第91話氷の女王と姉妹でぇーと

「準備できた?」

「あと少し」


ちょっと気合いの入れた姉妹が何やら出かける準備をしている。


「よし、そんじゃ行こうか。デート」

「ええ、待たせたわ。姉さん」


2人はそれぞれオシャレな格好をして、化粧や、髪の毛までしっかり直して、そして、少し緊張する。


本当に恋人とデートに行くかのようだ。


それもそのはず。

2人は姉妹であって、姉妹でない。

異母姉妹なのだ。


顔も、性格も、育った環境すら違う。

そして何より15、6年ほど関わりのなかったふたりがいきなり姉妹をしているのだ。


たった15、6年。されど15、6年。


この間を埋めるにはそれこそ、10年20年と時間がかかる。


それを2人は必死に埋めようとする。

たった一日でどうこうなるわけじゃない。

けど、お互いを尊敬し、お互いを想い、そして何よりお互いが大好きだからこそ、1秒でも一緒にいたい。


それこそ、恋人のように大事に思っている。

いや、もう、家族だった。


だから、今日はそのために少しでも1歩進むためにデートをする。


「黒兎ー!行ってくるよー」

「少し家を空けるわ」


下からはそんな声が聞こえてくる。

そんな中、部屋に引きこもっている黒兎は『おう!行ってらっしゃい』と、とりあえず返事だけをして、何をするでもなく、本当にただ引きこもるつもっている。


「本当に引きこもるつもりなんだ。まあ、いいや。行こう雫。今日はいつも黒兎と行ってって言うショッピングモールよ」


露はテンションを上げて玄関を開ける。


「ええ、けど姉さん」


雫は落ち着いた声で問う。


「そんなにはしゃいでいたら、ショッピングモールに着く前に体力切れになりそうね」

「あっ……」


言われてみればという感じで、露は手を頭に当てる。


「まあ、その時は……」

「な、何をするのっ!」


露が雫に飛びついた。


「こうやって、雫に面倒見てもらおう」


満面の笑みで言われては断れない。


「仕方ないわ。姉さん」

「そう来なくっちゃ。それじゃ行こう!」


2人は元気もテンションも上げて家を出た。


一方、黒兎はというと。


ただ寝ていた。


本当にそれだけ。

けど、最近は幸せなことに美少女2人に囲まれて、友達も居て、充実しすぎている生活を送っている。

そんなことを考えれば、こうしていざ1人になった時の、開放感と何より寂しさが訪れる。


自分は幸せすぎた。

身に余る幸運だ。

けれど貰えるのなら貰っておこう。

ただ、その感謝を忘れないように。


こうやって1人だった時期を忘れないように。


2人や、イツメンのことを考える。


2人のことを考える。


いつか来る選択の日のために。


そんなことを思いながら黒兎目を閉じた。



「し、雫。さすがにテンション上げすぎた」


はぁ、はぁ、と息を切らして露が言う。


ここはまだショッピングモールへの行き道。

ちょうど駅から出たところだ。


「ほら、言ったじゃない。まだ着いてすらいないのに。しっかりして欲しいわ。姉さん」

「くっ、言い返す言葉もない」


2人はショッピングモールに向かって歩いていく。


気温はもうすっかり秋で涼しめだ。

けれど、いざ歩くとなると少し汗ばむくらいには気温はある。


これは汗が引くと寒いやつだ。


ちょうどショッピングモールに着き、中に入るとやはりだ。


「ね、姉さん。少し寒いわね」


いくら秋とは言えどもショッピングモールの中には空調が効いていて、涼しい。

がしかし、汗をかいたあとだとこの涼しさと風は冷えることになる。


「それじゃ、」


露は着ていた薄めのカーディガンを雫に渡す。


「嫌じゃなかったら着たら?冷えると体壊すよ。女の子は特に、ね?」


露から受け取ったカーディガンはまだ温かい。


「お、ちょ、ちょ、恥ずかしい。雫」

「え?」


言われて気づく。

露のカーディガンに鼻を近づけて匂いを嗅ぐ雫。

確かに恥ずかしい行為だ。


「あ、ご、ごめんなさい。なんだかつい……」

「つい、って、まあ、別になんでもいいよ。嫌じゃなかったら着て」


露は少し恥ずかしげに、顔を背けて言う。


「ええ、ありがとう。けど、それじゃ姉さんが冷えないかしら?」


雫はカーディガンをぎゅっと抱きしめて言う。


「ううん。大丈夫。だって……」

「だって?」

「雫と2人だと……なんだか暑いや」


露は気恥しそうに斜め下に目線を下ろす。


「これはあの変人黒兎も好きになるわけだわ。全体的にずるいのよ」


雫も、恥ずかしげに露とは反対の方の斜め下に目線をやった。


「そろそろ、行かないかしら?」


雫が場の空気を変えようと、デートを続けることを提案する。


「う、うん。そうね。続けよう。まずはス☆バから!」

「抹茶フラペチーノ一択ね」

「子供舌だなぁ、雫は」

「姉さんは?」

「キャラメルマキアート!」

「対して変わらないわ……」


ということで、まずは水分補給を兼ねて、なんかその場にいるだけでイケてる感の出るス☆バに行くことにした。


「ご注文は」

「抹茶フラペチーノ1つ」

「キャラメルマキアート1つで」

「ご注文は以上ですか?」

「はい」

「かしこまりました。店内でお召し上がりますか?」

「いえ」

「かしこまりました。料金は1070円になります」


2人は商品を受け取った。


「あー、緊張したー。なんか、ス☆バで注文する時緊張しない?」


そんな露に雫は頷く。


「なんだか、絶対にメニューを噛んではいけない気がするわ」

「わかる」

「優心や、咲良はすんなり頼むのだけれど……。それより姉さんも緊張するのね。てっきり行き慣れていたと思ったのだけど」


そんな質問に露は苦笑いしながらかえす。


「まあ、ね。私こんな性格だから友達いないのよ。別に嫌われてるとか、ハブられてるとかじゃないんだけどね。みんな周りにいて、けど誰かのための私になれたことなんてなかったから」


雫はそれを聞いて、寂しさを思い出す。


雫も最初は誰も近づいてこないのに、色んな意味で有名だった。

取り巻きみたいなのもできたけど、誰一人として友達と呼べる人はいなかった。


そんな時現れたのは、


「そんな時、現れたのは黒兎だった。雫も優心や、陽、みんなだった」


そう、そんな時に現れたのは黒兎だった。


つくづく黒兎はずるいと思う。

精神的にも、色んなところが弱った女の子に手を差し伸べて、救ってしまう。


そんなの気にならないわけない。


「だから、黒兎が好きなのかも」


露は1口、キャラメルマキアートを飲んで言う。


「ねえ、雫。運命の人っていると思う?」


そんな、まるでおとぎ話のような、夢物語のような、少し現実と離れた質問に雫は返せない。


「私はいると思う。それが黒兎だった。別に黒兎がかっこいいとか、お金持ちとか、面白いとか、そんなこと思ったことないかも」


露はクスッと笑う。


「けど、こうやって弱い時に助けられた。そんなの、そんなのずるいよ。あの時助けられたのが黒兎じゃなかったら、きっと黒兎以外を好きになってたと思う。別にあれが黒兎じゃなくたって良かった。けど、黒兎に助けられた。この世に沢山いる人の中からあの時、あの瞬間に助けられたのは黒兎だった。これを運命と言わないで何を運命と言うのかしら」


そんな露の言葉に雫は静かに頷いた。


「ええ、そうね。私も黒兎じゃなくて良かった。けど……」


雫はもう一度宣戦布告の意味で露に向かって真剣な眼差しを向ける。


「今は、黒兎じゃなきゃヤダ」

「ええ、その通りよ」


きっといつか選ばれる日が来るから後悔したくない。

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