第13話 少女型データバンクルビイ型

「だってあたしはそうでないとは言っていないわ。聞かれたら答えたわ。あたしはそういうものだもの。それにあたし言ったじゃない。あたしが大きくなる日はないんだって」

「蒼の女王は、それを知っていて?」

「当たり前でしょう?」


 生体機械の少女はうなづく。

 彼が引っかかっていたのは、そもそも最初からだった。

 少女の赤い瞳。

 ルビイという名を聞いた時から、既に引っかかってはいたのだ。

 生体機械には様々なタイプがあり、その容姿や性格は、用途によって変わってくる。

 ルビイ型というのは、少女型データバンクの名前だった。


「でもね、あたしが惑星『泡』に居たのは偶然だったのよ。その時のあたしの持ち主は、そこで休暇を過ごす富豪の一人。孫のふりをしてその地の機密を色々『見て』きたの」


 どんな状況なのか、彼には容易に想像できた。


「そしてその時に、例の事件に巻き込まれた?」

「ええ。でもあのわすれなぐさForgetMeNotの拡散は、結局は失敗だったのよ」

「失敗?」

「実験自体はするつもりだったらしいけれどね、あなた方の組織も。そしてあなた方『MM』はあれを限定された空間で広めることを目的としていた。だから、それだけなら、まあいいわね。ただの事故で済ませられるかもしれない。だけど本当の事故が起こったせいで、ややこしくなってしまったわ」

「本当の事故」

「FMN種と一緒に、人間の攻撃性を増加させるのを目的とした向精神薬が撒き散らされてしまったのよ」

「じゃあ、あの騒乱は」

「要するに、『MM』の手落ち。だってあそこで彼らはそんなことさせるつもりじゃなかったんだもの。あそこで騒乱起こしたって何のメリットもないわ」


 確かに、と彼は思った。

 この類の集団にとって、行動に倫理はさほど問われない。その一貫した主張と矛盾さえなければ。

 だが行動の失敗は重大である。

 おそらくその「騒乱」は「MM」の文脈から外れるものだったのだろう。だとしたら、そこに多少なりとも関わっていた、という痕跡を残してはいけない。


「あたしはその模様を一部始終見ていた。全て見ていた。誰がそれを誤って落としたか、から結果として何が起こったかまで見ていた」

「誰かにそれを話したかい?」


 少女は首を横に振った。そしてにっこりと笑う。


「いいえG、あなたが初めてよ」


 だろうな、と彼は思った。

 このタイプがデータバンクとして愛好されるその第一の理由として、特定人物以外への機密の完全なる保全があった。

 気紛れに見えて、彼女なりのモラルは存在している少女機械は、彼女が決めた主人以外には、決してその目で見た機密を口にしないのだ。

 主人を無くした少女機械から情報を手に入れるのには、彼女に気に入られるかどうか、それがもっとも重要なことなのだ。


「蒼の女王があたしを拾って下さった時に、何か聞かれるかと思ったけれど、あの方は何も聞かなかった。あの方は判っていたのね」

「だけど君は僕には喋ってくれるのか?」

「だってあたしはGが好きよ。だから何でも喋るわ。訊ねて。あたしに何を聞きたい?」


 少女は近付くと、袖を掴み、彼の顔を見上げた。彼はひどく当惑した。訊くべき内容など、彼自身には全く無いのだ。


「君の元の持ち主はSERAPHセラフの一員だったのか…」

「ええそうよ」


 少女は独り言のようなGの問いに、反射的に答えていた。

 唐突に、彼はひどくやるせない気分に襲われる。

 少女の目からはわくわくしている様子が隠せない。


「とにかくここから出よう」


 彼は少女を左の腕で横抱きにした。持ち上げられた猫のように、少女は両の手足を軽く丸めた。


「何も訊かないの?」

「そういうことは、出てからだ」


 そうだ、出てからだ。

 彼は元来た道に足を踏み出した。



 部下の連絡を待っていた特高局長は、その瞬間立ち上がった。

 そして、青ざめ、息も絶え絶えになっている部下の女性が執務室に転がり込んでくるのを見て、思わず声を荒げる。


「どうしたのだ、グリューネ君!」

「きょ、局長、申し訳ありません、あの少女を……」


 彼は豊満な身体の部下に近寄ると、両の肩に手を置く。

 普段なら決してしない。

 そんなことしたら、セクハラだと怒鳴られるのがいい所だ。

 だが彼女はそんなことに構ってはいられないらしい。

 茶系のストッキングは素晴らしくぱっくりと伝線している。


「あの少女がどうかしたのかね」

「あ、あの少女の居る部屋は何処かって、私、訊かれて…… あの、男に脅されて……」


 先程叫びすぎたせいだろうか。声がかすれていた。


「脅されて? グリューネ君それはどんな」


 その時、ベルの音がけたたましく鳴り響いた。

 局長を直通で呼び出すコール音だ。

 床にべったりと座り込んでいる部下は気にはなったが、そんな場合でもないらしい。

 何か変化があったのか、と彼は受信のボタンを押した。


「どうした!」

『大変です! テロリストが正面玄関から突入してきます! ……うあぁぁぁぁぁ!』


 連続する弾丸の発射音が鳴り響いた後、あっけなく通信は切れた。


「き、君の言おうとしたのはこれかね?」

「ち、違います…… 私の出会ったのは、もっと……」


 ぽっと彼女の顔が赤くなる。

 伝えられているテロリストの容姿を思いだし、苦々しく思う。

 局長の眉が大きく歪んだ。


「いえ、そうではなく、私が出会ったのは、一人でした! 武器も銃一つで……」

「武器なぞここで調達すればいいのだろう」


 ちっ、と局長は舌打ちをすると、自分のデスクから護身用の銃を取り出し、エネルギーの有無を確認する。

 どうやら体面を気にしている場合ではないらしい。


「わ、私は一体どうすればいいんでしょう!」

「逃げろ!」


 確かにそれは的確な命令だった。

 部下のグリューネ嬢は、いち早く立ち上がると、おぼつかない足どりながらも、エレヴェーターへと向かっていた。

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