短気な魔剣はキレやすい

 ──それから1週間が経過した。僕はその間ハンナさんの家でお世話になっていたのたが……


「……よし、完全に治ったみたいだね! 本当に良かったよ!」


 どうやらそれも今日で終わりらしい。僕は診察してくれたハンナさんにお礼を言う。


「ありがとうございます! こんなに早く回復したのは、絶対にハンナさんのおかげですよ!」

「もーまたまたー!」


 そう言ってハンナさんは僕の腹をつつくが、痛みは全く感じなかった。……まぁいつものコントみたいなアレを出来なくなったのも何だか寂しいけどね。


「ハンナさん、いつか絶対にお礼をしますから!」

「え? いいよそんなのー」

「させて下さいよ、こんなにお世話になったんですから!」


 するとハンナさんは少しだけ考えた後、微笑んでこう言った。


「んーそれじゃあ……楽しみにしておくね?」

「はい! それじゃあまた仕事で!」


 そう言って僕は外に出る……


『おいてめぇ! 俺を忘れてるぞ!』


 ……ふと魔剣の声が響いてきた。ああ……そういや置きっぱだったや。


 僕はハンナさんに「忘れ物をした」と言って、また部屋に戻る。そこには鞘に収められた魔剣の姿があった。


『お前! 俺を離したら死ぬんだからな! 絶対! そのこと忘れんなよ!』

「はいはい……分かったから喋るの止めて。あなたは魔力を節約しなさいよ」


 そう言って僕は腰に魔剣を刺し……そしてまた外に出ると、ハンナさんが驚いた顔をして尋ねてきた。


「わっ! アル君、忘れ物ってそれ?」

「あっ……これは、ほら、僕を刺した犯人の持ち物かもしれないから、証拠品として持っとこうと思って」

「ああーなるほどー」


 どうやら上手く誤魔化せたらしい。


『中々いい言い訳じゃねぇか』


 ……まぁコイツに褒められても全く嬉しくないんですけど。


 ──


 怪我が治った後の生活も以前とそれほど変わる訳じゃなかった。それほど……そう、たった1点を除いては。


「ねぇアル君、まだその剣装備してるのの?」

「あっ、はい。これ気に入っちゃって、ずっと付けているんですよ」


 酒場でまたハンナさんが僕に聞いてきたので、そう返事をした。


 本当には気に入ってる訳ないし、何なら今すぐ投げ捨てたいくらいだけど……「手放したら死ぬ」なんて言われてるから置いておくのも怖い……だからこうやって肌身離さず持ち歩いているのだ。


 ……まぁ引き抜く気は一切無いけどな。


『「気に入っちゃって付けてるんです!」 だってよ! 笑えるぜ、装備してるのはこっち側なのによ』


 もちろん仕事中もコイツの声は(テレパシー使っているので僕だけにだが)聞こえてくる。本当に腹が立つが、ここで僕が反論すると、ただのヤバい人物になるのでグッと堪えるほかなかった。


 はあ……もうヤダなぁ。いつもの仕事が何倍も疲れて感じるよ。


「おい、そこのお前!! これのおかわり持って来いよ!」


 ……と。魔剣よりも更に嫌な覚えのある声が聞こえてきた。振り向くとそこには……


「んだよ、早くしろよ」


 忘れもしない、仲間に足をかけさせ、僕に謝罪を要求してきたあの冒険者の男だった。まーた来やがったよアイツ……


「……はいただいま」


 僕は言って、冷やしている酒瓶を2本掴んだ。そして持って行こうとした──


『おい、ひょろひょろ。右テーブル手前に座っている女に気を付けろ』


 瞬間、魔剣の声が響いてきた。さっきまでの馬鹿にした声とは打って変わって、非常に落ち着いた声だ。


 僕はそっちに目を向ける……するとその女は横目で僕を見ている様な……そんな予感がした。当然……警戒していないと、それには気が付かなかっただろう。


 僕は歩き……その女の横を通るタイミングで丁度止まった──刹那。女は僕の目の前に足を出してきた。


「……ッ!?」

「チッ」


 引っかからなかったのを確認した女は舌打ちをし、椅子を引いてまた元の状態へと戻るのだった。


 こっ……怖ぇ!! また引っ掛けられるところだった……!


『な? 言ったろ?』


 そして魔剣……お前は何者だ?


 そんなよく分からない、心臓バクバクの状態で無事に男の所まで酒瓶を持って来ることが出来た。


「はい……お待たせしました。お酒です」

「ん……? おいお前。お前みたいな店員がこんなの装備して良いのかよ? 失礼だろ、とっとと外せよ」


 男は僕が無事にここまでたどり着いたのが気に入らないのか、僕の腰に差している魔剣を指さしていちゃもんをつけてきた。


 当然、僕の命を握っている魔剣をそうそう手放せる訳がないので、断ろうとする。


「いえ、お客様それは……」

「なんだぁ!? 俺の言うことが聞けねぇってのか!?」


 すると男は突然怒り、立ち上がって僕の襟首を掴んできた。


 ……いやいやいや。こんな清々しいまでの逆ギレってある? 逆に尊敬するよ。


「はっ……Fラン冒険者風情がいきがんなよ?」


 そう言って男は僕を離し……差している魔剣を引き抜いた。


「あっ!」

「ふん……まぁこんなボロっちぃ剣はお前にはお似合いかもな……ガハハっ!!」


 そう笑って男が魔剣を握って眺めていると……その男以上の狂ったような魔剣の笑い声が聞こえてきた。


『きへへへっ!! おいひょろひょろ……もしかして俺らはこんな奴にバカにされてんのか?』


 当然僕は声が出せないので……こっくりと頷いた。


『じゃあやってやるよ……【悪魔的生命奪取ディアボリックアブソーブ】!』


 ──脳内で魔剣がスキルを発動した声が聞こえた。そして。


「うっ……うがぁぁああっ!!!」


 次に僕が目を開けた時、もう男の右手は真っ赤な血の色に染まっていた。


 僕は……何が起きたのか理解するのには、相当な時間が必要だった。ただ……今の時点で分かることは。


『んだよ、コイツの血全然美味くねぇな……』


 この魔剣は僕の知らない恐ろしい能力がまだまだある……とんでもなく恐ろしい武器だってことを、再確認しただけだった。

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