第12話 「学生はたまには苦労すべきなんだよ」

 局長は秘書の反応が消えたことを知ると、次の行動を起こした。

 用意しておいた機動隊を駆使し、ホテルの周囲を静かに包囲させる。

 無論、全部隊をそこに向かわせた訳ではなく、周辺地区にもやや薄手ではあるが包囲網が敷かれていた。


「悪くはないんだがねえ…… まあ」


 小型の電気自動車のボンネットにもたれ、シガレットをふかしながら朱い髪の佐官は公園の丘の上から包囲網を眺めていた。


「奴は当の昔にこんな所抜け出しているとは思うけどな」 

「だろうな」


 そう言って長い栗色の髪の連絡員は中佐から煙草の火を受け取る。


「それでキム、この都市の下部構成員達の動きはどうだ?」

「上々だな。周辺から『無関係者』の捕縛が進んでいるよ。そっちはどうだ? あんたの上司のその上司、は上手く落ちたの?」

「別にわざわざ陥れてやる必要もねえよな。ああいう輩は、情報の寸断程度で、単純に罠にかかる」

「可哀想にねえ。よりによってあんたの上司になってしまったんじゃ」

「運が悪かったんだよ。俺のせいじゃねえ」


 当然のことのように言う相手に連絡員は肩をすくめる。


「運が悪いといや、ここの特高局長。あれもそうだよな。俺は時々あんたを敵に回さなくて本当に良かったと思うぜ」

「当たり前だろう?」


 けっ、と吐き出すように言うと、キムはエレカに乗り込む。


「あんたは?」

「我らが盟主にそれなりの衣装を調達しないといけないしな」


 そしてちょいちょい、と顔を出させると、中佐は彼に濃厚なキスをする。


「こういうところでするか?」

「そういう気になってしまったんだよな」

「好き者。だけど今は時間が無いんだけどなあ」

「それは残念」


 何処まで本気だか、とつぶやいてキムは窓越しの愛人の顔を押しのける。 


「それにしても奴もタフなこった。あの殺人人形とやるには、結構な体力が要ったろうに」

「ふん、学生はたまには苦労すべきなんだよ」


 冷たいこと、とキムは陽気に笑った。


 *


 局長は執務室にて報告を待っていた。

 たかがテロリストの一人くらい、この局の総力を上げて追い詰めればすぐに取り押さえることができると思う。

 思いたかった。

 何せこの都市は閉じている。広大な宇宙空間で見失った訳ではない。人海戦術で落とせるはずなのだ。

 もしもまかり間違って、ここまでやってきたとしても、全くの丸腰という訳でもない。それにここには人質が居る。

 まあこの局長のやり方もそう間違いではない。

 だがそう筋書き通りにいくようだったら、誰も苦労はしない。

 運が悪かった、とキムが言う通り、この局長は実に運が悪かったのだ。

 この特別高等警察局という組織に居るにしては、実に単純極まりない人物は、望んでここに赴任した訳ではない。

 彼という人間のキャリアの終着点として、たまたまその時期、そのポストしか行き場所がなかった。それだけのことなのだ。

 ただこれまで、それでも彼のなけなしの運は、この避暑地に何の政治的事件も起こさないでいてくれた。だがどうやら、その運も尽きたらしい。

 無論そんな事情など、Gの知ったことではない。その頃彼は、既に特高局の内部へと入り込んでいた。

 局内は空、とまではいかないが、手薄であることは事実だった。彼は最初の一人を倒すと、そこで銃を手に入れた。

 それでもなるべくは無用の血は流したくはなかった。手間だってかかる。彼は人目を避けた。それが例え生体機械であっても、だ。

 ところが、局長の執務室のある最上階で昇降機の扉が開いた時、見事な身体つきの女性が立っていた。

 見たこともない端正な姿形をした彼の姿に、一瞬彼女は見惚れたが、すぐに彼の手にある銃に気付いて、ため息ではなく、悲鳴を上げそうになった。

 そういう時の彼の反応は冷静かつ沈着だった。


「お静かに」


 Gは素早く彼女の背後に回り、豊満な身体を強く抱きしめ、頬に銃を押し当てながら低く甘い声で囁いた。


「女の子が連れて来られている筈だ」

「……し、しらない……」


 女性は耳元で囁かれる声に、くらくらとしながら答える。


「それもいいさ」


 彼はぐっと銃を突きつける手に力を込める。

 頬骨に当たる分厚い金属の感触に、脂汗が彼女の額や首筋からだらだらと流れ出した。


「……は、離して……」

「正直に言えば、殺すつもりはない」

「……言うわ」


 他の選択肢は実際彼女にはなかったろう。


「では案内しろ」



「ああサンド! 助けに来てくれたのね!」


 少女はその深紅の瞳をきらめかせて飛びついてくる。

 案内してきた女性は、やっと悲鳴を上げることができた。

 その声の大きさに少女は呆れて耳を押さえる。

 さすがにそれを止めることは彼もしない。

 そして気が済むまで叫び倒した女性は、弾かれたようにその場から逃げ出す。

 その様子を冷静に見ながらルビイは、目を輝かせて彼を見上げた。


「手荒なことしたの? やあね、男って」

「それはないだろう? とにかく俺は君を連れ出さなくてはならないんだ」

「ああら、伯爵はあなたに依頼なんか結局しなかったでしょう?」

「伯爵は問題じゃない。これは僕の仕事だ」

「そう。あなたの仕事なのね、Gさん」


 彼は再び自分の本名が音声にされるのを感じた。


「家庭教師なんかより、今の方が絶対あなた素敵じゃない」

「君は嘘をついていたね?」

「何度も言ったでしょう、G。あたしは嘘は言っていないわ。聞かれなかったから言わなかっただけよ」


 ああそうだね、と彼は苦笑した。確かにそうだった。 


「ねえ、いつ気付いたの?」

「『泡』の事件を検索している時に。君は拾われたと言ったよね。―――そしてそれも確かにそれも本当なんだね」

「そうよ」


 少女は真っ赤な瞳に会心の笑みを浮かべた。


「生体機械――― ルビイ型」


 彼女はうなづいた。


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