考えものだぜ……。な、ルーカス」

 「まったくだよ。喉が渇いてしょうがない。ベム、乾杯」


 木製のグラスを打ち合わせ、飲み干す。なんだかそれだけでひどく満たされた心持ちになってしまう。


 ──カランコロン。


 そのタイミングでベルが鳴る。見ると、残りのメンバーが入店したところだった。

 

 「おーもう揃ってんのか! よくあんな中こんな早くこれたな」

 「わー!もう疲れちゃったよー!早く飲も飲もー!!!」

 「飯とかないのー?」


 めいめいの欲望を口にしながらいつものメンバーが席に着く。ベムは「やれやれ」と言わんばかりに両手の掌を上に向けて首を横にふるが、慣れた手つきでそれぞれに気に入りの酒を手渡していく。


 そしてそれが終わると、こう高らかに宣言した。


 「えー本日は人がすごい中、よくお集まりいただきました。今日でこの街もできてから100年ということで──」


 「いいから早く乾杯しよーぜー」「そうだそうだー」


 折角の口上の途中なのに周りは御構いなし。ヤジを飛ばす。僕も、


 「長いぞー早く飲ませろー」


 隣のマルーも、


「はよー、はよー!夜が開けちまうぜ!」


 なんて手を叩きながら叫んでいる。ベムは大きなため息を漏らし、そしてそのまま破裂するんじゃないかってくらいに大きく息を吸い込み──


 「ウルセェぞお前ら! 宴を始めるぞクラあああああああああ!!!!」


 本当の意味で、100年祭が、始まった。


---


 店を出る頃には、空が白んでいた。時刻を確認すると、午前4時。流石に人は減って──いなかった。


 何故だろう……そう考える間もなく、「ドン!」大きな音が鳴った。それを花火の音だと認識するのに、2秒ほどかかった。すると、ちょうどそんなタイミングで、


 「そっか、そういやこの時間か……」


 マルーが隣で言う。この時間──そうか、丁度100年前、大規模な聖戦が終わり、この街ができたのだと宣言されたのが、この時間だったのだ。そう思うと、なんだかすごい。100年間、僕らの想像も及ばないような長い時だけれど。


 横を見ると、丁度マルーと目が合った。


 「これからも、よろしくな」

 「おう」


 こいつと出会えてよかった、そんなことを改めて思った。


---


 VRゴーグルを外すと、見知った部屋にいた。当たり前だけれどここはデュグラムでもなければ、僕はルーカスでもない。


 VRMMO「デュグラム オンライン」の世界から現実に戻って来たことを実感する。


 そして、


 「うはー!楽しかったー!」


 昨今ゲームによる悪影響やらリアルでのコミュニケーションの減少が色々と騒がれてはいるけれど。でも、そんなことは関係ない。僕にとって、ゲームも紛れもない現実なのだから。


 とはいえ、オールでのゲームは本当に応える。ボスッと勢いよくベッドに身を横たえる。そして、


 「100年祭は紛れもなく、最高の祭りだった……」


 そのまま意識は闇へ緩やかに消えていった。

 


 

 

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