第67話霞田露1
雫は扉を開ける。
ここは優心の家の優心の部屋。
今は女子会をしているところだ。
雫がトイレから戻ってきてすぐに露は『ちょっと用事』と言って帰ってしまった。
雫としては嫌な相手がいなくなり清々しているのだが、何故か咲良や優心の目が冷たい。
その理由を知るのはまだもう少しあと。
露は優心の家を出て帰る。
帰ると言ってもホテルにだ。
ホテルと言ってもいやらしいホテルではなく本当にただの高級ホテル。
ホテルに着くとスマホを見る。
そしていつもと同じ通知が来ているのに気づく。
題名─顔を見せてくれないか?─
メールの通知。
露はその通知を見るとすぐに中身を見ずに消してしまった。
「今さら……!」
露は一人声にならない怒りを叫ぶ。女子高生一人にはあまりに広いホテルの一室に、悲痛な声がただ響く。
露はやけくそで寝た。
もう何も考えたくなかった。
それでも子供の頃からの憎悪と、そしてその復讐相手が目の前にいることの嬉しさが混ざりあって、自分でも今の精神状態が普通でないことくらいわかっている。
露は目を閉じた。
「お母さん!見てみて!」
幼き少女は、それこそ天使のような笑みで母親に四つ葉のクローバーを取って見せた。
「あら、すごいわね。やっぱりあなたは私の子よ」
「えへへ。お母さん大好き!」
小さな天使は、母親の胸に飛び込む。
母の体、心その温かな感覚を全身に感じながらこれからも愛されていくのだとその時は思った。
約5歳の頃。その天使はまだ小さいなりに他の子供とは一線を画す才能を持っていた。
運動もできたし、勉強もできた。
両親がお金持ちだということもあり、何不自由なく暮らしていた。
しかしある日。
母と父の喧嘩が絶えなくなり始めた。
「あなた!またスキャンダルになったらどうするの?!」
「なんだよ?ちょっと息抜きしてただけじゃねぇかよ!」
「あなたは著名人なのよ!?自覚を持って行動して!それに……息抜きでキャバクラ?私がいながら……!やっぱりあの時のあなたの言葉はうそばっかりだったのね!?」
「……なんだ?俺に逆らおうってのか?息抜きをする理由だと?お前に興味がねぇからだよ!」
パチーン!
乾いた音が母の右頬で響いた。
「……ぁなたねぇ!!!」
パリーン!
今度は高い音が鈍く響く。
母が近くにあった食器を投げつけた。
「ぉまえぇー!!!!!」
「やめ、あなたこそ……」
それからは見ていられなかった。
……はずだった。自分でも見ていられないと思った。それでも体は動かず、目は瞬きひとつもせず、ただその光景を見ている。
普通の子だったら泣いたり、わめいたり、止めに入ったり、何か行動を起こすはずだ。
それでもその天使はただその光景を見ているだけだった。
不思議と何か嫌な感情はない。
あんなに大好きな母と父にも何も思わない。
本当に何も思はない。
そして天使は一人で自分の部屋に行き、眠ってしまった。
翌朝、酷く荒れたリビングには、あちらこちら傷だらけになった母がぽつんと椅子に腰掛けていた。
この家は相当広いものだが、ただ1人、座っていた。
寂しさや、痛々しさを感じる周りのあまりに変わった景色を天使は見た。
それでも何も思わない。
「お母さんお父さんは?」
天使は母に聞いた。
母は、寂しく、悔しく、苦虫を潰したような顔をしながらも精一杯笑って答えた。
「お父さんはね。旅に出たの。もう帰ってこないって。私とあなたを置いてね。行っちゃった……」
その時の母は、ガラガラに枯れた声をしながらも酷く優しかった。
「ねぇ、露。大好きよ」
優しさと絶望を孕んだ声に露はただ母を見るだけだった。
そんな露も時が流れ小学生になった。
小学生になっても露の才能は飛び抜けていた。
勉強、スポーツ、コミュニケーション、全て円滑に、小学生を謳歌していたと言っても過言ではない。
しかし、小学生5年の時に突如終わりを告げる。
ある転校生が入って来た。女の子だ。
それまで可愛いと言われていた露に負けず劣らずの美少女だった。
それだけでない。
勉強も、スポーツも露以上にできた。
露は悔しさと自分と同じ位置に立っている転校生に嬉しさを感じ、数年ぶりに笑顔で母に話した。
「母さん!聞いて!──さんっていうね、転校生が来て!その子がすごいの!」
料理を作っていた母の手が止まった。
「それでね、私と友達になって欲しくてね」
「……めて」
「明日ね」
「……やめて」
「声をかけて見ようか……」
「やめてって言ってるでしょ!?二度とその子の名前を呼ばないで。仲良くもしないで。決してあの子に負けちゃダメ。何事もよ!」
「何言ってるの?母さん」
「いいから母さんのいうことを聞きなさい!」
「だから……」
パチーン!
乾いた音が露の右頬から酷く。
母は息を切らし、はぁはぁと、肩を上下させている。もちろんそこには疲れなんかで息が切れている訳ではなく、必死に怒りを堪えているためである。
「……わかったよ母さん」
露はニコッと笑った。それはもう、天使のように。そしてそんな笑顔を無感情でやってのけた。
それからは──に負けないように全てを捨てて学校生活を送った。
それでも、届くことはなかった。
上には上がいた。
──に負ける度母にはぶたれた。
それでも何も感じない。痛みすら感じない。
もう、全て麻痺していた。
数年前のあの日から。
小学校6年になると──は転校してしまった。
それからはあれ以来何事もトップであること以外許されなかった。
あれから母の口癖は変わってしまった。
「あなたは私の子よ」
だ。どういう意味か初めは分からなかった。
中学3年の頃。露はもちろん全国トップクラスの高校を受験した。
合否はもちろん合格。
エリート街道まっしぐらだった。
そんな高校1年生の初夏。
学校の創立記念日に露は息抜き程度に少し郊外をぶらぶらとしていた。
そして見つけた。一目見ただけで彼女だとわかった。
──を。そしてその横には男が1人いる。
よく分からないが楽しそうだ。
そして、ふと何故か腸が煮えくり返る程に怒りが湧いてきた。
何故?
どうして?
ああ、そうか。
小学生の頃に転校してきた──はとても人間とは呼べなかった。
酷く冷たく、刺々しい。
そんな彼女を見て自分が友達になりたい理由がわかった。
自分と同じだからだ。
この世の全ての絶望を感じさせる雰囲気。
生気のない顔。
それでも人は美しいという。
まるで人を人形みたいに。
けど違った。今の彼女は違う。
楽しそうだった。幸せそうだった。
どうして?あの彼女がどうして?そんな顔を?
そして1人の男を見る。
ああ、そうか。また──は私よりも上を行く。
そうやって私を置いていくんだ。
意思のある人形はいらないんだよ?
パッと目が覚める。
あまりに静かで寂しいホテルの一室。
霞田露は目覚める。
そして1つ気づく。
頬が濡れている。
そして露はあの時、──を見つけた時のように呟いた。
「見つけたよ。私の可愛いライバル……いや、義妹。冬矢雫。」
露は気づかなかった。
今最高に笑顔だということを。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます