魔剣士無双〜最弱Fランク冒険者は、呪われた魔剣を手にして世界最強へ成り上がる!〜

道野クローバー

そいつとの出会い

 ────もしも。もしも僕が『』を拾っていなかったら……きっと今よりもっと穏やかな人生が送れていたはずだ。


 それに血を見る回数だって絶対に減っただろうし、悩んだり後悔したり、痛い目に遭う回数だって減っただろう……というか数えあげればキリがない。


 ……でも。それでもこの力を手にして本当に良かったと、今なら心から言えるんだ。この力で……僕の大切な人を護れるのだから。


「おいどうしたアル? とっとと行くぞ」


 僕の腰からぶっきらぼうな、聞き慣れた声が伝わってくる。僕はそいつを優しく撫でて、真正面を見た。


「うん、分かってるよ。行こう……相棒!」

「その呼び方やめろっつーの」


 ────3年前────


 超大型ギルド『ウォルティア』の中にある酒場は、今日も大勢の人で賑わっていた。


 カチャカチャとフォークと食器の触れる音や酔っ払った冒険者達の笑い声に混じって、僕を呼ぶ声が聞こえてきた。


「おいそこのお前! 追加の酒を持ってこい!」

「あっはい、ただいま!」


 僕は言われた通りにカウンターの端にある酒瓶を2つ手に取り、テーブル席の方へと持って行こうとした……


「……うわあぁあっ!!」


 ────瞬間、誰かから足を引っ掛けられて僕は派手に転んでしまった。当然手に持っていた酒瓶は大きな音を立てて割れる。


 そしてその時を『待っていました』かとでも言わんばかりに、注文した客の男は倒れたままの僕の前に立ち塞がった。


「ははっ……おいおい俺の酒が台無しじゃねぇか。お前どうしてくれんだよ?」

「すっ、すみません……! お代はこちらが払いますので!」

「そんなの当然だろ。オラ、今すぐ謝れよ」

「本当にすみませんでした……!」


 僕は両手と頭を地に付けて謝る。……零した酒の上でやったので僕のズボンはびちゃびちゃだ。


 それを見た男は、手を叩いてゲラゲラと汚い笑い声を上げる。


「ガハハはっ! お前冒険者のくせにそんな格好して情けねぇなぁ! Fラン冒険者ってのはプライドが無ぇのかよ?」

「……」


 周りからもクスクス馬鹿にしたような笑い声が聞こえてくる。……すると。


「ああーっ! 申し訳ありませんお客様! 今から掃除するのでお座り下さい!」


 『お転婆』という言葉が良く似合う、僕の上司のハンナさんの声がした。その持ち前の陽気な声で酒場の空気も和らいだのか、男の口調は少し優しくなった様な気がした。


「あ? 何でだよ?」

「ホラ、割れた瓶の破片は危険ですから!」

「じゃあそいつにやらせりゃいいだろ」


 多分客は僕を指差したんだろう。これ以上ハンナさんに迷惑をかけられないと思った僕は、すぐに立ち上がる。


 案の定、目の前には長いオレンジ髪でエプロン姿のハンナさんが男の前に立っていた。僕はその間に割り込んで言った。


「僕がやりますから、ハンナさんは下がっててください」

「えっ、でも!」

「本当に大丈夫ですから」


 そして僕は掃除道具を取り出して破片を集め、ただひたすら無心……無心で自分が零した酒を拭いたのだった。


 ──


「ねぇねぇ、アル君! さっきの人達本当に酷くない!? アル君の足を引っ掛けたのも、絶対あの人達の連れだしさ! どうしてあんなことするんだろうね?」

「……知りませんよ。こっちが聞きたいぐらいです」

「そうだよねぇ! アル君に悪人の気持ちなんか分かるわけないよね!」


 酒場の閉店時間。僕とハンナさんの2人で喋りながら、酒場の後片付けをしていた。


 まぁ喋りながらと言っても、ハンナさんが一方的に話しかけてくるだけなんだけど。


「それでそれでアル君、怪我とかしてない? こう見えても私、治癒魔法なら少しかじってるから治療してあげられるんだよ?」

「そうなんですか。凄いですね」

「えへへーそうでしょ!」


 ハンナさんはそう言いつつ、誇らしげに自分の胸を叩いた。……何がとは言わないが、ハンナさんのがぷるんと大きく揺れ動く。


 僕はそれから少しだけ目を逸らしつつ、こう答える。


「……でも大丈夫ですよ。これ以上ハンナさんに迷惑なんかかけられませんから」

「もー。アル君のそういう所が心配なんだよー。私にはじゃんじゃん迷惑かけていいんだからね?」


 ハンナさんは、わざわざ僕の真ん前まで来てそう言った。ハンナさんの身長は僕よりも小さいので、自然と見上げるような形になる。


 上目遣いがすっげぇ可愛い……んじゃなくて。本当に優しいんだよなこの人。


 僕がこんな所で働き続けれるのも、きっとハンナさんの存在が大きいんだろうな。


 そんなことを思いつつ、また別のテーブルをキュッキュッ拭いていると。


「でもでもアル君、あんなこと言われて悔しかったでしょ? 言い返して思いっきり殴っちゃえば良かったのに!」


 ハンナさんが店員としてあるまじきことを言ってきた。僕は微笑しつつも素直に答えてみる。


「ははっ……無理ですよ。僕にはそんな勇気ありません。それに奴らに歯向かったら、もっと痛い目に遭ってしまいますから」

「ふぅん、そっかー」


 ハンナさんは少し不満そうに呟いた。それからほんの数秒黙ったと思ったら、またすぐに口を開く。


「……あ、そう言えばアル君って冒険者なんでしょ? どうしてここで働いているの?」

「お金がないからですよ。こんな所、好きで働いているわけないじゃないですか」

「でも冒険者ってお金持ちなんじゃ……あっ!」


 ハンナさんは「しまった」と、急いで自分の口に両手を押し付ける。だが遅い、僕の耳には最後まで思いっきり聞こえてしまっていた。


「……残念ながら僕は最低のFランク冒険者なんです。日々生きていく分のお金を稼ぐだけでも大変なんですよ」

「でっ、でもほら! 冒険者ランクが上がったら報酬とか増えるじゃん……!」


 ハンナさんは必死に僕をフォローするようなことを言ってくれたが……更に僕は底辺冒険者の現実を教えてあげた。


「ランクが上がる様なクエストはモンスター討伐系しかないんです。だから弱くて仲間のいない僕なんかにはランクを上げるのなんて無理に等しいんですよ」

「あっ……そうなんだ」


 空気を読んだのか、これ以上ハンナさんは僕に話しかけてこなかった。……なんかごめんなさい。


 ……ちなみにハンナさんは冒険者ではない。というかそもそも冒険者でありながら、他の場所でも働いている僕の方が異端なのだ。


 さっきハンナさんが言った通り、の冒険者はそこそこお金を稼いでいるのだから。


 はぁ……なんだか無性に悲しくなっちゃった。


 そうやって無言のまま僕が掃除を続けていると……カウンターの奥の方に大きな袋が溜まっていたのを見つけた。


「あのハンナさん。この袋って……」

「あー! それゴミ袋だよ! お昼に捨てようと思ってたのにすっかり忘れてたぁ……」

「……それじゃあ僕が捨ててきますよ」

「えっ、ホント? 助かるよー!」


 まぁ……いくら臆病な僕とはいえ、深夜に女の子を歩かせる訳にはいかないもんな。


 僕はゴミ袋を抱えて扉を開き、外にあるゴミ捨て場に向かった。


 ──


「えーっと確かこの辺りだよな」


 僕はギルドの隣にあるゴミ捨て場へとやって来た。そしてゴミの回収時間の書かれた看板を見る。


『水の月、土の月なら可』


 時間は何時でもいいみたいだ。そして今日は水の月、何も問題は無い。


 まぁそれでも勝手ゴミを捨てると犯罪になるのだが、指定された袋に入れていればちゃんと国の人が回収してくれるのだ。もちろん酒場は指定された袋を使っている。


 それでその後どうやって処理するかは知らないけど……まぁきっと火炎魔法かなんかで燃やすんだろうな。


 思いつつ、僕はゴミ袋をポイっと置く。


「ふぅ」


 そして手をパンパンと払い、ギルドの酒場へと戻ろうとした……その時。


「……ん? おい! そこに誰かいるのか!?」


 ゴミ捨て場から声が聞こえてきた。


「……ッ!?」


 驚きつつも僕は警戒して辺りを見回してみる……けれどもそこには誰の気配も感じられなかった。


 しかし空耳にしてはハッキリ聞こえすぎていた。なんだ……? 僕には見えない何かが存在していると言うのか……?


「ここだよ! こっち! 下を見ろ!!」


 またゴミ捨て場の所から声が聞こえてきた。思わず僕は返事をしてしまう。


「えっ……下?」

「そうだよ!! この下にいるから早く助けてくれよ!!」

「あっ、うん。分かった」


 よく分からないけど……「助けてくれ」と言われちゃ、助けてあげなきゃな。


 若干怯えつつも、僕は言われた通りに積まれたゴミ袋を退かして、掘り出してみた。


 するとそこには……黒い鞘に収められた剣のような長い何かが落ちていた。


「これは……?」

「見りゃわかんだろ! 剣だよ! ソード!」

「けっ、けけけ剣がっ……喋ってる!?」





 ──これが僕と『そいつ』の絶対に忘れられない、最悪な出会いだったんだ。

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