第84話氷の女王と文化祭3日目3 分岐点
暑っつい。
まあ、それはそうなのだが。
何せ、今、パツンパツンのメイド服を着て、はや、2時間ほど接客をしている。
ありがたいことに店は大繁盛。
それにより、労働量は増える。
よって暑い。
QED完。
ということで、そんな、一人パツンパツンのメイドを着て汗を垂らす男子高校生が接客をするという一種異様な光景、いや、もはや犯罪的な光景すら、許されてしまうのが文化祭という空気。
そんな、みんなどこか浮かれた空気の中、残り店番時間1時間をきっていよいよ、前半ラストスパートに入っている。
「いらっしゃいませー」
「いらっしゃいませご主人様」
「席はあちらです」
「こちらご注文のドリンクセットです」
「注文です。パンケーキセット1つ」
とまあ、こんな感じでクラスメイトたちもそれはもちろん、必死に働いている。
「ありがとうございました」
「行ってらっしゃいませ。ご主人様」
紳士服を着た女子生徒や、メイド服を着た男子生徒に見送られて出ていく客の顔はどこか幸せそうだ。
これが黒兎は一番と言っていいほど嬉しかった。
人の幸せが自分の幸せなんて、綺麗事のようなことを言うつもりはないが、それでも、人の幸せを自分の事のように喜べることは、素直に誇っていい事だと自分で思っている。
黒兎の姿を見て笑ってくれる客、他のクラスメイト達と協力して、進める嬉しさ、そして何より笑顔で店を出る客の顔。
これは黒兎が今まで体験したことのなかった……いや、とうの昔に置いてきた記憶。
誰かと協力して、誰かと関わって、誰かを笑顔にする。
黒兎の最も得意なことにして、最も避けていたこと。
「ほらほら、まだまだ忙しくなるぞ。ラスト、気張ってけ」
陽が、黒兎の背中を少し叩く。
「おうよ」
黒兎はそれに笑顔で答える。
そんな反応を見て陽は少し感動したように、どこか思いふけるように、昔を思い出しながら一言つぶやく。
「ああ、やっと戻ってきたな」
その言葉で何が伝えたいのか、何を言いたいのか、全て黒兎には理解出来た。
中学2年からの閉ざしていた関係、それが少しづつ変わって、いつしか、6人も友達がてきた。
そして、その中から大切な人を見つけ、更には家族が2人も増えた。
更には、クラスから拒絶されていた人物が、クラスのみんなを笑わせて、頼られて、クラス外の人まで、笑顔にさせている。
先程も言った通り、これは黒兎の最も得意なことにして最も避けていたこと。
けど、今は違う。
「おう。ただいま。待たせたな」
黒兎はきっと陽の独り言だったことに、反応して、返す。
黒兎もまた、独り言のように。
黒兎は陽の顔を見ることもせず、接客に戻る。
もう、きっと、顔を見なくても大丈夫だから。
黒兎に独り言を返された陽はその場にただ立っている。
今まで見てきた、自分で言うのも恥ずかしいし、きっとこれからも誰にも言わないが、親友だと思う黒兎。
そんな彼をずっと見てきたからこそ、思う。
「おせぇよ」
ふと、つぶやく。
今度は誰にも聞こえないように。
背中から、黒兎の歩いていくか足音がする。
なら、きっともう、大丈夫なんだ。
陽静かに、確信した。
「ひ、陽……?!あのー、えっとー」
そんな陽の元に慌てふためく、1人の声がする。
優心だ。
何故か、冷や汗というのか、なんというのか、とにかく焦っているのがよくわかる。
言葉も途切れ途切れ、それでも何かを伝えようとしている。
「お、おい。落ちつけ、落ち着いて話せ、優心」
「そ、そうだね。ごめん。ふー、よし」
優心は陽に言われた通り、1度落ち着く。
「それでなんだけどね?」
優心は歯切れが悪そうに、勿体ぶって話す。
勿体ぶってというより、あまり、話したくない感じだ。
「なんだよ?勿体ぶって。大丈夫。ちゃんと聞くから」
陽は優心をなだめるように言う。
「う、うん。それでなんだけどね。……陽のお父さんが来てるの」
「……は?」
陽の視界が真っ白になった。
「咲良ー、もう疲れた」
「最初からフルパワーで活動しすぎなんだよー」
バックヤードで少し休憩中の咲良、聡カップル。
聡は最初からフルパワーで活動していたため、さすがの体力も限界を迎えている。
昨日、黒兎と雫、そして露がいなかった分、働いてくれていたのは、他でもない、2人だった。
そんな2人もバックヤードでつかぬまの休息ということで、少し英気を養っている。
「ねぇ、疲れたね。坂口くん」
「なんだよ?久しいな、その呼び方。こっちも疲れたか?山谷さん」
苗字で呼び合う二人の間に異様な空気が漂う。
「うん。疲れた。この関係も」
「まぁ、しゃーない。俺も好きでってわけじゃない」
二人しかいないバックヤードに、普段の聡、咲良カップルと思えない、声が響く。
「そう。それじゃ、別れる?」
咲良が切り出す。
「別にいいけど。この関係は、好きでやってるわけじゃい。まあ、咲良のことはそれなりに思ってるさ」
聡がいつもとは大きく違い、嘲るような声を出す。
「それもそうだね。聡。私も、この関係は疲れるけど、聡のことは嫌いじゃない。きっと、好きだよ。……きっと」
咲良の声が段々と小さくなる。
「俺も、好きだ。咲良。きっと……な」
聡もあまり、自信のある声とは言えない。
「これが、もし、愛だなんて言うんだったら……」
少し考える咲良に聡は馬鹿らしそうに声をかける。
「考えるのはやめようぜ。一応、俺たちは中睦まじく付き合ってることになってるんだからな」
2人の関係は大きな分岐点に差し掛かる。
「うん。そうだね。きっと大好きだよ。聡」
「おう、きっと、大好きだ。咲良」
そう、きっと。
高校生に永遠の愛なんてものは重すぎる。
けれども、この2人には永遠の愛が約束されている。
なんてったって、婚約者なのだから。
望まぬ形であれど。
そこには、きっと、二人の愛が。
きっと。
キーンコーンカーンコーン。
チャイムの音が響く。
文化祭前半終了の合図。
そして、止まっていた、黒兎たち以外の関係を動かし始める合図でもあった。
それは、きっと、好きとか、嫌いとか、愛とか思いとか、そんな形の見えないものに向き合わないといけない、高校生の話。
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