第33話 親衛隊:稲垣穂積

 校門前にリムジンが到着する。

 米倉家のリムジンだ。

 もう六月ともなると、城聖学園でも恒例となっている。


 だから、これはいつも通り、米倉のお嬢様が到着したのだと思っていた。

 誰もがそう思っていた。


 そして、まず降りてきた人物を見て仰天した。


 学園の制服を着た男子生徒が降りてきたからだ。


「お、お嬢様、どうぞ!」


 つまり、俺だ。

 稲垣穗積だ……!

 何の因果か……。


「ありがとう、稲垣くん」


 米倉舞香の親衛隊紛いをすることになったのだ。


 いやあ、因果は分かっている。

 どれもこれも、身から出た錆というかなんというか。


 俺が差し出した手を取って、舞香が降りてきた。

 お互い、ちょっと顔が赤いのではないか。


 だけどそこはナチュラルボーンお嬢様、米倉舞香。


 スタッと車の外に降り立った。


 校門を潜ろうとしていた生徒達、校門に立つ教師に、風紀委員達。

 誰もが目を見開いて俺と舞香を見ている。


「あ、あの、米倉さん、その、彼は?」


 教師がおずおずと尋ねた。

 噂によると、米倉グループは学園にとんでもない額の寄付をしていて、おかげで今現在大講堂が改築されているのだとか。


 米倉グループにはみんな頭が上がらないのだ。


「稲垣穂積くんは、私の護衛見習いなんです」


「は、はあー」


 凄いアピールだ……!!

 彼女の言葉を、この時間に登校した誰もが耳にしただろう。


 なーるほど。

 自分をダシにしての演出か。

 やるなあ……。


「あまり、無茶はしないようにね……」


 先生、恐る恐る言う。

 モンペとか怖いらしいから、最近の先生はあまり生徒にも強く出られないらしい。

 さらに学園の大支援者の娘だっていうならなおさらだろう。


 ということで、俺と舞香は新しい秘密を共有することになったわけだ。


「ね? これでみんな、君と春ちゃんどころじゃなくなるでしょ? それに、あの写真の理由を問われても一言で言い返せるよ」


「一言で?」


 下駄箱の前で、彼女とひそひそ話をする。


「だって、春ちゃんは親衛隊でしょう? 君もそうなら、二人が秘密の話し合いをしていることは何もおかしくないじゃない」


「なるほど……!」


 策士米倉舞香!

 この人、間違いなくあの一竜さんの妹だなあ。





「ちょ、ちょっとあんた……!」


 登校してくるなり、麦野春菜が机の前にやって来た。


「ほんとに舞ちゃんと通学したの? リムジンで? エスコートしたって本当!?」


「結果的にそうなったね……!」


「派手すぎない!?」


「すごく派手だった。あれはみんなに印象付けられるよね」


 俺と麦野は同じ立場ということになった。

 だからこそ、こうやって面と向かって話してても怪しくは思われない。


 米倉グループの威厳様々だ。


「とにかく、これで春菜とあんたの失敗はリカバーされたわけね……!」


「そもそも麦野さんがあのアイス屋に俺を連れて行ったのがミスだったのでは?」


「うっさいわねー……!? 春菜はあんたの先輩なんだから、これからはちゃんと言うこと聞くんだよ!?」


「ええ……理不尽なあ」


 麦野春菜は、頭からプンスカプンスカ湯気を立てながら、去っていった。


 これを見て、佃や布田といった俺の悪友たちがざわめく。


「あの稲垣が、米倉さんや麦野さんとお近づきに……!?」


「羨ましいぜ! いや、俺彼女いるけど」


 布田が佃に襟元をつかまれてガクガクされている。


「いや、まあほら、縁があってな」


「縁っ!? 縁ってなんだよ!? そもそも、いつからそんな関係に!? 俺達の間に隠し事があったのかよぉぉぉぉっ!?」


 佃が必死過ぎる……!


 いや、秘密と言えば間違いなく秘密なんだよな。

 すまん、佃。

 俺はお前に、確かに隠し事をしている。


 舞香に言わせれば、ヒーローたるもの秘密の一つや二つはある、みたいな話になるかも知れない。


「佃、いつか話せる時が来ると思う……!!」


「うおおお……! お前、いつの間にか遠いところに行ってしまったのかあ……!」


「すまん、佃。すまん……!!」


 これには深い事情があるのだ。

 あと、米倉グループが絡んでるからね。

 秘密にしないとね。


 ちなみに。

 これで、舞香は俺に向けて、あからさまにアピールができるようになった。


 向こうで彼女が、俺に手を振っている。

 俺もぎこちなく笑って、手を振り返した。


 あー。

 間違いなく今、クラスに注目されている!


 秘密を守るため、めちゃめちゃに注目されている!


「冴えているのか、ボケているのか……。いや、どっちもだな。でも、間違いなくこれで、噂はどこかに消し飛んでいった……!!」


 半笑いで舞香に手を振りながら、俺はこれからの学園生活について思いを巡らせるのだった。


 マジで、大丈夫かなあ……?

 まだ入学三ヶ月経たないくらいで、ここまで大変なことになって……。

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