ある傭兵の戦

海星めりい

ある傭兵の戦


 戦いはだと誰かが言った。


 果たして本当にそうなのだろうか。


「俺にはそうは思えねえな……」


 ぷはぁー、と紫煙をはき出しながら男はどこか自嘲するように呟く。


「それにしても圧巻だな、ありゃ。見てるだけで滅入ってくるぜ」


 遠くの視界に映るのは黒い軍勢。数万は超えているだろうか。


 対してこちらの軍勢はギリギリ万に届くか届かないか、と言ったところ。


 噂では男と一緒に仕事をしたこともある傭兵も多数あの軍勢に加わっているらしい。


「ま、そりゃそうだろうな。傭兵のくせに圧倒的不利なこっちに来るやつなんざ、そうそういねえ」


 傭兵として生きていくのに必要なのは時勢を読む能力だ。それを持っているならば、皇国側に付こうなんて考える傭兵はごく僅かだ。


 自分の実力を過信した愚か者か、名を上げるためにあえて不利な方に付く無謀者か……それとも男のような人の心を捨てきれない鹿か。


「逃げるなどとは言うなよ?」


 男の独り言が目ざとく聞こえていたのか、お目付役として配属されていた皇国の騎士が男に忠告する。


「んなこたぁ、言いませんよ。裏切って、帝国に付くつもりもない。ただ、アンタこそいいのか? 上級騎士様がこんな捨て駒に近い作戦に参加して? 傭兵と一緒に玉砕なんて騎士としてふさわしい死に様とは思えませんが?」


「……構わん。傭兵にだけ命を賭けさせるなど、私の誇りが許さん。それに我が隊は精兵だ。玉砕する気は毛頭ない」


 兜のせいで表情はよく見えないが、その力強くはき出された言葉に緊張も、傲りも感じられなかった。どうやら、全て本心で言っているらしい。


 それを認識した男はまだ残っている煙草を捨てて火を消すと、にんまり笑った。


「アンタ良い奴だな、終わって互いに生きていたら一杯どうだ? 奢るぜ?」


「ふっ、それも悪くないかもしれないな……そろそろ戦闘が始まる頃だな。準備に入る。抜かるなよ、傭兵」


「分かってるよ、騎士様」


 そう言って二人は最後の確認をすべく別れたのだった。





 戦いが始まって二刻ほど、男達は未だ待機していた。


「っち、やっぱこっちが不利だよなぁ」


 攻城戦をする場合は防衛側の三倍の数を持っていけ、というのは有名な話だが、今回帝国が動員してきた数はこちらの約五倍だ。

 一割程度が勝ち馬に乗るべく集った傭兵だろうと、国力の差が如実にでた形となる。


 現に防衛隊はなんとか防いでいると言った様子だった。肉体的にも精神的にも大分きつい戦いを強いられていることだろう。


 正直すぐにでも戦いに加わりたい気持ちはあったのだが、男達には役割があったからこそ不利な仲間をただ見ているだけだったのだ。


 突撃のタイミングは戦場の様子を見て、いつでも良いと言われていたが、少しでも敵軍にダメージを与えるため最高の瞬間を待っていた。


 そして、長年の経験と知識から、タイミングを計った男は叫ぶと同時に先陣を切る。


「いくぞ、お前らぁ! 俺に続けぇ!」



「「「「「おぅ!!」」」」」



 男の声とともに武装した数百人が一斉に飛び出した。


「なっ!? 伏兵!?」


「バカな!? やつら正気か!?」


「この人数差でそんな度胸……っ!?」


 帝国軍の横っ腹を完全に突いた形だ。


 伏兵の戦術としては初歩の初歩のような分かりやすいものだが、帝国としてはここに伏兵がいる可能性はかなり低いと考えていたはずだ。


 その理由は、皇国側はあまり伏兵に人数を割けないのが分かっていたからだ。


 ただでさえ少ない守備隊の一部を伏兵に回してしまえば、折角人数の差を少しでも埋める城壁を上手く活かせなくなる。


 かといって、ごく少数の伏兵では最初こそ帝国に動揺と被害を生み出せるだろうが、数に呑まれほぼほぼ無駄死になってしまう。


 この二点から帝国は伏兵の可能性を排除していた。


 一応、伏兵の可能性の説明と側面を守護する部隊を配置していたが、まさか本当に来るとは思っておらず隙をつかれた形だった。


「おらぁ! そこをどきやがれぇ!!」


 駆けだした勢いのまま振るわれた大剣は一瞬にして一〇数人の帝国兵を両断し、切断された体躯が宙を舞う。


「うわぁ!? 敵襲、敵襲!」


「いっ、一瞬で何人やられた!?」


「慌てるな! 落ち着いて、かこ……ぐぁっ!?」


 初動は狙い通りと言っていい戦果だ。


 奇襲が上手くいったためか、男達の部隊はほとんど無傷で、自分達の数倍以上の帝国兵を倒すことに成功している。


 しかし、それもそろそろ終わりだろう。


 敵が奇襲に慣れ、こちらを完全に認識し始めた。


 このままでは多数の敵に囲まれてしまう。


 それを防ぐためにも守備隊からの援護が欲しいところだが、おそらく出てこないだろう。


 帝国軍の混乱と減った人数次第では防衛している本隊からも打って出ると聞いていたが、たかが数百人の部隊のために城壁を捨てるとも考えにくい。


 これは元から分かっていた事だ。


 だからといって、男もこのまま死んでやるつもりはない。


「より取り見取りだ! 選ぶ必要はねえ! 斬って斬って斬りまくれぇ!!」


 少しでも味方を鼓舞して、自身も大剣を振るう。


 男は帝国兵の中を縦横無尽に駆け回る。


 男の通り道には屍と大地を染める赤黒い血の川。


 何人屠ったか一瞬では判断できない程だった。


 とはいえ、男とて無傷ではない。


 致命傷は避けているものの、あちこちにかすり傷を負っている。今も、頬や肩からは血が流れ出ていた。


 だが、それでも諦めない。立ち止まらない。


「どうした、どうしたぁ! 狙ってこいよ! 俺はここだぁ!!」


 男はさらに闘気を滾らせて、帝国兵へと斬りかかるのだった。





「地獄だな……こりゃ。よく生きてるわ、俺」


 周りを見ればもの言わぬ骸の群れ。敵も味方も入り交じった光景がそこにあった。


 辺り一面に広がる錆びた鉄のような臭いにむせ返りそうになりそうなほどだったが、男は肩で息をしながら半ばほどで折れた大剣を杖代わりにして佇む。


「煙草……煙草……ははっ、奇跡だな」


 大半は返り血によって濡れてしまいダメになっていたが、一本だけ無事な物を見つけた男は咥えて火をつけると目を閉じゆっくりと吸い込んだ。


 今、生きていることを噛みしめるように。


「美味い……」


 それから、もう何度か煙草を味わっていた男はこの戦いが始まる直前のことを思い出し、一人呟く。


「……やっぱ戦いってのは最低の祭りだがよ、今回ばかりは俺にとって最高の祭りだったのかもしれねえな」


 口にくわえた煙草を噛みながら笑った男は胸に僅かな充足感を抱きつつ、自身が守り切ったに帰還すべく、痛む身体を引き摺ってその一歩を踏み出すのだった。

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