回想の絆(3)


            3



『どうしてこうなった?』

 何度考えても、鷹弘には解らなかった。ラグ、モリス、ミッキー三人の計画のどこに問題があったのか。しかし、結果はあまりにも重大だ。


 銀河連合と地球連邦は、事故だと発表した。公式には――ラグの個人艇 《VOYAGERボイジャー》号が何らかの理由で制御不可能となり、《REDレッド・ MOONムーン》に墜落した。爆発が連鎖的に拡大したため、コロニーのおよそ半分が失われる惨事になった。

 《ボイジャー》号を操縦していたのはラグではなく、その父モリス・グレーヴスだった。ラグは乗っていなかったので無事だが、モリスは行方不明になっている。


 ミッキーは、事故当時 《レッド・ムーン》 のシンク・タンク No.55 にいた。彼は自分の全エネルギーと、鷹弘を含む銀河連合軍戦士トループス達のエネルギーを集め、増幅し、《レッド・ムーン》にいた人々を救った。《VENA》の暮らす研究所だけでなく、他の研究所と居住区を包む防壁シールドをきずき、爆発から守りぬいたのだ。

 彼自身は、身体のほぼ半分を吹き飛ばされながら……。

 ミッキーに協力した能力者たちも、過半数が重傷を負った。


 銀河連合軍と地球連邦政府は、直ちに救援活動を開始した。ラグと鷹弘も、機能停止におちいった《レッド・ムーン》内の人々を月へ避難させ、負傷者を収容した。宇宙港と周辺宙域は封鎖された。報道管制が敷かれ、事故の詳細は報道されなかった。犠牲者とその遺族を守るため、と説明された。


 ミッキーは銀河連合の月センター内の病院へ搬送された。親友の状態をみて、鷹弘は言葉を失った。心臓は無事だったものの、脳の一部と身体の大部分が失われていたからだ。

 直ちに蘇生術が施され、最高度の再生医療が開始されたが、ミッキーが元のすがたに戻るのには約半年を必要とした。その間、鷹弘は病院に通い続けた。安藤家の人々も――安藤夫人、マーサ、洋二、アンソニー、智恵、イリスと小さな妹たちは、毎日交代でやってきて、集中治療を受ける彼のカプセルに寄り添った。


 ラグは多忙だった。行方不明になった父親の仕事や補償問題のために、連合軍で果たさなければならない役割が多かったのだ。大切な人びとを一度になくした彼を、鷹弘は心配していた。

 数か月後にようやく会えたラグは、すっかり口数が減っていた。

 美しい銀髪は伸び放題にのび、痩せた顎には無精ひげが目立った。洒落者でいつも小ぎれいな身なりをしていた友が憔悴しているさまは、鷹弘の胸をいた。無理もない。永い 《古老》 の歴史をかえりみても、ラグ個人の人生のなかでも、こんな悲劇は初めてだろう。己に科された使命を果たすことで、なんとか自分を保っている……そんな風に観えた。


『何があったんだ?』と――詳しい事情を訊ねることを、鷹弘は躊躇した。ラグのことだ、いつか話してくれるだろうと期待して、口を閉じた。



              ◇



 事故から半年が経つと、《レッド・ムーン》 の再建は進み、定期便シャトルは復活した。地球連邦、太陽系連邦、銀河連合の関係者は職場に戻り、シンク・タンク(研究所)は仕事を再開した。《VENA》 と実験動物たちは無事だった。

 モリス・グレーヴスともうひとり、《ボイジャー》号に乗っていた人物の行方は、ようとして知れない。

 犠牲になった仲間たちの葬儀を終え、負傷者たちの治療が進むと、ラグはミッキーの見舞いに来られるようになった。といっても、集中治療室には入らず、その手前の面会者用の控室で様子をうかがうだけだったが。


「ラグ」


 その日、病院を訪れた鷹弘は、控室の入り口近くの隅に腰をおろしている親友をみつけ、ほっと息を吐いた。ラグは無言でうなずき、部屋の奥を指し示した。ミッキーの家族が――安藤夫人とマーサと洋二が、集中治療室をのぞむ強化ガラス窓の前に佇んでいた。他にも数人、見舞客らしき人影がある。

 鷹弘は相槌を打った。


 集まっているのは、ミッキーのクラスメイトだ。――事故がおきて改めて、親友の人望の高さを知る。万事に控えめで常に静かに微笑んでいるようなミッキーを、慕う者は多かった。ラグビーのチームメイトだけでなく、鷹弘の知らない友人や後輩たちが、ひっきりなしに訪れている。

 今日は特別だ。回復したミッキーが、治療カプセルから出られることになったからだ。その時を待ち焦がれる家族と友人達の周りには、浮き立つような雰囲気があった。


「ミッキーの記憶は、修繕しておいた」


 ぽつりと、ラグが呟いた。何日も喋っていなかったような乾いた声だ。鷹弘は彼の横顔を見下ろした。

 ラグは膝の上に両肘をつき、組んだ手に顎をおし当て、淡々と続けた。


「記憶補助モジュールを使ったから、日常生活に支障のないレベルには回復しているはずだ。俺と 《ウィル》 に関する記憶は封印ロックした。《VENA》 と今回の事故のことも」

「……そうか」


 鷹弘は、他になんと言えば良いか解らなかった。ラグは、ちらりと相棒を見遣った。


「お前や家族に関しては変えていない。連想的に思い出さないよう、気を付けてやってくれ……。ESPを使えなくなっているから、大丈夫とは思うが」

「分かった。ラグ、お前は――」


『どうするんだ? これから』と、鷹弘が続けようとしたときだった。


 集中治療室の扉が開き、医療ロボットを連れたスタッフが姿を現した。安藤夫人とふたことみこと言葉を交わし、招き入れる。喜びと期待の入りまじる抑えたざわめきが起こった。ミッキーとの面会が許可されたのだ。

 鷹弘も行きたかったが、ここは家族を優先させるべきだろう。他の友人達も、行儀よく順番を待っている。ラグは椅子に腰を下ろしたまま、そんな彼等を眺めた。


「タカヒロ」


 鷹弘の耳に、ラグの声は遠く聞こえた。遠ざかっているように。


「あいつを頼む……ミッキーを」


 何を今さらと顧みる彼に、うなずいてみせる。


「俺はこの宙域を離れる。しばらくは還って来られないだろう。だから、ミッキーを、頼む」

「ラグ」


 鷹弘は息を呑んだ。相棒の夢みるような視線の先を追い、集中治療室の入り口から再び首をめぐらせると――ラグは、立ち上がり、部屋を出ていくところだった。






~『回想の絆』 了~


 最終部「Reincarnation」へ 続きます。

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