Part.1 Saturday Night Zombies(3)


          3


 連絡通路を通り、検査センターの扉を開けて建物に入ると、雰囲気が変わった。一般の人が入る場所ではないからだろう。照明が暗くなり、建物も殺風景になった。時折、制服を着た人とすれちがうのは、軍の関係者だろうか。

 しばらく廊下を進み、次の扉の前でIDを照合したミッキーは、わたしを先に通してくれながら皆川さんと話し続けていた。よほど嬉しいのか、いつもより饒舌になっている。


「よく休暇がとれたな、鷹弘」

「そうじゃない。フィーンの遭った事故が、連合軍がらみなんだ。ラグと緊急指令を受けた。これから《RED MOONレッド・ムーン》 へ行く」

「ラグが?」


 ミッキーの足が止まった。わたしも。皆川さんは神妙な表情で頷いた。

 再び歩き出しながら、ミッキーは嫌そうに呟いた。


「あいつ、帰って来ているのか?」

「火星軌道から引き返している。あいつの船は速い方だが、もう一日ぐらいかかるんじゃないかな」

「そうか……。あまりお目にかかりたくないんだがな」

「そう言ってくれるなよ、ミッキー」


 わたしはラグを(ミーハーな気持ちもあって)好きなのだけど、ミッキーは『タイタンの英雄』が苦手らしい。


「お陰で鷹弘と会えたんだから、構わないか。助かったよ。誰か探さないといけないと思っていたから」

「検査のために?」

「いつもは智恵に頼むんだけど、今日あいつは出かけてしまったから……。エネルギーを全解放したところなんて、リサに見せたことないからね。びっくりさせてしまう」

「……俺もないと思うぞ。そいつは楽しみだ」


 話しているうちに、わたし達は目的地に着いた。


「誰もいないのかな?」


 わたし達が入った部屋はコントロール・ルームらしい。大きな窓越しに、二階分を吹き抜けにした広い検査室が見下ろせた。

 ミッキーが照明を点ける。室内には、機械と人が入るカプセル型のベッドが並んでいた。


「リサはここで待っていて。鷹弘、頼むよ」

「OK」


 まるで宇宙船だわ。壁を埋める計器類と窓辺に設置されたコンソールを眺めて、わたしは考えた。ルネの船《DON SPICERドン・スパイサー号》 のコクピットを思い出す。そういえば、ルネは今ごろ、どこでどうしているのだろう。

 皆川さんと一緒に検査室を見下ろしていると、ミッキーが入ってきて、こちらに手を振った。


「すぐ始めるか? ミッキー」

『ああ、頼むよ』


 皆川さんが呼びかけると、ややこもった声が返って来た。ミッキーは蓋を開けたカプセルの縁に腰をおろし、トレーナーの裾に手をかけた。


『……悪いんだけど』


 こちらを見上げ、照れたように呟いた。


『向こう、向いていてくれないか?』(注①)

「何でだ?」


 皆川さんは怪訝そうに訊き返し、わたしを見て微笑んだ。ガラス越しのミッキーに片目を閉じる。


「OK、大丈夫だ。気にするな、ミッキー」


 わたしは両手で覆うふりをして、彼から顔をそむけた。

 横目で見ると、ミッキーは迷っていたけれど、思い切ってトレーナーとその下に着ていたTシャツを脱いだ。無駄なくひきしまった筋肉質な身体が現れる。


『お手柔らかに頼むよ、鷹弘』

「任せとけ」


 ミッキーはカプセル型のベッドに上半身裸で横たわり、皆川さんは手際良くキーを押していった。目を閉じたミッキーの上に、透明な蓋がスライドしてかぶさる。皆川さんの手がキーを撫でると、カプセルに明かりが点き、機械の動く低い音が響き始めた。

 わたしは黙って見守っていた。


「座ったら? かわいこちゃん」


 皆川さんが振りかえり、からかうような声をかけてきた。わたしははっと我に返った。

 どうでもいいけれど――ルネは『子猫ちゃん』、ラグは『お姫様』、皆川さんは『かわいこちゃん』なわけね。悪い気持ちはしないけれど、これは相当に恥ずかしい。

 皆川さんは、コンソールにミッキーのIDを打ち込みながら言った。


「三十分くらいかかるよ。ずっと立っていないといけない理由はないだろう?」

「あ。はい」


 わたしは彼の隣の椅子に腰掛け、スクリーンに映る文字列を眺めた。


 “EBI-47, MIKIO ANDOH, MALE(男性), ……” 二、三行空けて ”HIGHT(身長):177.24 cm, WEIGHT(体重):60.74kg, ……”


「少し太ったな、ミッキー。面白い?」


 皆川さんは呟くと、濃緑のモニターに流れる白い文字に見入っていたわたしに、ウィンクをした。


「ここにいると、相手のことが全部わかる仕組みになっている。君は、それが目的かな?」

「そ、そんなこと――」


 ない、と言おうとしたけれど、言い終わらないうちに顔がかあーっと熱くなった。焦ってコンソールに視線を落とす。やだ、恥ずかしい。


 “BLOOD PRESSURE(血圧):104/68 mmHg, HEART RATE(心拍数):72/ min, regular, SpO2(血中酸素飽和度):98 %……”


 皆川さんは明るい笑声を立てた。


「ごめん、ごめん。もしかして、と思ったんだけど、そう素直に反応されちゃうと、悪かったね。あいつが妹以外の女の子を連れているなんて珍しいから、つい」

「…………」

「しかし、まさかそういうことになっているとは思わなかった。案外隅に置けない奴だったんだな。さて、冗談はさておき」


 わたしは何も言えなかった。両手で頬をおおっても、熱がひかない。わたしの顔、どうなっちゃってるの?

 皆川さんは、コンソールのキーの操作を続けた。ALTだのASTだのと血液検査のデータが表示されているモニターを眺める(注②)。


「そろそろ本題に入らないとな。ミッキー、Ready?」


 台詞の後半は、ミッキーに呼びかけたものだった。皆川さんがキーを一つ押すと、それまでレモン色に輝いていたカプセルが、白く変わった。

 スクリーンの表示も変化する。


 ”MEASUREING HIS LATENT ENERGY(潜在エネルギー測定)…Extra Sensory Power(超感覚能力) ……”


 わたしは、ミッキーの様子を観ていた。スピーカーを通して、彼の眠たそうな声が聞こえてくる。


了解ラジャー、鷹弘。頼むよ』


 皆川さんはもう一つキーを押した。カプセルを覆う光がさらに強くなる――違う。

 わたしは息を呑んだ。カプセルが輝いているんじゃない。光っているのは、ミッキーだ。

 わたしは息を詰めて囁いた。


「皆川さん。これ……どうなっているんです?」

「あいつの生体エネルギーを、ひき出しているんだ」


 皆川さんの口調は落ち着いていた。慣れているのだろう。スクリーンに現れる文字とミッキーを交互に眺め、説明してくれた。


「俺たち地球人テランラウル星人ラウリアンと違い、生まれながらの超感覚能力保持者E S P E Rではないから、一部の特殊な例を除いて、訓練しないと自分のエネルギーを使えない。だけど、能力の強すぎる奴にとっては危険だから、逆に抑制する訓練を行う――ミッキーは、そっちなんだ。今は、エネルギーを測定するために、薬を使って抑制を解いているんだよ」

「…………」

「しかし、これは――。さすがだな、ミッキー」


 皆川さんのひとり言を聞きながら、わたしはカプセルに目をひかれていた。


 ミッキーは目を閉じて静かに横たわっている。端麗で女性のように繊細な顔立ちが、内側から輝いている。白い肌が透けるよう。

 胸から首筋にかけての輪郭が、光に呑まれていく。長い睫と少し巻いた黒髪が、風もないのに揺れていた。海の底の海草さながらなびく髪の色が、根元から銀色に染まっていた。眉も、睫毛も。


Metamorphose変身? まさか《ウィル》 ? やばい」


 皆川さんが息を呑んだ。その時、


「PKだ。倫道さん、伏せて!」

「…………!」


 ミッキーを包む光がひときわ強く輝き、皆川さんがわたしの頭を押さえこんだ。あふれた光がこちらへ向かって飛んできて、わたしは思わず眼を閉じた。

 ばんっとガラスを叩く音がして、部屋がガタガタ振動した。なに、これ?


「ミッキー! おいStop、Stop! 目を醒ませ!」


 合金とコンクリート製の建物がきしむ音が聞こえた。わたしは頭を抱えつつ、ミッキーの様子をうかがった。彼は平静に眠っている。

 皆川さんはマイクに向かって呼びかけた。


「ミッキー、聞こえるか? 止めてくれ、頼むから! ここの機械を壊したら、俺たち一生働いても弁償出来ないぞ。ミッキー!」


 そういう問題なんだろうか……。ちょっと思ったけれど、皆川さんのこの台詞にミッキーは反応した。彼がうすく眼を開けると、ガラス越しのわたしにも、瞳がエメラルドのような碧色に変わっているのが判った。

 雨に濡れて輝く新緑のように、太陽に透ける春の若葉のように。澄んだ碧色の瞳を、わたしは凝然と見詰めた。

 ぼんやりと眼を開けていたミッキーが、瞼を伏せ……それから、ゆっくり起き上がった。部屋の中を四方八方に飛び交っていた光が、すうっとカプセルに集まり、彼の身体を包む。カプセルの蓋が開くのとほぼ同時に、光は消えた。

 皆川さんは溜め息をついた。


「どうした? 鷹弘」


 ミッキーの髪も瞳も、普段の彼に戻っていた。夜空に染めたような漆黒だ。穏やかな声が、不思議そうに呼びかけた。


「終わったのか?」

「ああ、終了したよ。ご苦労さん」


 皆川さんは立ち上がり、片手を挙げた。何事も無かったかのごとく。

 わたしも、おずおずと立ち上がる。わたしを見つけたミッキーは、無邪気に微笑んで手を振った。



「あいつには内緒だぞ」


 ミッキーがコントロール・ルームへ戻ってくるまでの間に、皆川さんはコンソール・ボックスの下に手を入れて作業を始めた。早口に囁く。

 モニターには、次の文字列が浮かんでいた。


 “HIS LATENT ESP-ENERGY…MEASURING…IMPOSSIBLE:OVER RANKING.(測定不可能)”


「どうするんです?」

「記録を変更する」


 猛スピードでキーを叩く彼を、わたしは驚いて見た。


「変更? そんなこと……やっていいんですか?」

「あいつを一軍に入れてはならない」


 皆川さんは真顔になってわたしを見詰め、懇願するように続けた。わたしは、ごくんと唾を飲んだ。


「ミッキーは切り札なんだ。俺達にとっても、奴等にとっても。倫道教授にとっても、そうだった」

「…………」

「あいつの力を宇宙軍に渡してはならない。月から離すわけにいかないんだ。頼む、君が守ってやってくれ」


 わたしが、守る? ミッキーを? ――意味が解らなかったけれど、皆川さんの剣幕に圧されて、わたしは頷いた。


「今回はどうだった?」


 陽気な声とともに、ミッキーが帰ってきた。ジーンズにTシャツを着て、トレーナーは肩にかけている。

 皆川さんは、何食わぬ顔で答えた。


「相変わらずだよ。倫道さんは、びっくりしたみたいだけどな」

「大丈夫かい? リサ」


 あ、はは……。わたしの笑いは引きつっていただろうか。ルネの言葉が脳裡をよぎる。

『なにしろ得体の知れない野郎なんだ、こいつは』

 あれは、このことだったのね……。


 ミッキーは小鳥さながら首を傾げた。少し不安そう。

 皆川さんが彼の肩を軽く叩いた。


「結果は後日のお楽しみとして……。まだ時間はある。フィーンの見舞いに行くのなら、案内するぜ。その前に、昼食にしないか?」

「ああ、いいな。リサ、行こうか」

「うん」


 二人に促されて席を立ちながら、ふとモニターを振り向いたわたしは――スクリーンの文字が変わっていることに気付いた。


 “HIS LATENT ESP-ENERGY:CLASS-B.”






―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

(注①): リサは18歳未満なので、ミッキーは気を遣っています。

(注②): ALT(アラニンアミノトランスフェラーゼ)、AST(アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ)、どちらも肝臓の機能を示す酵素です。

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