Part.2 Monday Morning Robots(5)


         5


 ハイウェイはDIANAダイアナ・ CITYシティのダウンタウンを駆け上り、都市を突っ切って走り出した。その間に幾筋もの支流を合流させ、一本の太い河になる。

 夜の半球にあるドームの天井に映る空は、蒼く晴れわたり、昼間でも紫に透ける星々を数えることが出来た。

 リニア・システムに車を乗せてしまえば自動オートで目的地に着けるはずだが、ミッキーは教授達の目的地を知らないので、自分で運転するしかない。前を行くタクシーに合わせてハンドルを切りながら、彼は片手で上着のポケットから煙草を取り出し、口に咥えて火を点けた。ニコチンの間欠摂取装置だ。


『どこまで行くつもりだ?』


 深々と煙を吸い込み、ミッキーは考えた。ビルの谷間を抜け、とっくに都市の中心を通り過ぎても、タクシーはスピードを落とす気配がない。なぜ、こんな面倒なことをするのだろう? ――彼は煙草を噛んだ。

 ダウンタウンを通過するなら、ダイアナ・ステーションからタクシーを使うより、市街を走るリニア・トレインを使った方がよほど速いし経済的だ。わざわざ時間とお金をかけて遠回りをする理由は何だ?


『どうやら、おれたち以外にも教授を探す連中がいるらしいな……』


 ミッキーは煙草を唇の端に下げて苦笑した。

 ラグが言っていたように地球連邦と銀河連合も彼らを探しているのなら、ミッキーが最初に教授達の居場所をつきとめたことになる。勿論、尾行が上手くいけば、の話だ。最初の遅れをこんなことで取り返せるのなら、願ってもない幸運だった。

 二台は一度も脇道に逸れることなく、ハイウェイの本線を走り続ける。


『もしかして、ARTEMISアルテミスまで行くつもりか?』


 ビル街の向こうにドームの壁が見え始めたので、ミッキーは舌打ちした。

 月にある三つのドーム都市のうち、アルテミスは最もダイアナ・シティから離れている。ハイウェイを使っていたのでは着くまでに一日が終わってしまうし、いくら何でも気づかれるだろう。

 どうしよう。教授の行き先を確認したら、出直してラグに報告するべきか? しかし、こんな幸運が二度と来るとは思えない。出来るだけ喰らいついて、教授達の動向を探れるだけは探りたかった。

 ミッキーが考えあぐねていると、タクシーは車線を変更し、ハイウェイの本線から支道へと下りて行った。少しホッとする。夕飯までには家に帰れそうだ。

 ミッキーは、リニア・システムの車線から車をエア・モードに切りかえ、市街へと下った。


 車は郊外の市街地へ入った。以前、ダイアナ・シティの執政官アウグスタ・スティーヴン・グレーヴスが住んでいたような高級住宅街だ。地球の大都市でもそうだが、ここ月でもドーム内の高価な土地を買える富裕層は、郊外に邸宅を構えるのが常だった。

 実際にスティーヴン・グレーヴスが住んでいた街ではないが、緑豊かな公園とそれを囲んでそびえるマンション群は、あの場所を彷彿とさせた。街並みに統一感を持たせるため、家々は植物を庭に植えることを義務付けられている。

 二台は数軒の邸宅の前を、音もなく通り過ぎた。


『どこに行く気だ?』


 《レッド・ムーン》 から姿を消したドウエル教授が、自宅に帰るとは考えられない。月に協力者がいるのかもしれない。

 ミッキーは吸い終えた煙草を消し、ハンドルを繰りながら考えた。ラグにも地球連邦政府にも追われている可能性のある教授に、力を貸す人物とは……?

 タクシーは住宅街を静かに進んで、一軒の家の前に停まった。

 ミッキーは思考を中断し、そのまま車を走らせてタクシーの横を通り過ぎた。三街区ブロック先の角を曲がる際にドアミラーで確認すると、ちょうどタクシーからターナーが降りてくるところだった。

 ミッキーは角を曲がったところで車を停め、じっと待った。


 数分後、来た道を戻るタクシーが見えたが、後部座席にドウエル教授の姿はなかった。教授も車を降りたらしい。

 ミッキーは風圧推進自動車エア・カーのエンジンを止めた。もう一度、Aクラス戦士トループスに連絡をとることを検討する。悪い考えではなかったが、最良だとも思えなかった。何より……今ラグに連絡をとれば、彼にくっついてリサもやって来る可能性があった。それは避けたい。


『OK.行ってみよう』


 決意して、ミッキーは車を降り、建物の影の中を歩き始めた。来た道を曲がり、例の家の前まで戻る。幸い辺りに人影はなく、彼を見咎める者はいなかった。無論、家の中からの視線は避けようがないが。

 改めて見上げると、なかなか立派な家だった。白い人工の石を積み上げた壁に、青い屋根がそびえている。三階建てだ。

 ヨーロッパの古い街並みを思わせる大きな窓には、全てカーテンがかかっていた。庭はなく、入り口の扉は往来に面しているが、こういう造りの場合、建物に入ったところに見事な中庭があるものと相場は決まっている。門や塀はなくうるさい番犬やロボットなどがいないのは幸いだが、重厚な黒い木の扉を前に、ミッキーは逡巡しゅんじゅんした。


 どうやって、中に入ろう? 入ったとして、どうやって、ドウエル教授を探し出すのか。


 改めて建物を仰いだが、こっそり忍びこめそうな雰囲気ではなかった。――両隣りは同じような造りの家と接していて、人間が入れる隙間はない。往来から登れる高さの窓はなく、あったとしても、昼間にそんなことをしていては警察を呼ばれるのがオチだろう。


『やはりこれは、正攻法で行くしかないか』


 そう、ミッキーが考えあぐねていると、目の前の扉が、いきなりさっと開いた。


「…………!」


 準備をする間もなく、男達は互いの顔を付き合わせることになった。

 ミッキーの目前に現われたその男――短い金髪で、歳は彼と同じくらい。黒いTシャツに銀色のズボンを履いている。――は、狐のような逆三角形の眼でじろりと彼を眺めると、ぶっきらぼうに訊いた。


「何だ?」


 ……後から考えても、ミッキーには、どうしてその言葉を思いついたのか判らなかった。運が良かったとしか言いようがない。咄嗟に頭に浮かび、口にした。


「《VENAヴェナ》?」

「何だ。教授の連れか」


 息を止める彼に、男は頷いて道を開け、屋内を顎で示した。


「地下だ。地下の大ホール。みんな揃っている」

「……判った」


 相手に気づかれないよう、ごくりと唾を飲む。ミッキーは彼の脇をすり抜けて中に入った。

 男が代わりに外へ出て扉を閉じると、人工の日差しを遮られた家の中は俄かに暗くなった。




 ミッキーはしばらくそこに佇み、瞳が暗さにれるのを待った。突然の出来事に対する驚きから、気持ちが立ち直るのを……。しかし、いつまでもじっとしているわけにはいかない。いつあの男が間違いに気づいて戻って来ないとも限らなかった。その前に行動しなくてはならない。


『地下、と言っていたな』


 暗さに順れたところで辺りを見回すと、そこは大きなホールだった。

 中世のヨーロッパの豪邸さながら、二階まで吹き抜けのホールの正面に階段がある。傍らには、靴が沈みそうなふかふかの赤い絨毯の上に、彼の身長ほどもある大きな花瓶が立っていた。

 ひょっとしたら、花瓶ではないのかもしれない……。白地に細かな中華風の花と青い小鳥の模様を描いた、こんな大きな壺の使い道を、ミッキーは残念ながら思いつかなかった。花は生けられていない。

 扉の前に立ってすばやく左右を見たミッキーは、左手の壁際に地下へ下りる階段をみつけた。木製の手すりの陰から下を窺ったが、暗くて何も見えなかった。

 ミッキーは、人がくる気配がないのを確認すると、意を決してそこへ入った。

 照明は点いていない。

 ホールの階段は壁沿いに斜めに作られていたが、ここにそんな趣向はない。コンクリート製の冷たい壁に片手を当て、足音を立てないよう気を遣いながら、彼はまっすぐ下った。

 狭い階段は、別世界へ通じるような暗闇を抜けていく。奥で、青白い光が彼を誘っていた。見かけの造りより随分下へ下りたな、と思いかけた頃、階段は予想外に広い通路に達して終わっていた。

 ミッキーが壁に背中を当てて窺ったところ、通路にはところどころ青白い照明が点いていた。建物の外観より、ずっと近代的だ。彼はそろそろと足を踏み出し、目的地を探して進んだ。


 下りて来た階段はTの字型に通路の真中にぶつかっていたので、ミッキーはまず右に向かった。五メートル程進み、さらに左に曲がると、一枚の扉に突き当たって終わっていた。

 彼は、ちょっとの間そこに立ち、首を傾げて考えた。それから、黙って後ずさる。元の階段まで戻ると、念のため左の通路にも行ってみた。そこにも同じような扉があった。

 しかし、今度は扉に五センチ程の隙間が開いている。


 ミッキーはごくりと唾を飲むと、すばやく辺りを見回してから、そこに近づいた。木製の扉に背中をぴったり這わせ、隙間を覗きこむ。内側には黒いカーテンが引いてあった。彼は諦めず、じっとそこを見詰めた。地の厚いカーテンの向こうで動く人の気配を感じ取ろうと息をひそめる。ぼそぼそ話す数人の男の声が聞こえたが、誰のものかは判らなかった。

 ミッキーは、そうっと扉を動かした。カーテンが揺れるか揺れないか、くらいの注意深さで。そして、その布が、内部を部外者の視線から守る為でなく、外の光が入るのを防ぐためのものであることに気づく。

 扉が開くにつれ、中のざわめきがはっきりしてきた。

 思い切って、ミッキーはカーテンに顔を突っ込み、そのまま横滑りして扉の内側に貼りついた――扉とカーテンの隙間に。数秒間、息を殺していたが、人々が侵入者に気づいた様子は無かった。

 ミッキーは、そっと中を窺った。


『何だ? ここは』


 予想通り、部屋は通路よりも暗かった。照明を消しているので、空間がさらに広く見える。

 天井は、地下とは思えない程高かった。入り口の男が『ホール』と言っていたことを思い出す。近代的な設備に感心したミッキーは、部屋の中央――ドーム状に持ち上がった空間に浮かぶ図形を観て、息を呑んだ。


『これは、何だ?』


 真っ先に思いついたのは、宇宙船のコクピットだった。ルネの《DONドン・ SPICERスパイサー号》 のような小型艇ではない。

 恒星間航行を行う大型宇宙船のコクピットには、3Dの航図が備え付けられている。乗組員全員が自分の位置を確認するために。 闇に光を使って描かれたそれは、宇宙船の航図そっくりだ。

 いや、違う。


『太陽系?』


 ミッキーは瞳を凝らし、宙に白い軌蹟を描くものが見慣れた星々であることに気づいた。中央でひときわ明るく輝くあれは太陽だろう。青い地球と、赤い火星がある。外側を巡る木星と、土星も……。

 太陽系を形成する星ぼしの他に、地球と月と《REDレッド・ MOONムーン》 らしきものが、別に拡大して表示されていた。その側に現われては消える文字は、物理学の数式らしい。

 息を呑んで見詰めていたミッキーは、ふいに、明瞭な男の声で現実に引き戻された。


「始めようか、諸君」


 聴きおぼえのある声は、ターナーのものだった。さわさわと続いていた人々のざわめきが、潮が引くように消えていく。宙に浮かんだ図形の下に、大勢の人影が見えた。

 ざっと三、四十人はいるだろう。ドウエル教授の仲間がこんなにいると予想していなかったミッキーは、聊か驚いて眼をみひらいた。暗いので顔は確認できないが……ターナーらしき人影が立っている。

 では。その隣に座っている、あれがドウエル教授なのだろう。


「まず、一ヶ月前の状態をお示しする」


 ターナーの声とともにホログラムの惑星が動いて、一ヶ月前の位置を示した。何本かの青白い軌跡が、地球の周囲に円を描く。それはもやもやとした半透明の空間を形作り、数式が変化した。

 人々の間から小さな溜め息が漏れた。


「昨年、倫道教授が発表されようとしていた状態だ。教授のデータを元に作成した。……次に、最新のデータをお示しする」


 ターナーの声が説明して、また図形が動いた。地球と火星の距離が離れ、土星も移動する。地球の周りの『もや』は広がり、いびつな形を形成した。何人かの人影が動いたのは、顔を見合わせたらしい。

 淡々と、ターナーが続ける。


「これに、ラグ・ド・グレーヴスのデータを重ねてお示しする。現在我われが把握している、銀河連合側のデータだ」


 地球と火星の周りに金色の光が出現し、同じく『もや』のように拡がって、青白い『もや』に重なった。小さな光の点々が、火星と金星に散りばめられる。数式が動いて、もっと複雑な形になった。

 ミッキーは理解しようと試みたが無理だった。見たことの無い数式で、何を表しているのか判らない。しかし、ここにいる他の人々には判ったらしい。驚きとも落胆ともつかない溜め息がいくつか聞こえ、低いざわめきが湧き起こった。


「見事に相殺しているな……」

「意図したものではあるまい」

「これだけのことが判っていて、どうして」


「さらにM86597のデータを重ねると、予想では、こうなる」


 ターナーの声と同時に、緑色の光が地球の側に浮かんで、拡がり、青白い『もや』を包み込んだ。別の図を見たミッキーは、それらが全て地球でなく《レッド・ムーン》 に重なっていることに気づいた。

 数式は二つに分かれ、さらに難解な形に変化した。人々のざわめきが大きくなり、図をもっとよく観ようと、がたがたと椅子を動かす音も加わった。

 ざわめきから言葉が出てくるのを待たず、ターナーは続けた。


「ご覧のように。連中の能力と我われの防壁シールドが機能すれば、影響は最小限に喰い止められる。あくまで最小限で、消えてなくなるわけではない」


 ざわめきが消え、人々はターナーの言葉に聴き入った。


「だが、諸君らも承知のごとく、ラグ・ド・グレーヴスには我われに協力する意思がない。六年前の件で《古老チーフ》 の数は欠けたままだ。連中だけでは不十分だ」


 宇宙図から、金色の光が一斉に消えた。


「そして、M86597は協力不可能」


 緑色の光が『もや』と同時に消えて、後には、いびつな形の青白い『もや』が残った。

 ミッキーには、それが地球と月だけでなく、火星をも呑もうとしているように見えた。美しいが、どこか不吉な輝きだ。


「我われの《レッド・ムーン》 のシールドは、ここ数年、極めて不安定な状態だ。いつ破られてもおかしくはない。いや――」

 自分の言葉の効果を高めるため、ターナーは一旦台詞を切り、声を低めた。

「おそらく、とうに意味を成さないものになっていると思う」


 暗闇に、不気味な沈黙が舞い下りた。

 人々は一斉におし黙り、頭上の宇宙図を仰いで考えこんだ。ドウエル教授も物思いにしずんでいる。

 しばらくして、誰かが控えめに訊ねた。


「それを消し去ることはできないのか?」

「『それ』?」


「六年前――」

 ターナーより先に、ドウエル教授が答えた。低い声が冷厳に響いた。

「先代の《古老》 の長と我われが試みた結果を知っているだろう。《ペンドラゴン》 は能力を失い、大多数の超感覚能力者E S P E R達が死に、《レッド・ムーン》 の約半分が異空間に吹き飛んだ」


 ミッキーは息を呑んだ。そんな大事件があったとは、彼は知らない。


「飛ばされた者は、未だに行方不明だ。同じことをする勇気があるというのなら、止めはしない」


 人々は言葉を失った。ミッキーは強く眉根を寄せて考えた。

『どういうことだ?』


 ドウエル教授が語った事件のことを、彼は知らなかった。《レッド・ムーン》 の半分が失われる程の事件を、月の住民が知らないのは奇妙だ。――そう考えて、気づく。

 おそらく、ここにいる人間以外、誰も知らないのだろう。報道管制が敷かれなかったとしたら、その方が不思議だ……。


「本当に、もう出来ることはないのか? 《SHIOシオ》は、どこにいる?」


 絶望を含む声に、ミッキーの思考は引き戻された。また出た。あの言葉だ。


「《SHIO》?」

「そう、M86597だ。どこにいる?」

「《SHIO》は――」


 しかし、彼は続きを聴けなかった。何者かに後頭部を殴られ、意識を失ったからだ。





~Part.3へ~

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