第38話 計画!

 夏服に切り替わってから、クラスの雰囲気が変わったような気がする。

 女子達は仲良くなった。

 というか、クラス内最大の勢力を誇っていた米倉舞香のグループが一般女子へと門戸を開いたため、外からそれを怖々眺めていたグループが急接近したのだ。


 男子達は心が豊かになった。

 女子の夏服を毎日目にできるのだ……。

 しかも暑がりの女子はセーターを着てこないのでより薄着に。


「堪らんな……。中学と高校で一年しか違わないのに、なんでこんな俺は幸福感を覚えてるんだ」


 後ろの席で佃が呟いた。


「俺らの年で一年ってでかくない? あ、いや、布田と水戸ちゃんはほぼ一歳差なのに年上の水戸ちゃんが超ちっちゃいけどさ」


「聞こえたぞー! ちっちゃいって言ったなー!!」


 やべえ、水戸ちゃん地獄耳。


「水戸! 静かにしろ!」


 今は授業中なのだった。教師が怒る。


「……布田は周囲に豊かに実る果実が溢れているのに、どうして水戸ちゃんだったんだろうな……」


「佃、今日のお前、なんか言うことがおっさんくさいぞ」


 ちなみに、佃の呟きを布田も聞き逃していない。


「それはな」


 間に女子がいるのに、彼女を越えてこっちに話しかけてきた。


「南海はいうなればマンゴスチンなんだ。小粒だが完成されたフルーツの女王なんだ……」


 うっとりしながら言うので、間に挟まれた女子がとてもいたたまれない顔をした。

 あたしどうするべきなの、みたいな戸惑いを感じて、とても申し訳ない。


 ちなみに遠くにいる水戸ちゃんが、「そうだぞー! 唐人はあたしのことよく分かってるう!」


「布田! 水戸! 静かにしろ! 何だお前ら付き合ってんのか! いちゃつくのは休み時間にしろ! 先生独身で寂しいんだぞ!!」


 教師氏が怒鳴った。

 教室がドッと笑う。


 そうか、休み時間にね……。

 チラッと舞香を見たら、彼女は真面目な顔で前を向いてノートを取っていた。

 うん、授業に集中するか……。




 長いようで短い授業時間が終わり、休み時間がやってくる。

 授業の合間合間に十分間だけの休みだというのに、みんな次々に教室を飛び出していく。


 半分ほどが残った教室で、舞香が立ち上がった。

 俺に振り返ったので、こっちに来るつもりみたいだ。

 だが、それを麦野が止める。


「米倉さんは待っていて。春菜が連れてくるから」


 どういうことなのだ。

 あ、ボスは軽々しく動かず、部下に任せるってやつ?


 ということで、やって来た麦野。

 俺の席の前にどんと立って、


「稲垣くん、ちょっと顔貸して」


 下のアングルな彼女の胸元は凄いな……!!


「聞いてる? 来てって言ってんの。学校だと、春菜はおしとやかで通ってるんだからね。大きな声出させないで」


「おしとやかぁ?」


「あによ」


「なんでもないでーす」


 俺は麦野に連れられて舞香のところへ。

 後ろで佃が、「もげろ! もげろ!」とか呪詛を吐いてる。


「もげるって何が?」


「麦野さんは知らなくていいんじゃないかな……!」


 佃、麦野に変な言葉を覚えさせるんじゃない。


「どうしたの、米倉さん」


「うん、あのね。これを見て」


 舞香が見せてきたのは、授業中熱心に取っていたノート。

 授業の成果でも見せようというのか……と思ったら違った。


「……ボランティアヒーローショー……?」


「そう!」


 舞香が得意げな笑みを見せる。


「ずっと計画を立ててたの。それで、今の授業中にやっと案がまとまったの」


「授業に集中しているのかと思ったらそんなことを……!」


「ちゃんと聞いていたよ。ノートも別に取ってる。内容は家庭教師の人にこの間教わったところだったから」


 家庭教師!?

 そうか、米倉舞香の次元だと塾に通うとかそういうレベルではないのか。


 俺同様に、家庭教師に来させる。

 多分一般的な家庭教師派遣サービスとかじゃなく、もっと金のかかった凄いのだろう。


「稲垣くん?」


「ああ、ごめん。ちょっと考え事してた。で、ボランティアヒーローショーって?」


「ライスホールディングスで運営している、従業員用の託児施設があるの。そこで、ショーをやってみないかって兄さんが」


 一竜さんが……!

 なにか企んでいるのでは。

 いや、でも、ヒーローショーか。


「それって、ショーを呼ぶっていうこと?」


「ううん、違うんだよ」


 舞香がとてもいい笑顔になる。


「私達がやるの」


「!?」


 俺に衝撃走る……!


 ちなみに、普段の取り巻き女子達は麦野が食い止めている。

 俺と舞香は二人きりで話してることになるんだが……これってこんなオープンな場でやってていいことなのか?

 ああ、いや、俺と舞香が二人で話してることに注目はされてるが、会話の内容は周りには理解されてないようだ。


 いやいやいや、二人で話してるところを注目されたらまずいだろ。

 ……まずいのか?


「いや?」


 舞香が不安そうに言った。

 俺は即座に言葉を返す。


「いやじゃない、やろう」


 舞香がまた笑顔になった。

 よし……!

 自分が今、何を言ったのかよく分かってないが、彼女が嬉しそうならよし。


「男だね稲垣くん……!! あたしもグッと来たよ!」


 すぐ横で調子のいい女子の声がした。


「あーっ、あ、あなたは水戸ちゃん!!」


「水戸さんにはもう声を掛けてあってね。司会のお姉さんとして……」


「司会のお姉さんに最初にオファーを……!」


 米倉舞香の根回し力というかなんというか。


 つまり、この話が、彼女が以前から考えていたという計画なんだろう。


 まさか俺がヒーローショーをやることになるなんて……!

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