Part.1 Saturday Night Zombies(4)


             4


 考えてみれば。わたしは、ミッキーのことを、殆ど何も知らないのね。

 巨大な銀河連合スペース・センターには、ショッピング街もあった。レストランで皆川さんとミッキーと食事をしながら、わたしは、しみじみと思った。


 ミッキーは自分のことをべらべら話す人ではないから、わたしが彼について知っていることは、殆どルネやアニーさんに教えてもらったことだ。連合軍の戦士トループスだとか、六年前に事故で大怪我をしたとか。実は孤児で、安藤家の兄弟と血のつながりはなく、料理が好きでコックをしているとか――。

 一緒に暮らしているんだから、もっといろいろ訊いておけば良かったな……なんて考えていると、ミッキーが声をかけてきた。


「そんなに驚いた? リサ。大丈夫かい?」


 どうやら、わたしがショックを受けたのではないかと、心配しているらしい。わたしは微笑んで首を横に振った。


「ミッキーがルネみたいに変身できると知らなかったから。びっくりしたけれど、大丈夫よ」

「ルネは常に化けているから、おれとは逆だよ……。能力ちからを解放すれば姿が変わるのは知っているけれど、自分で観たことはないんだ」


 ミッキーは、やや複雑な表情で肩をすくめた。


「観たことないの?」

「検査中は、薬で寝ているからね」


 あ、そうか。

 わたし達の会話を聴いていた皆川さんが、楽し気に口を挿んだ。


「髪と目の色が変わるだけだ、ミッキー。牙や翼は生えていないから、安心しろ」

「牙……翼……」


 『それは困る』と言いたげにミッキーが顔をしかめたので、わたしもわらって言い添えた。


「ほんとよ。綺麗な銀髪と碧眼だったわ。天使の羽がないのが惜しいくらい素敵だったから、安心して」


 わたし的には素直な褒め言葉だったのだけれど、皆川さんは飲みかけた水でせ、ミッキーは絶句した。『何を言われたんだろう?』という顔で固まったミッキーが、みるみるあかくなったので、わたしは片手で口を覆った。

 ちょっと、たとえがまずかった?


「恐がらせたんじゃないなら、良かったよ……」


 ミッキーはわたしから視線を逸らし、ごにょごにょと口ごもった。皆川さんが笑って彼の背を叩く。

 わたし達は照れて表情の選択に苦労したけれど、やがてミッキーは気を取り直し、親友と話を再開した。彼が学生時代に皆川さんとラグビーをしていたと聞いて、きのこパスタを食べていたわたしは眼を丸くした。


「ラグビー?」


 それって、超大柄な男の人がスクラムを組んで、走って、ぶつかり合う、あのスポーツ?

 痩身で、スーツを着ると吹けば飛びそうなミッキー。和装でお茶をたてたら似合いそうなおっとりとした風情の彼と、肉弾戦の代表のようなスポーツが結びつかない。


「おれはバックス(後衛)だったから、」


 ミッキーはわたしの反応を面白がり、滑らかな声を転がして笑った。


「ボールを持ってゴールへ走る役。スクラムを組む連中――フォワード(前衛)とは体格が違うよ。あいつらの体重は、軽くおれの倍はあるからね。よく、ぶつかって弾きとばされた。鷹弘もバックスだったよな」

「一番体重の軽いフォワードと、一番重いバックスの間を行ったり来たりしていたよ。俺は、お前ほど脚が速くなかったからな。試合の度に、ラグに馬鹿にされた」

「ラグ……」


 わたしとミッキーは、顔を見合わせた。


「あいつ、その頃、月にいたのか? 鷹弘」

「あいつは、ここの大学院を卒業したんだ」

「ええっ?」


 思わず声をあげたのは、わたし。

 皆川さんはカレーライスを食べながら、眼を瞠るミッキーに平然と応えた。


「ラグは火星で総合科学部を卒業して、こっちに来たのは博士課程ドクターコースからだから、お前は会う機会がなかったろう。ダイアナ・シティの従兄のところにいたはずだ」

「…………」

「人付き合いのいい奴じゃないから、どこのサークルにも所属していなかったが。観る方は好きで、俺の試合はけっこう応援に来てくれていたんだ」


 わたしとミッキーは、黙ってお互いを見た。(ミッキーは、自分の分のボンゴレを食べ終えている。)意外な話もここまで来ると、驚くのを通り越して呆れてしまう。マスコミに『タイタンの英雄』と称賛されるラグが、皆川さんの話ではどんどん身近になってくるのが、わたしには不思議だった。


 ミッキーも当惑していた。でも、それは

「お前の話を聞いていると、おれがどうしようもなく鈍い奴だったような気がするな」

 という気持ちになったから、らしい。


 皆川さんは温かくわらった。


「気にするなよ、ミッキー。あいつはプライベートでは人付き合いが悪いんだ。倫道教授のことがなければ、お前が関わることなんてなかったろう」

「出来れば、これから先も、あまり関わりたくはないんだがね」


 ミッキーの台詞に、皆川さんはフッと苦笑した。

 二人はわたしが食べ終えるのを待つと、わたしの分まで支払いを済ませ、立ち上がった。店を出て行きながら、皆川さんは硬い黒髪を掻いた。


「そこは、お前の判断に任せるが……。弱ったな。もう一人、お前と同意見の奴がいるんだよ」

「もう一人?」

「来いよ。案内する」


 訊き返すミッキーを、皆川さんは手招きした。




「おーい、フィーン。また来たぞ」


 皆川さんは、わたし達を連れて来た道を引き返し、病室のドアを開けた。

 白いベッドの上に起き上がってタブレット本を読んでいたフィーンさんは、意外そうにわたし達を迎えた。


「安藤先輩? どうしたんです?」

「鷹弘から聞いたよ。大丈夫か?」

「やられちゃいました」


 ぺろっと舌を出すフィーンさんは、わたしとそう歳は違わないように見えた。青みがかった黒髪に、好奇心の強そうな青い瞳。入院していても、ジーンズにトレーナーという格好だ。体格は痩せていて、どことなく神経質そう。初対面のわたしに軽く会釈をしてくれながら、陽気な笑い声をたてた。


「大したことはないんです。僕には初めてのPsychoサイコ・ Attackアタックだったので、大事をとって安静にしていろってことで」

「Psycho? 何があったんだ?」

「……話していいんですか?」


 フィーンさんは、伺うように皆川さんを見上げた。わたしの存在が気になるらしい。

 皆川さんは大らかに微笑んだ。


「今さら守秘義務はないだろう。それに、このは倫道教授の娘さんだ。むしろ教えてあげたほうがいいんじゃないか」

「倫道教授の? え。それじゃあ、《VENA》 の?」

「はじめまして」


 どういうことだろう。VENA プロジェクトは機密だと聞いていたけれど、彼もパパの仕事のことを知っている? 謎めいた皆川さんとの会話が気になった。

 わたしが挨拶をしたので、これで紹介は終わったと思ったのだろう。皆川さんは踵を返した。


「俺はシャトルの時間があるから、これで失礼するよ。またな、ミッキー。倫道さん」

「ああ。今日はありがとう、鷹弘。またな」


 ミッキーも少し怪訝な顔をしていたけれど、皆川さんは彼に質問する暇を与えず、部屋を出て行ってしまった。軽い空気音を立ててドアが閉まる。

 気を呑まれた呈でドアを眺めるフィーンさんを、話を進めたほうがいいと判断して、ミッキーが促した。


「何があったんだ? フィーン」

「あ、はい」


 フィーンさんが椅子を勧めてくれ、わたし達は腰を下ろした。

「僕は二週間前から 《RED MOONレッド・ムーン》 へ行っていたんです。地球連邦の研究施設の一部が銀河連合の管轄に変わったとかで……。施設の警備を依頼されました」

「警備……お前が?」


 ミッキーは腕組みをした。意外そうに問い返す。


「珍しいな。お前の得意分野じゃないだろう、フィーン。人事AIが指名したのか?」

「はい。正確には、依頼者の指名です。僕も、変わった依頼だな、と思ったんですけど」

「フィーンはBクラスの精神感応能力者テレパスなんだよ」


 ミッキーがわたしに説明してくれた。


「だから、普段はもっと影にまわった――諜報活動なんかを請け負うんだ」

「まだ学生なので、大した依頼はやって来ませんけどね」


 フィーンさんは黒髪をぼりぼり掻いた。どことなく、決まり悪そうに。


「テレパスだなんて言うと、人の考えが全部わかると思われがちですけど、実際は、そんなことないんです。漠然とした感情の動きが判るくらいで……。相棒にもう一人強いテレパスがいれば、通信機の代わりくらいにはなれますが」

「そうなんですか?」


 ルネみたいな人がいれば、ちょうどいいわけだ。

 わたしと同じことを考えたのかもしれない。わたしの視線と、ミッキーの視線が出会った。わたしは気になったことを訊いてみた。


「二週間前って言ったら、わたし達がラグに手紙を渡した後ね?」

「ああ。関連がありそうだね」


「御存知なんですか?」


 今度はフィーンさんが訊いてきた。ミッキーは曖昧に頷き、話の先を促した。


「それに関係する仕事を請け負っていたからね。鷹弘の言うとおり、詳しく聞いておいた方が良さそうだ。それで、フィーン、お前に何が起きたんだ?」


「はい。僕の得意な仕事ではないですし、警備して何を守れというのか知りませんけど……。昨日までが契約で、一昨日までは何も起こらなかったんです。ところが、一昨日の夜――」


 フィーンさんは、そこが痛むかのように右手を後頭部に当てた。


「夜中の二時頃だったと思います。いきなり凄い力を受けて……。あれがサイコ・アタックだったのかどうか。気がつくと、ここに運ばれていたわけです」

「サイコ・アタックって何ですか?」


 肩をすくめるフィーンさんの代わりに、ミッキーが答えてくれた。


超感覚能力保持者E S P E Rが、何らかの能力を使って他人に攻撃を加えることだよ」


 ミッキーは顎に細い指先をあてがい、神妙な表情で続けた。


「おれは経験はないけれど、ESPを持つ戦士トループスは時に戦場でそういう攻撃をすると、ルネに聞いたことがある。逆に受けることもあって、ひどいと命に関わるそうだよ……。念動力(PK)だったり空間転位テレポーテイションだったり。フィーンみたいなテレパスには、直接意識を攻撃するテレパシーや幻覚が効くんじゃないかな」

「恐いこと言わないでくださいよ、先輩」


 フィーンさんは、おどけた顔で身震いをした。


「そんなことが出来るのは、一握りの凄く強い能力者だけです。僕なんて、攻撃どころか防ぐ方法も知らないでモロに喰らっちゃったんですから。これが手加減無しの相手だったらと考えて、ぞっとしているところです」

「本当だな」


 ミッキーの表情が少し和らいだ。


「この程度で済んで良かった。大丈夫なのか? フィーン」

「ええ、ありがとうございます。いろいろ調べてもらいましたけど、問題はないそうです。ただ――」


 フィーンさんは眉根を寄せた。


「直前のことを憶えていないんです。警備をしていたことと、午前二時頃だったことは覚えているんですが……。アタックを受けたせいかどうか判りませんが、あの時何が起きたのか、思い出せないんですよ」

「記憶が、ない?」

「研究所の被害はどうなんだ?」


 ますます困惑した表情になって、フィーンさんは肩をすくめた。


「おかしな話ですが、『判らない』と。僕が倒された以外に、物が壊された形跡も何かが盗まれた形跡もないって」

「妙な話だな」


 ミッキーはわたしを顧みてから、穏やかに後輩に向き直った。


「お前をそんな目に遭わせておいて、他に何もしていないなんて……。警備員は、お前一人じゃないんだろ? 目撃者はいないのか?」

「いないそうです。それで、皆川さんが調べることになったんですが――」


 フィーンさんは釈然としない様子で頭を掻いた。ミッキーは眉間に皺を刻んで黙り込んだ。


「一つ、教えてくれます?」


 わたしが口を挿んだので、フィーンさんは軽く眼を瞬いた。


「はい?」

「フィーンさん。あなたが警備を頼まれた研究所って、どこですか? シンク・タンクのナンバーは」

「フィーンでいいですよ。ナンバーは、確か42です」


 わたしはミッキーと顔を見合わせた。《VENA》 の居る施設じゃない……。先に口を開いたのは、わたしだった。


「パパの研究所は、No.55だわ」

「ああ、《VENA》 を狙ったわけじゃなさそうだね。すると、どうして鷹弘とラグが関わっているんだろう?」


 フィーンさんは、わたし達を交互に見て訊き返した。


「僕も先刻から気になっていたんですけれど。先輩と倫道さんが話しているラグって、ラグ・ド・グレーヴス少佐のことですよね。御存知なんですか?」

「年末に知り合ったんだよ」


 苦い口調で答える、ミッキー。フィーンさんの綺麗な青い眼が、すうっと細くなった。


「リサの――あ、リサっていうのは、彼女の呼び名なんだけど。お父さんの事件の関係でね」


 ミッキーは興味深そうに後輩を眺めた。


「何だ。お前、興味があるのか?」

「僕の仕事の依頼人ですから」

「ええ?」


 わたし、息を呑む。ミッキーの黒い瞳も、大きく見開かれる。

 フィーンさんは頷いた。


「皆川さんと、こちらへ来ることになったんでしょう? こんな訳の判らない事件に巻き込まれて引き下がるのは、僕の主義じゃないですからね。どういう人か、調べさせてもらうつもりです」


 意志のつよさを感じさせる青い瞳の輝きを眼にしたわたしとミッキーは、改めて顔を見合わせた。





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