第44話氷の女王と大切
「ほら黒兎、雫ちゃん、帰るわよー」
「ん」
「わかりました」
マンションの下見が終わって、家に帰ることにした。
両親はこの後、用事があってまた1ヶ月後に来るそうだ。
それと久しぶりに、夫婦水入らずを楽しみたいと言って、家の前で車から黒兎と雫を降ろす。
「ごめんね。何だか慌ただしくなっちゃって」
「いいえ、大丈夫です」
「黒兎も、あんまり家に帰れなくてごめんね。あっ、それとも本当は雫ちゃんと2人きりの時間を邪魔して早く帰れなんて思ってるのかな?」
「そんなんじゃねぇよ。でも、まあ、またゆっくり帰ってきたら?」
「そうね。そういえばもうすぐ夏休みね。あなた、夏休みはあるの?」
「そうだねー、取ろうと思えば取れるよ」
何やら両親が夏休みになにかするようだ。
「じゃ、夏休み一緒にどこか行かない?」
「それは良い、黒兎と雫ちゃんもどうだ?」
「え?俺たち?そんな子供じゃないんだから……な、冬矢」
「私?私はかまわないけど……」
「ほら、雫ちゃんは行くって言ってるじゃない」
「いや、言ってねぇよ」
「行くわよね、雫ちゃん」
「はっはい。よろしくお願いします」
「まあ、ありがとう。雫ちゃん、可愛いから一緒に買い物とかしてみたかったのよね」
勝手にどんどん進んでいるがこうなった母を止めるものはない。
「それじゃ夏休みにゆっくり家族で旅行にでも行きましょう」
「家族?」
雫が不思議そうに聞き返す。
「そうよ。私と私の旦那それに、黒兎に雫ちゃん。みんな家族よ」
「……」
「嫌かしら?」
「……嬉しい」
「なにか言った?雫ちゃん」
「嬉しい!嬉しいです。お母さん、お父さん」
「まあ、お母さん、お父さんだって。ほんとにうちの娘になってもいいのよ」
「なりたいです」
「本当!?」
「え!?!?」
あまりの驚きに黒兎は変な声がでる。
「ってことはふっ冬矢はおっ俺とととけっここ結婚!?」
「それはしないわ。できるなら養子になりたいというほうの娘になりたいよ。嫁ぐわけではないわ」
「なんだよ、驚かせやがって……ちょと悲しいだろ……」
「何か言ったかしら?」
「言ってねぇよ!この鈍感メインヒロイン!」
「あなたに言われたくないわ」
またいつもの小競り合いが始まる。それを両親は微笑ましそうに眺めている。
「本当に仲がいいのね」
「「良くねぇよ! (ないです)」」
「あらあら」
両親にクスッと笑われる。黒兎と雫は少し恥ずかしそうに下を向いてしまう。
「それじゃまた夏休みに。たぶん8月の下旬くらいだから予定空けておいてね」
「わかったよ」
「わかりました」
「それじゃあね、黒兎、雫ちゃん」
「それじゃ」
「さようなら、今日はありがとうございました」
ブーン。両親の車は走り去っていく。
ある程度見送ると2人は家に入った。
すると珍しく、冬矢の方から話しかけてくる。
「温かいわね」
「ん?そうか?もう夏だから温かいと言うより暑い」
「そうじゃないわよ。家族ってことよ」
「なんだ?家族は温かいってか?クサイこと言うなぁ」
「でも、本当に温かいと思うわ」
「そんなの感じるものなのか?」
「まあ、ね。昔にはあんなに家族と言う言葉に安心感や、信頼なんて感じなかったわ」
「なんだよ、昔話か?」
「ちょっとくらい付き合ってくれてもいいじゃない」
「まあ、いいけど」
珍しく、今日の雫はよく喋る。
きっとこれも家族の温かみなのだろう。
「昔は、家族という家族はいなかった。私に温かい心で接してくれる人もいなかった」
「学校とかならいたんじゃねぇの?」
「学校……ね。私は学校でも、月影くんと出会う前のような感じだったの」
「ってことは、誰とも仲良くしないで常に一人で居たってことか?」
「そういう事ね。確かに周りには人はいたわ。けどその誰とも仲良くしたことはない。だから友達もいなかった」
「それが?」
「気づけば私は、家族でも、友達でも、何か温かい気持ちになったことはない。でも」
「でも?」
「今は違う。月影くんの家に居候して、聡くんに、陽くん、優心に、咲良。4人もの友達ができた。昔の私からは考えられないことよ。それに、月影くんに、月影くんの両親という家族ができた」
「まあ、実際の家族じゃないけどな」
「それでも私は嬉しかった。この生活になれてきて、気づけば私は幸せだった」
「なんだ?今から死ぬのか?」
「死なないわよ。でも、今の幸せは死んでも悔いはあんまりないわ」
「ちょっとあるんだな」
「悔いなく死ぬ事なんてできる方が難しいわ。そしてこうやって私のありのままをさらけ出しても、愛想をつかさない月影くんがいる」
「うん」
雫はゆっくり一呼吸入れて続ける。
「そして今日。月影くんのお母さんに昔のことを話した時、今の自分の当たり前がどれほど幸せか知れた。明るく、暖かい部屋、屋根のある寝床、美味し食事、大切な友達。そして……」
もう一度息を整え雫は続ける。
「私のことを、こんなただの居候を、家族と言ってくれる人。それに、こんな居候に手を差し伸べてくれた人がいる。私は他人が大切と思ったことはない。でも、今は違う。私の周りは大切なものだらけになってしまったわ。だから月影くん。責任とってこれからも、私の大切な人でいて」
黒兎は心臓が早くなる。どんどんどんどん早くなる。心臓が痛い。息が苦しい。なのにとても心地がいい。
(なんだ?この感じ)
すると黒兎の口から思っていたことが流れ出てくる。
「当たり前だ。なんだかんだ俺は冬矢のことを、きっと1番に思ってる。何故か知らんけど、何か行動する時、冬矢の顔が真っ先に浮かぶ。ご飯を作る時も、材料を買う時も、学校でも、何故かお前が浮かぶ。真っ先にだ。家族よりも先に。きっとお前が大切なんだ」
黒兎は雫と同様に一呼吸入れて続ける。
「お前を初めてみた時、なんか冷たそうなやつだと思った。愛想悪くて、不器用で、なんでこんなやつがクラスで人気なんだって思った。きっと幸せなやつだって思った。なんの苦労もしてないやつだって思った。けど違った。幸せなやつなんかじゃなかった。苦労もいっぱいしてた。そうやってお前と生活してたら今の自分がどれだけ幸せなやつかってわかった。自分の周りには大切なものだらけだって知った」
黒兎はもう一度息を整え続ける。
「俺の大切なものに気づかせてくれたのは冬矢だ。そんでもってもちろん、冬矢は一生俺の大切な人だ」
なんか言いたいことが言えてスッキリした黒兎は雫の方をむく。
すると雫は何故だか顔まで真っ赤にして、俯いている。
「ん?どうした?冬矢」
「なっなんでもないわ」
「その言い方はなんかある時の言い方だ」
「もう、ずるいわ月影くんは」
「何がずるいんだ?」
「その言い方よ。なに、ただ、その、なんだか、愛の告白をされているみたいだなって……」
「……!?!!!」
黒兎は雫が恥ずかしそうにしている理由に気づき顔まで真っ赤にしてしまう。
言われてみれば何だか2人とも告白もどきをしている。
大切な人でいてとか、一生大切な人だとか、もう、告白を超えて、プロポーズみたいである。
2人はあまりの恥ずかしさと、くさいセリフのせいでしばらくまともに顔を合わせることすらできない。
10分後
先に口を開いたのは雫だ。
「ごっご飯にしない?」
「そっそそそうだな」
「きょきょ今日は、なんのごごごご飯なのかししらら?」
「そそっそうだな、ふつうにみそっ味噌汁とご飯とやき焼き魚ななとかでいいんじゃないいかか?」
まともな会話にすらならない会話で、2人はご飯を作ることにする。
このままでは埒が明かないと黒兎は吹っ切れる。
「あーーしらん!もうしらん。恥ずかしさとかしらん。冬矢のことは大切だが、それは家族愛的なやつだ」
「そうね。嬉しいわ。私に大切な家族ができて」
「「はぁー」」
2人揃ってため息をつく。それから何だかおかしくなって笑いあってしまう。
そうすると何だか普段の調子が戻ってきて、たわいもない話をしながらご飯を食べる。
最近できたとても大切なもの。
そんな大切な物が増える実感を味わいながら黒兎は夜を過ごす。
それともうひとつ、
(久しぶりの冬矢の恥ずかしがった顔、なんか可愛いなぁ)
なんて思いながらベッドに入る黒兎である。
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