第66話氷の女王と女子会

露が転校して来たり、なんやかんやで色々あった新学期の週末、雫は忙しそうに家を出る。


別にバイトという訳でもなく、バイトよりも雫にとって大事なもの。


今日は夏休みのうちに話が出ていた女子会の日だ。黒兎の家から少し遠い優心の家に集まることになっているので、今日は早めに家を出る。


いつもの週末よりも早起きしているのに、心は軽く、足取りも軽い。

それほどに冬矢雫という人物にとって、優心や、咲良といった『友人』という存在は大きかった。


そんないつもよりも楽しそうな雫が家を出るのを見て、黒兎は、


(今日は俺の出番はないな)


と密かに寂しく思う。

いつも家にいる人が居ないのはとても不自然で居心地が悪い。

仕事とはいえ、あまり家族との時間を長く過ごしていない黒兎には、雫は本当に家族のようで、なんだか色々思うところもある。


けど、今回はせっかくの女子会なんだから雫には精一杯楽しんで来てくれれば黒兎はそれで満足だ。


寂しくなった家を片付けなが、黒兎は一人静かにソファーに腰掛けた。




一方その頃、同居人が寂しがっているとはつゆ知らず、雫のテンションは明らかに上がっていた。


色々あった家庭環境なので、友達の家に遊びに行くといったことを経験するのは初めてだし、もちろん女子会なんてものも初めてだ。


珍しく、表情に出るほどテンションの上がっている雫はその数十分後、近年稀に見ないほど自分のテンションが下がるとはこの時の雫は知る由もなかった。



ピンポーン。


インターフォンを鳴らす。

なんだか、自分が友達の家のインターフォンを鳴らすなんて新鮮なので、ドキドキやら、ワクワクやらもう、色んな気持ちでどうにかなってしまいそうだった。


『はーい』


インターフォン越しに声がする。

もちろん声の主はこの家に住む優心のものだ。


「今日はよろしく、優心」


雫はインターフォンに向かって話す。


この時優心は笑いをこらえるのが大変だった。


何せ、雫の顔面がドアップでインターフォンに映っているのである。


それもそのはず、雫は自分がインターフォン鳴らしたことなんてなかったのでインターフォンにわざわざ近づいて話している。


雫からしたら、マイクに音をしっかり拾って貰うために近づいたのだが、普通に話すだけでも十分音を拾うことなんて知らなかったのだ。


『し、雫……っぷ。はい……っぷ、はいって……っあはは。ふぅ。入っていいよ』


そんな顔面ドアップの雫をインターフォンの画面越しに見ながら、何とか笑いをこらえ、家に入るように伝える。


(あら?今日の優心はなんだか不思議ね。優心もテンションが上がっておかしくなっているのかしら)


もちろんそんな訳ない。

しかし、自分のテンションがおかしなことになっているのには自分で気づいているようだ。


……インターフォンに顔面ドアップで映っているのは気づいてないが。



(雫って、本当に抜けてるというか、なんというか。今のクラスメイトが見たらなんて言うだろう?想像するだけで笑いが……っあはは。そうだ……)


優心は静かにインターフォンのリプレイ昨日を使って顔面ドアップの雫の写真を黒兎に送ったことは、また別の話。


「お邪魔します」


下から声が聞こえる。

優心は『2階!もうみんな来てるよー』と雫に伝える。


階段からひょこっと顔を出した優心が2階にみんなもう来ていることを伝えてくる。

雫はそれはもう、るんるんで階段を上がる。


いや、駆け上がる。


……その時に滑って、割とマジで階段から落ちそうになったことを雫は墓まで持って行くことを決めた話もまた、別の話。


転びかけたおかげで、冷静になった雫は残りの階段をそれはもう、大変慎重に上り、優心のいる部屋を開ける。


そこに見えた光景に雫は目を疑った。


「やっほー」


優心が雫に挨拶する。


「なんか音したけど大丈夫?」


咲良がさっきの音について聞いてくる。


「遅いよー雫」


露がちょっと笑いながら、茶化して言ってくる。


そう、露がいるのだ。


雫はただ扉の前でつったている。


「ん?どした雫?入りなよ。ちょっと4人は狭いかもだけどねー」


優心が部屋に入るように勧める。

それを聞いてハッとした雫は部屋に入りとりあえず、咲良の隣に座ることにした。


そして、すぐに1番の疑問点について咲良と優心に聞く。


「どうして露がここに?」


露はへらっと笑って答えた。


「どうしてって、女子会に呼ばれたからに決まってるよー」


雫は咲良と優心に目線を向ける。

2人とも『呼んだらいけなかった?』みたいな目で雫と目を合わせる。


雫は深呼吸をする。

テンションがどんどん下がっていくのが自分でも分かる。


そして落ち着いて、ニコッと最近黒兎たちや、バイトで覚えた営業スマイルをする。


「もちろんよ。楽しみましょう。露」

「うん。ありがとう!雫大好き!」


ほっぺをつねったり、抱きついたり、頭を撫でたり、あははと笑い合いながら2人はじゃれ合う。

傍から見ればだが。


実際はじゃれ合うというより、じゃれ合いに見せていつ相手を殺してやろうかとそんな殺気の籠ったものである。


そんな2人のことはつゆ知らず。


「ちょっと!もう、2人でイチャイチャしない

!」

「雫と露ってそこまで仲良かったんだ」


なんて呑気なことを言う優心と咲良。


「もちろんだよー。だって私雫大好きだもん!結婚してよー」

「あらあら嬉しいわ。あなたとならばきっと幸せな生活をできるでしょうね」


2人はじゃれ合い (殺気の籠った) をしながら思ってもないことを口からつらつらと垂れ流して言う。


そんな2人を見て、とてつもなく仲良しだと思ったのか咲良と優心までじゃれ合いに混ざってきてもう、収拾がつかない。


そんなじゃれ合いも数分後、疲れた4人はジュースを飲んで、ゆっくりと、やっと女子会らしいことを始めた。


最初は咲良と聡の色々な話から始まる。

咲良はいやいやと言いながらもそれはもう、たっぷりと惚気話を語ってくれた。


その中には女子しかいないから話をできることも含まれており、彼氏とのスキンシップのとり方だったり、少し夜の方まで。


顔を赤くしながらも、その時のことを思い出し段々と蕩けた表情になる咲良は、普段のスポーツ少女というより、女という感じだった。


そんな咲良の話を聞きながらこの場にいた咲良以外3人が2つ同じことを考えていた。


(咲良ってあんなエロかったけ?)

(咲良ってあんな色っぽかったかしら?)

(咲良って意外に女してるのね)



……それと……。


(((後でこの話したこと絶対後悔する)))


夜のことまで女子会というテンションで赤裸々に語ってしまった咲良はきっと帰り道


(何話してるんだ?私と)


ときっと後悔するだろう。


次学校出会う日には、きっと顔を真っ赤にしてるいことが容易に想像できる。

恐ろしや、女子会テンション。


そんな惚気話の次はみんなの夏休みの思い出話だ。


優心、咲良と順に夏休みの思い出を話、次は露の番だ。


露は転校する前のことを少し喋る。


家は結構いいところの家だということ。

今は両親と離れて過ごしていること。


詳しくは話さなかったが、露の家庭環境も少し変わっているようであまり両親と仲が良さそうになかった。


誰とでも仲良くしている露が両親とは仲が悪いと知り不思議がる咲良と優心。


そして、納得したかのように頷く雫。


この話を聞いて雫は霞田露かどんな人物なのかほとんど検討がついていた。


確定はしていないので、黒兎に話すことは、やめておこうと思ったが、予想が当たっていれば思ったより面倒だ。


それにまだ相手の目的自体がわかった訳では無い。


次に話すのは雫の番だが、少し雫はトイレのため席を外す。


すると露が咲良や優心たちの夏休みの思い出をさっきよりも深く聞いてくる。


優心は写真を見せながら夏休みの思い出を話していく。


そして……あの写真が見つかる。


黒兎と雫の2人のツーショット。


「なにこれ?黒兎と雫?」


咲良と優心は慌てたように言い訳を並べ始める。


「いやー、それはなんというか、誤解というか……」

「私、私達が遊びでやらしただけだよ」


露はニヤッと笑ったあと、こう言った。


「あー、ごめんね。私知ってるよ。黒兎と雫の関係。2人に教えてもらったの」


堂々と、息をするように嘘を吐いた。

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