失望

 僕は明確な殺意を持って走り出そうとしたけれど。


「ダメっ! アル君!」

「アル、止めろ!」


 2人の少女に両腕を引っ張られ、これ以上先には進めなかったんだ。


「離せぇっ!! 離してよミミルさんっ!!!」

「いいから落ち着けアル。こやつに怪我でもさせたら、お主の立場は悪くなる……下手したら処刑じゃ」

「っ…………クソぉ……!!!」


 言われて僕は少しだけ冷静になる。そうだ。コイツは勇者なのだ。


 僕とヤツには明らかに身分の差がある。だからミミルさんの言う通り、コイツを殴りでもしようなら僕の命は無いだろう。


 でもっ……だからと言って……!! コイツを許していい訳がないんだよ!!


 僕は両腕を引っ張られながらも、ヤツを睨みつける。それを見たヤツは……愉快そうに手を叩いて笑うのだった。


「ハハハッ! まさかお前シンのファンなのか? そんな珍しいヤツもいるもんだな!」

「なら……!!」

「あ?」

「なら……魔王戦で!! 魔剣に変えられたシンを逃がした理由はなんだよ!?」


 僕が言うと「はぁ?」と意味が分からないとでも言いたげな顔をして、首を傾げた。


「だって魔王に魔剣使われたら厄介だろ。だから消しただけだ」

「シンを助ける意思は……!」

「は? ねぇよ、そんなの」


 何の悪びれもなくヤツはそう言ったんだ。


「ならっ! 本に書いてあった内容は!!」


「あんなのほとんど嘘っぱちだ。売るために内容を美化したり改変したりするのは当然だろ?」


「じゃあ……魔王と死闘を繰り広げたのは!」


「嘘。眠ったフリして不意打ちしただけ」


「仲間達が仲良かったのは!」


「嘘。仲良くしてるように見せてただけ」


「仲間の才能を認めていたのは!!」


「それも嘘。みーんなオレの下位互換……1人はそれ以上に無能だったけどなァ!」


「……」





 僕は……僕は。怒りを通り越して…………呆れてしまったんだ。


 何だ……なんだよ。僕はこんなヤツに憧れて冒険者になったって言うのかよ……馬鹿らしい。


 僕は2人の手を振りほどいて後ろを向き、来た道を戻ろうとした……


「……あー。気が変わった。お前、シンの武器に触ってもいいぜ。特別に許可を出してやるよ?」

「……」


 僕は目もくれずに階段を上り続けた。


 ──


 外に出た。


 この庭園も……今となっては、美しさも無い。大量の金によって作られたハリボテの庭にしか見えない。


 そう思う自分も嫌で。一刻も早くここから離れたくて……僕は無言で剣を取り出した。


「……」

「……」


 シンも察してくれたのか、何も言わずに魔剣へと入り込んだ。




「ここから……離れよう」

「……どこまで」

「……遠く。誰も居ない静かな所に行こう」

「ああ…………分かった」



 数秒後。僕らは光に包まれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る