Part.4 Wednesday Evening Wanderers
Part.4 Wednesday Evening Wanderers(1)
1
「ミッキー先輩が、帰って来ない?」
「うん……」
学校の昼休み。わたしとイリスとフィーンは、レストランに集まっていた。
フィーンはわたし達より一学年上なので、特別講義などが無いと会えない。そこで、わたし達はお互いの状況を報せるため、ここで待ち合わせをしていた。関わらないよう言われたイリスだけれど、ミッキーを心配して同席している。
「昨日と一昨日、二日だけなんだろ?」
「帰ってこないだけじゃなく、連絡もないの。今までこんなことなかったわ」
首を傾げるフィーンに、困惑した口調で言うイリス。――そうなのだ。
連合軍に所属しているミッキーは、これまで危険な任務に就いたこともあるし、何日も家に帰れないこともあった。でも、彼はホテルのコックだから、急に帰れなくなると皆が困ってしまう。だから彼は、決して家への連絡を欠かしたことはない。何日間か連絡出来ない時には、予めそう言って、予告した日時には必ず無事であると報せていた。
ミッキーの几帳面さを知っているわたしは、イリスとマーサさんの話に納得した。彼らしい。
新学期最初の日、わたし達とラグを駅に送ってから、ミッキーは『月うさぎ』に帰っていない。一日目は、そんなこともあるかな? と考えていた。
翌朝からイリスとマーサさんが騒ぎ始め、今朝は、アンソニーさんとおばさんが警察に捜索願いを出そうと言い始めた。一度ラグに相談した方がいいと考えて、おばさん達をなだめて来たのだ。
「捜索願いを出すのは、やめた方がよさそうだよな」
「そう思う? フィーンも」
「ああ」
フィーンは、イリスを諭すように言った。
「連絡がない、帰って来ないから、イコール危険な目に遭っているとは限らないじゃないか。『いい大人が二、三日家に帰らないからって、騒ぐ方がどうかしている』と、言われるのが落ちだよ」
「だって――」
不安でいっぱいのイリスは、口ごもる。フィーンは冷静だ。
「危険に関しては、連邦警察なんかより先輩自身の方がよほど頼りになるんだぜ。それに、手がかりがないだろう。警察にどこを探してもらうんだ?」
イリスは黙りこんだ。わたしは、『どこを』という言葉に反応した。
「《
――全ては、あそこから始まったのよね。
フィーンは眉間に皺を刻んだ。
「そうだね、リサ。だけど、それが一番問題だ」
わたしは頷き、唇を噛んだ。ミッキーが出かけたと思える唯一の場所だけれど、あそこを調べるのは難しい。
「ミッキー先輩に相談したかったんだけどなあ」
フィーンは途方に暮れて呟き、青みがかった黒髪を掻いた。わたしとイリスは顔を見合わせた。
「おばさんやマーサ姉さんを止めるのは、無理よ。今日連絡がなかったら、捜索願いを出すって言っていたわ」
イリスは自信なさげに呟いた。
――わたしは、昨夜のマーサさんとの会話を思い出した。
ミッキーは、小さな弟妹たちのために毎日夜食を作っている。昨夜、マーサさんは彼の代わりに苺のムース・ケーキを作ってくれた。麻美ちゃんと芳美ちゃん、
「うちの
わたしは、ミッキーと調理器の違いが判るほど彼の料理を食べて来たわけではないけれど……スプーンを口に運ぶ動作を止めた。
マーサさんは、ドナ君(三歳)の頬についたケーキの欠片を拭ってあげながら、続けた。
「ミックは五歳でうちに来たの。事故か何かで、お母さんを亡くしてね……。お父さんは、もっと以前に亡くなっていたみたい。銀河連合の偉い人が連れて来たわ」
わたしは瞬きをしてマーサさんを見詰めた。マーサさんはサラサラの金髪を揺らして頷いた。
「リサは、ミックがエネルギーを出したところを観た? 髪と目の色が変わっちゃうの」
「はい、検査センターで……」
「綺麗だったでしょう?」
ミッキー自身は、綺麗と言われるのがあまり好きではなさそうだった。返答に困るわたしに、マーサさんはふふっと微笑んだ。
「ミックはあの姿でうちに来たの。大人しくて、本当に天使みたいだったわ……。事故のショックで、お母さんのことやそれまでの生活を憶えていなかった。私たちにあの子を預けた連合の人は、『兄弟の多い、家庭的な環境で、穏やかに暮らさせてあげて欲しい。潜在エネルギーの強い子だから、銀河連合から離れることは出来ないけれど、必ず制御できるように訓練するから、普通に育てて欲しい』って言ったわ」
五歳のミッキーなら、黒髪のままでもさぞ可愛かったろう。わたしは頷いた。
小さな子ども達がごちそうさまを言って部屋に戻るのを見送り、マーサさんは立ち上がった。わたしも食器を片付ける。
「ミックは料理を始めてから、元気になったわ。味付けや調理法を工夫するのが、好きみたいね。私とおばさんは、お母さんの味を探しているのかな、なんて思ったわ」
わたしは、はっとしてマーサさんを見上げた。彼女は肩をすくめた。
「両親を憶えていなくても、味なら、体が記憶していることってあるでしょ。今は、ミックの味が、うちの子達の基本なのよね……」
フィーンは滑らかな黒髪を乱暴に掻いて、舌打ちした。
「あー、もう。どうすればいいんだ? 先輩が無事だっていう保障もないんだから」
ミッキーのことを大切に想っているのは、わたし達だけじゃない。わたしは顔を上げ、提案した。
「ラグに相談しましょう。困ったことがあれば援助してくれるって、言っていたもの」
「ああ。癪だけど、仕方ないか。グレーヴス少佐はともかく、皆川先輩なら力を貸してくれるだろう」
フィーンはぎりっと歯を噛み鳴らした。どうやら、彼もミッキー同様、ラグにあまり良い感情を持っていないらしい。
「あたし、先に帰って、おばさんを引き止めるわ」
イリスが宣言したので、わたしとフィーンは驚いた。
「でも、イリス」
「お前、授業はどうするんだ?」
「ミックが危険な目に遭っているかもしれないのに、授業どころじゃないわよ。リサだって、そうでしょう? 警察沙汰になった方が危険なら、止めてみるわ。無理かもしれないけれど……。リサは、少佐の方をお願い」
そう言うと、わたしの返事を待たず駆けて行った。豊かな若草色の髪が
「あいつ、時々急に物分りが良くなるんだよなあ……」
「行きましょう、フィーン」
わたしはバッグを手に立ち上がった。一刻も無駄に出来ない気分で。
「せっかくイリスが協力してくれるんだもの。急がなくっちゃ」
「ああ。そうだな」
*
軍事用の宇宙港の建物は、一般の港より広く、案内表示が殆どない。当然、案内してくれる人もいない。歩いても歩いても似たような造りの棟が続いている。
わたし達は、ラグの宇宙船が接舷しているブリッジを探して、迷子になりかけた。
「確か、こっちだと思うんだけど――。あった。リサ」
フィーンが、ホールの隅に駆け寄った。停泊している宇宙船に連絡を取るためのヴィジュアル・ホーン(TV電話)をみつけたのだ。
ホールの大きな展望ガラス越しに、ドームの壁が見えていた。そのすぐ向こうには、半地下の滑走路が真空の宇宙へ伸びている。宇宙港の建物はどこもドームに接していて、船はその外に停まっている。
《
「使い方、判るの? フィーン」
「勿論。ええっと、《VOYAGER号》は……っと」
フィーンは、モニターの一覧から『V』の字を探して指を滑らせた。現在、港には五十隻以上の船がいる。宇宙軍の輸送船以外は、全て個人艇だ。
「あった。いるかな?」
フィーンが 《VOYAGER‐E・L・U・O・Y号》 の名前を押すと、画面が変わり、見慣れた船の外観が映った。黒い船体に描かれた銀色の船名が、優美に輝いている。モニターの下に、相手を呼び出すコールの回数が表れる。
一回、二回……。わたし達は、固唾を飲んで見守った。……五回、六回。フィーンが小声で呟く。
「いてくれよ。頼むから」
わたしは、ちらりと彼の顔をみたけれど、黙っていた。
十回、十二回……。不安になりかけた頃、ようやく画面が切り替わった。
『はい。こちら、VOYAGER――』
「皆川さん?」
「あれ? 先輩」
欠伸を噛み殺しながらモニターに現れた人を見て、わたし達は同時に声をあげた。皆川さんの細い眼が、まるく見開かれる。すぐに、人なつっこい微笑を見せてくれた。
『なんだ、倫道ちゃんとフィーンじゃないか。誰かと思ったぞ』
「皆川さん、どうして?」
『俺は、ここに泊まっているんだ』
助かった……皆川さんなら、必ず力になってくれる。わたしとフィーンは、ほっとして顔を見合わせた。
皆川さんは首を傾げた。のんびりと訊いてくる。
『二人とも、まだ授業中じゃないのか?』
「先輩。グレーヴス少佐は?」
『あいつなら、船の修理中だ』
ひょいと肩の後ろを指差したのは、《ボイジャー号》 の外と言いたいらしい。
『ラグに急用か? 何があった』
「ミッキー先輩が、行方不明なんです」
皆川さんは完全に真顔になった。低い声がさらに低くなる。
『二人とも、入って来い。話を聴こう』
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