1章‐三 嵐の前の"静寂"

1章‐三 嵐の前の"静寂"


リビングのテレビを付けながら、美留は料理を作っていた。フライパンにバターを入れ、丁寧に卵を割る。


『今夜から、都内にも初雪が降る予報です。

明日、明後日はホワイトクリスマスになりますね!』


部屋中にテレビの音と、空腹の腹を満たす音が流れていた。次第に出来てきた料理を卓上に並べる。いつもなら"二枚"だけの皿が、今夜は四人分並べられた。


「うん、そろそろかな?」


美留は料理を並べ終わると、2階を見上げた。

料理が冷めないようにパタパタと裕太の部屋へ向かい。


「裕太ー!ごはんだよー!おりてきなぁー!」


と叫び、息子を呼んだ。少し真を置いて、裕太の声がした。


「はーい!今いくー。」


息子の声を聞いて、茉莉花とえりなが居るバスルームへ声をかけた。

すると、茉莉花の返事とかぶり"えりな"の返事が聞こえた。

美留は少女の声に驚いたが、微笑み肩を撫で下ろした。


「えりなちゃーん。このバスタオルふわふわでいーい匂いだよ?ほら」

「…いーいにおい。きもちいい。」


バスルームから2人の声がし、美留は笑顔になりながらキッチンに向かい最後の作業にかかる。

ガタガタと音を立てて鳴っていた洗濯機が止まった。

その後、裕太が階段をドタバタとかけ降りる音がした。


「お母さーん!お料理出来たー?」

「うーん、あと少しだよ?ほら裕太もお料理出すの手伝ってちょうだい?」

「はーい!クリスマスまで良い子にしまーす!」


美留は呆れながら腰に手をやり。ふと思った様に、裕太に視線を下ろした。


「ふふっ、もう!クリスマスだけじゃないでしょ!そうだなー。茉莉花ちゃんとえりなちゃん、お風呂からあがるから。お母さんの"ふわふわパジャマ"持ってきてちょうだい?」

「はーい!わかりましたー!」


裕太はパタパタと2階にある彼女の寝室に向かった。

洗面所のドアから茉莉花が美留を覗き込む。


「えりなちゃん、ちょっと寒いけど待っててね!」

「…うん。」


茉莉花は美留に呼び掛け。


「美留さん?えりなちゃんのお着替えありますか?」

「今、裕太が取りに行ってるから安心して?」


美留は親指を立ててそれを茉莉花に向けた。

茉莉花は笑顔で美留の真似をした。


「ほらきた!」


その瞬く間に美留のパジャマを持ってきた息子。「はい」とそのパジャマを茉莉花に手渡すと茉莉花はそそくさと腕を捲っていた裾を隠したあと、


「裕太君ありがとう!でも、ごめんね、宿題見てあげられなくて…」

「ううん!茉莉花お姉さん大丈夫!独りでも頑張ったから!」


美留はその二人のやり取りを見て笑顔になって裕太の頭を撫でた。


「待ってねー!今えりなちゃんに着せるからねー!よいしょ。」


裕太は気になったのか、パジャマを着せてる茉莉花の背中を見ていた。視線に気づいたのか、茉莉花は降り向き眉間にシワを寄せてたが口元は笑っていた。


「ほらほら!"男子"はあっち!美留さんのお手伝いしなさい!」

「は、はーい!」


洗面所の扉が勢い良く閉まると裕太は下を見ながら美留の手伝いに戻った。すると突然、茉莉花の声が洗面所の扉の先に聞こえた。


「美留さーん!、裕太くーん!お姫様の登場でーす!」

「まりかおねいさん…?え、えりなは…」


カラカラカラと扉が開き、美留と裕太は凝視した。扉の向こうには笑顔になってる茉莉花とおでこが出る様に、ヘアピンで前髪を止めてる"えりな"が居た。


「え、えーー!えりなちゃん?ほ、ホントにえりなちゃんなのー?」


美留は配膳していた手を止め、口元を抑えた。

裕太は目を丸くしたあと顔が赤くなり、えりなと視線をずらした。

少女の身体に余る程の大人用のパジャマを着ているが、美留と裕太の前に"美少女"が立っていた。

美留は微笑み、えりなに手招きした。そして、えりなと同じ目線になるように膝をついた。


「えりなちゃん、かわいいじゃん!自信もって。少しづつ前に進もうね!」

「ゆうたちゃんのおばちゃん…。」

「よし、美味しいお料理できたから、みんなで一緒に食べよう!」


えりなはコクリと頷いたあと、周りを見ていた。えりなの事を優しい眼差しで見つめている茉莉花、照れて目を合わせない裕太…。


「……。」


えりなは今まで感じたこともない、"何か"熱いものを感じた。表情は変えなかったか、えりなの瞳からあたたかい雫が頬を伝って流れた。

美留はそっとえりなの頬に触れ、雫を指で拭った。

卓上に並べられた、色とりどりの料理をえりなはキラキラした瞳で見つめていた。そして、お腹が空いたのかえりなのお腹が鳴り、美留と茉莉花は微笑みながら目配りし。美留が三人を見つめ、


「はい…"みなさま"手を合わせてくださーい…」


裕太は目線を母親の先を見て手を合わせ、茉莉花も手を合わせた。えりなは茉莉花を横目で見て真似をしたが、手を組んだ様子だった。

それを見かねて隣に座ってた茉莉花は微笑み、


「……えりなちゃん。こんな感じに手を合わせるの。手を合わせたら、お料理に向かって…やってみな…。」


小声でえりなに見える様に手本した。えりなは茉莉花の真似をし、その光景を見ていた美留は片目を開け微笑む。そして茉莉花はえりなの頭をなで…


「よし…できたね…」


様になったえりなを見て美留は両目を閉じ、


「あらためまして…手を合わせてください。いただきます。」

「いただきまーす!」

「いた…だきます。」

「美留さん、いただきます!」


三人の声を聞いて美留は料理に手を差しのべた。


「どうぞ!どうぞー!いっぱい食べてってー!」


卓上に並べられたオムライス、唐揚げ、コンソメスープ…。そして、一向にえりなに向き合わない裕太を美留は見かねて、


「裕太ー、どうしたの?大丈夫…?」

「う、うん…。」


その光景に気づいた茉莉花はニヤニヤしながら裕太を茶化した。


「ゆうたくーん、もしかしてえりなちゃんの事好きになっちゃったかぁー?」


裕太は一瞬、えりなと目が合ったあとすぐに目を反らし、えりなは目をまんまるくして首を傾けた。


「え、えりなちゃんは、か、かわいいけど…」

「プッ!」


茉莉花は口元に手を添えて笑った。その光景をみて美留は、


「でも裕太、(大きくなったら茉莉花お姉さんと結婚するんだー)って言ってたよ!」

「お、お母さん!」


裕太は頬を膨らましながら美留に怒った。


「 ええー!嬉しいなぁー!でもぉ…裕太君に振られちゃったなー!」

「ま、茉莉花お姉さんの意地悪ー!」


えりなは、きょとんとした顔で三人を見つめた。しかし、えりなはまだオムライスやスープに手をつけていない様だった。それを見かねて、茉莉花は笑顔で隣に居るえりなに言う。


「えりなちゃん、裕太君のお母さんが作ってくれたお料理、とーっても美味しいんだよ!食べてごらん。」


えりなは茉莉花の瞳を覗いたあと、美留を見つめた。高崎家のコックはウインクしてえりなに見せた。

えりなはコクリとうなずいて、小さな手でスプーンを持ち、オムライスを口に運ぶ…。


「………。 」


口の中に広がるオムライスの味はえりなにとって今まで感じたこともない。優しい味であった。えりなの瞳からは自然と涙が溢れ出してきた。


「えりなちゃん、お味はどうかな…?」

「お…お…おばちゃんのおむ、らいす…おいしい。」

「良かった良かった!おばちゃんも嬉しい!」


美留は初めてだったかもしれない。涙を流し、自分の料理が認められた瞬間。満面の笑みでえりなを見つめた。茉莉花はえりなの頭を優しく撫でた。美留は微笑みながらチラリと裕太を見て思い出したかの様に、


「そうそう!明日はクリスマスイヴよね?それと裕太の誕生日!」

「おーそうでしたね美留さん!」


茉莉花は笑みを浮かべ、前のめりになり裕太を見つめた。


「そうねー…茉莉花ちゃん、明日は"KEy"お休みにするから、茉莉花ちゃんは彼氏さんとゆっくり過ごして…?」

「か、彼氏……。」


茉莉花の事情を知ってなのか、美留は茉莉花を労る。裕太は「彼氏」というワードにショックだったのか、目が点になった。しかし、茉莉花は微笑みながら首を降ると、


「美留さん、いいんです…。今日、彼氏から連絡あって明日も"交番勤務"と言われてー!あー!思い出しちゃった!」


茉莉花はおどけながらスプーンを握りしめ、美留に答えた。


「そうなの…そういえば、茉莉花ちゃんの彼氏さんてお巡りさんだったわよね?、大変よね…それなら18時ごろ遊びに来てちょうだい!」

「いいんですか!?うれしー!"アイツ"は仕事の事ばっかりで最近、構ってくれないんですよー!裕太君にはさっき振られちゃったしなー」


茉莉花はチラっと裕太の事を見てクスリと笑った。泣き止んだえりなに向かってポンと手のひらを頭に置き、


「えりなちゃんが、もし、悩んで悩んで、めのまえに"かいじゅう"さんが出てきたら、えりなちゃんの事、みんなで守ってあげるからね!

まぁ、私の彼氏は頼りないお巡りさんだけどね?」


「えりなちゃんは明日おばちゃん達が迎えにいくからね!また、おいしいお料理作ってるから!楽しみにね!」


美留は微笑みながらえりなを明日の誕生日に誘った。


「……まりかおねいさん。おばちゃん、ゆうたちゃん。ありがとう…。」


美留は頷き微笑んだ。裕太は相変わらずそっぽを向いていた。

一時の団らんを過ごしたあと茉莉花は思い出したかの様に、


「あー!えりなちゃんの洗濯物!!」


茉莉花は口を開け急いで洗濯機のある洗面所へ消えた。美留はいきなりの事で驚き皿を洗っている手を止めた。


「キャーーー!!」


突然、洗面所から茉莉花の悲鳴があがる。

いつの間にか裕太とえりなは仲良くなったのか携帯ゲームで遊んでいたが何事かの様に、裕太とえりなは声のするほうへ向かった。

洗面所の扉を開けると、茉莉花が肩を下ろし項垂れていた……。


「グスン…。え、えりなちゃん……。ごめんなさい……。」


「ま、まりかおねいさん……?」


えりなは茉莉花の様子に困惑し、裕太は二人の様子を不安そうに眺めてた。

そして、茉莉花は洗濯機に腕を突っ込み、えりなの"ワンピース"を取り出し、申し訳なさそうに広げてえりなに見せた。

脱水しかけていた水が床に滴り、茉莉花が広げたワンピースは使い古しの雑巾の様に生地は裂けていた。茉莉花はえりなに頭を下げた。


「えりなのおようふく…。」


裕太はこの場に来てしまったのを後悔でもしたかの様にゆっくりあとずさりした。

この騒ぎを聞きつけ美留も様子を伺う。


「わー!美留さーん!すみませーん!」

「プッ!ハッハハー」


茉莉花が美留にも頭を下げたとたん、美留の笑い声がした。恐る恐る、茉莉花が顔を伺うと…


「茉莉花ちゃん、大丈夫だよー!えりなちゃんのお洋服、大事に大事にえりなちゃんの事守って来たんだろうし、"私達"がえりなちゃんの前に現れたんだから…"この子"は役目を果たしたんだよ!」


裕太とえりな、茉莉花はきょとんと美留を眺めた。美留は涙が出るほど笑ったのか涙を拭って

三人に向かって続けた。


「大丈夫。えりなちゃんのお洋服、明日お迎えいったときにプレゼントしてあげるからね!今夜はおばちゃんのパジャマでお願いね…」

「…ゆうたちゃんのおばちゃんありがとう…。あと、まりかおねいさんも"この子"のお洗濯ありがとう…。」


茉莉花は笑顔になり、裕太はほっとしたのか肩を撫で下ろした。

茉莉花が壊したえりなのワンピースは役目を終えてもなお、美留が洗面所の突っ張り棒に掛け、ヒラヒラと揺れていた。

時計の針は21時を回っており、裕太の部屋にはふかふかの布団が二枚並べられていた。

その布団に裕太とえりなは横になっていた。

裕太はおもむろに枕元に置いてる携帯ゲームのケースについている"モンポケ"のキャラクターストラップを外し、仰向けになってえりなに渡した。


「えりなちゃん…これ僕からのクリスマスプレゼント。にゃんころもち。」


えりなは裕太の腕の先に吊るしてるストラップを目にした。そこには、太った猫風のフィギュアがあった。


「にゃんころもち…?」

「そう!にゃんころ…。モンポケで一番人気のモンスターなんだよ?はい。」

「ゆうたちゃんありがとう…。」


えりなは"にゃんころ"を受けとると胸の辺りでそっと両手で包みこみ、目をつぶった。


「えりなちゃん……おやすみ。」


まぶたを閉じたえりなを確認した裕太も、そっと目をつぶる…。

少年と少女が眠る中、喫茶店「KEy」の玄関先に美留と茉莉花の姿があった。


「美留さん、今夜はごちそうさまでした!」


茉莉花はさっと頭をさげると、美留は


「茉莉花ちゃん、遅い時間になっちゃってごめんね…ありがとう。明日もおいでね!茉莉花ちゃんお疲れ様、おやすみなさい…。」

「ハイ!」


茉莉花は満面の笑顔になった。そして、彼女は美留に向けて神妙な顔になった。


「美留さん…。」


それに美留は気づきゆっくり頷く。


「ん、。茉莉花ちゃん…。」


彼女は美留と目線をずらし、何かを思い出したのか続けて言った。


「美留さん…私からも、"えりな"ちゃんの事よろしくお願いします…。今は美留さんや裕太君が居るから安心してくれてますし…。"私"もえりなちゃんの気持ちわかるので…」


美留は茉莉花の頭を撫でた。それを受けとり、"大きな少女"は目をとじる。


「茉莉花ちゃんの事も一番にわかってる。"今まで"頑張って笑顔になってきたんだもん…。明日、えりなちゃんのお母さんに会うから、そこでお話するから安心して…?」


茉莉花の瞳は潤って濡れていた。茉莉花は涙を手で拭うと笑顔になり、背筋を伸ばす。


「美留さん!おやすみなさい!では!明日の誕生日楽しみにしてます!」


茉莉花は美留に一礼すると、ゆっくり喫茶店のドアを開け振り返らず家路に向かった。

美留は茉莉花が見えなくなるまで見送ると、先ほどまで騒がしかったリビングの椅子に座る。

そして一息つき、足音を立てぬように寝室からノートパソコンを持ち出し、毎日の日課であろう店の売上を計算していた。

深夜のニュース番組がBGMの様に流れる。

ニュース番組中のCMが終わりテロップに合わせてヘリコプターで撮影しているのか、上空から下は林の中でも解る様にブルーシートがしかれており、付近には警察官とおぼしき人物が数名立っていた。


『"教室の女王教師に何が!?"昨夜未明、都内の山中で◯◯小学校教諭、山村カズコ(45)さんが遺体で発見されました。』


学校名に聞き覚えがあるのか美留はパソコンの画面からテレビに目を移す。


(◯◯小学校って裕太が通う小学校の近所じゃない!?そして、"女王"って何なのよ?)


『山村カズコさんを知る人物にインタビューしました。』


そして、首から上が画面から切れている人物の映像が流れる。


『あの山村先生は、給食時にアレルギーがある子に無理やり食べさせ、興味の無い子には体罰として居残りさせて永遠と……』

「ん……。ゆうたちゃんのおばちゃん…。」


テレビのインタビューの途中で、毛布を床に垂らし、目を擦っているえりなが二階から降りてきた。

えりなの声に気づくと、美留はリモコンでテレビの電源を切ると、笑顔で手招きした。


「えりなちゃん……。怖い夢でも見たかな…?あれ、えりなちゃんがお手てに持ってるのって…」


えりなは右手に優しく握り閉めてる物を美留に見せる。手のひらには"にゃんころ"があった。


「ゆうたちゃんから、もらったの…。にゃんころ」

「えー…ゆうたがー…?良いとこあるじゃん。えりなちゃん、貰ってあげて…?」


えりなはコクリと頷き、パタパタと美留に近付き無言で美留の背中に毛布をかけた。

突然のえりなの行動に美留は驚いたが、えりなの手を両手で包みこみ。


「えりなちゃん……ありがとう…。おばちゃんすごく嬉しいよ…」


えりなはニコリと笑うと美留の腰に抱きついた。


「えりなちゃん……今夜は…おばちゃんと寝ようね…?」


えりなは顔をあげると、また美留の腰に抱きつき、美留はえりなの頭を優しく撫でる。

そして、リビングの照明を消し二人は手を繋ぎえりなは美留の寝室で眠るのだった。


街灯の灯りしかない住宅地の路地を独りの誰かがコツコツと、足音を立てながら歩いていた。そして、歩みを止め"一軒"の家の前に立ち止まる。握り拳をつくり黒い革の手袋が擦れる音が闇に響いていた。

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