笑わない男が笑うと惚れさせられるって本当ですか?
霜月悠仁
1話『冷酷な男』
新学期には心躍ることばかりだ。
仲のいい友達とクラスが一緒かどうかドキドキし、好きなあの子と同じクラスになれるかと眠れない夜を過ごす。ヤンキーのあいつとは同じクラスになりたくないとヒヤヒヤする。つまり、すべてにおいて心躍っているのだ。
『冷酷な男』と呼ばれ、恐れられている俺は――心が踊らない。
――そう思っていた。
「人を噂や外見だけで判断しちゃダメだと思うんだ!」
君の一言が、新学期を心躍るものに変えてくれたんだ。
ピピピピ
俺は大きな伸びをし、目覚まし時計を止める。ベッドから起き上がると、カーテンをあけ、日差しを部屋に届ける。
俺の名前は
ルックスは自他ともに認める平均的な顔。ただ、幼馴染曰く「お前の目つき、すっげー悪いから」らしい。
あっ、幼馴染って男だからね。
「べ、別にあんたのためじゃないんだから!」
なんて言う幼馴染の女の子じゃないから。そこ、勘違いしないように。
新学期と聞けば、クラス替えでの新たな出会いに、心踊る人もいるだろう。俺もその中の1人…というわけではない。
なんでかって? それは後々わかるから。
部屋を出て階段を降りると、机に並べられた朝食が鼻腔をくすぐる。
「おはよう。朝ごはんできてるから早く食べなさい」
「母さんおはよう。じゃあ頂きます」
朝食には焼き魚に味噌汁、白米が並んでいた。
「あれ、そういや秋穂は?」
「もう学校に行ったわよ。帰りは迎えに来てって言ってたから、迎えに行ってあげなさいよ」
「またか…了解」
秋穂というのは
ご飯を食べ終えると洗面所に向かい歯を磨く。歯磨き粉が口でいっぱいになると吐き出し、口をゆすぐ。冷たい水で顔を洗い、寝ぼけた脳を覚醒させる。部屋に戻り、忘れ物がないかの最終チェックを終え玄関へ向かう。
「行ってきます」
これがいつものルーティーン。いつもと違うことと言えば、新学期ということだけだ。
はぁ、本当に心が踊らない…。
学校は家から近いので、徒歩で登校している。
道中、横を通った同じ制服を着た2人組の学生が、俺を見た瞬間にコソコソと何かを言っている。自意識過剰ではなく、本当に見られているんだよ。俺って学校では以外に有名人なんだよ。
…いや、本当だよ、本当に有名人なんだよ。
学校につき正門をくぐる。校舎の掲示板に貼り出されたクラス表を見に行くところなんだが、すごい人だかりになっている。
人の多さにため息をつきながら、人だかりの最後尾までたどり着いた。すると、俺の足音が聞こえたのか、1人の男子がこちらを振り向いた。
―なんでそんな驚いた顔をするんだよ。アニメでしか見れないくらい、目が飛び出でたような気がするんだけど…気のせいか。
その男子は隣のやつに、そいつもまた隣のやつに、コソコソ何かを耳打ちしている。
何回も言うがこの学校で俺は有名人なんだよ。
ほら、耳を澄ませば話し声が聞こえてくるだろ。
「おい、きたぞ…」
「『冷酷な男』財前くんだ…」
「みんな、道を開けろ! 殺されるぞ!」
誰かがそういうと、俺の前には一本道ができた。
すごい有名人でしょ?
――こうなるから新学期は心が躍らないんだよ。
なぜこうなったのか。
それは高校の入学式の日に遡る。
――入学式の日、俺は少し遅刻してしまった。
急いで学校に学校に着くと、俺の青い色のネクタイとは違う、赤いネクタイをしたオールバックにピアスと見るからに怖そうな人がいた。この学校では1年生が青色、2年生が紺色、3年生が赤色となっているので、赤色のあの人は3年生ということになる。
絶対に関わらないようにするために普通に…そう普通に、その人の横を通りすぎたんだよ。何もしてないんだよ、俺は。
「おい」
横を通り過ぎた時に、後ろから殺意のこもった声が聞こえた。
うん、これは俺じゃないな。あれだ、俺の後ろに人がいたんだな。
「おいっ、お前!」
とても空が綺麗だなー。うん、入学式にぴったりのいい天気だ!
「お前だよ、お前!」
後ろから肩を掴まれ、そのまま強烈な勢いで引っ張られた。
…やっぱり俺ですよね! 知ってたんですけど、絡まれるのが嫌で現実逃避してたんです!
「なに無視してんだよ! テメェ、ガン飛ばしやがって!」
ガンは飛ばしてませんよ!? ちょっとチラッて、チラッてお顔を拝見しただけなんです!
「なんとか言えよ!」
なんとか言いたいんですけど、間髪入れずに喋ってくるからしゃべれないんじゃないですか!
「この野郎!!」
先輩は握り拳をつくり、今にも殴りかかってきそうだ。怖くて目を閉じたが、俺は勇気を振り絞って声を出した。
「やめとけ」
よし、言ってやった。言いたいことありすぎて先輩にやめとけって言ってしまったけど! 目を瞑ってるから、相手がどんな表情してるのかわからないけど! 絶対怒ってるとしか思えないんですけど!
「まさか…殴らないのを見越していたから避けなかったのか…。やめとけだと…実力の差が分かっていたというのか…」
………え?
俺は恐る恐る目を開けた。
本当だ。目を開けたら拳が目の前にある。
「この人には喧嘩を売っちゃいけなかった…」
先輩の顔は、みるみる真っ青になっていた。流石に心配になり、先輩の方に歩みを進めた。
「大丈夫ですか?」
「す、すいませんでした!!」
先輩はチーター並みの速度で逃げて行った。
なんだったんだよ…驚かせやがって…。
――それから数日して分かるのだが、なんとこの先輩、先生も手が付けられないほど、やんちゃしてる人だったらしい。
それから噂が噂をよんで…。
「あの人が3年生を手懐けたって噂の…通りで目つきが悪いわけだ…」
うん、手懐けてないな。
「あれが同じ学年だと…ふふっ、短い人生だったよ…。あと普通に目つきが悪い」
うん、人生まだまだ長いから諦めんなよ。
「あの目つきの悪いやつが『冷酷な男』か」
あー、なるほど。だからガン飛ばしたと思われたんだ。幼馴染が言ってた「お前の目つきすっげー悪いからな」って本当だったんだ。
この高校で中学から同じやつなんて、俺と幼馴染ともう1人しかいないのに、もう中学の時と同じ扱いされてるよ。しかも、あだ名も全く一緒とは。
こうして普通の学校生活が送れなくなったんだよ。
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