ふわとろ玉子理論
「「頂きます」」
テーブル席に腰を下ろし、出来立ての玉子サンドを前に先輩と共に手を合わせ、それを手に持った。
「んんー♪ 美味しいです!」
そりゃあ俺が作ったからな。
ほんのり熱が伝うトーストに、噛むとじゅわりと溢れる玉子がクリーミー且つ濃厚な味わいを口腔内を幸せに広げていった。
「卵って、難しいんですね。中身が見えたら簡単なんですけど」
噛ったトーストの後から溢れる玉子を、逆八の字の眉で睨み付ける先輩。
噛って逆転。
幸福そうに眉尻が下がって、だらしない脱力感漂う八の字になった先輩。
「中身が見えてたら楽って言うのは面白いですね」
何週間か卵を酢で浸すと、殻が溶けて中身が見えるそうだが、興味本意で画像を検索したら未知のエイリアンの卵が出てきたのでそれは避けたいな、と
「まあ、玉子料理は見えてても難しいですよ。何せ玉子料理が上手く出来たら一人前、って料理の世界では言われてますし」
「なるほど。つまり、一人で獲物を仕留められたら成人としてみんなに認められる、みたいなものなんですね」
うん、部族の世界ではそうかもね。部族の世界では。
エッグサンドを頬張る弟子の世界観がいまいちずれてることに内心苦笑を浮かべてみる。
あはは。
うん、やっぱりずれてる。意見は変わらなかった。
「でも、何で玉子料理が出来ると一人前として認められるんですか?」
「お、良い質問っすね」
二つ目のエッグサンドに手を伸ばす先輩に、自分の見解を述べる。
「玉子料理が難しいのは、さっきの茹で玉子でもそうですけど、熱の調整とタイミングが計りづらいんっすよ」
「熱とタイミング?」
三角のサンドイッチの端をはむはむという擬音が出そうな感じに頬張って首を傾げる先輩。
ヤバい、俺の弟子可愛い。
「そうっす。スクランブルエッグで説明すると、熱したフライパンの表面に溶いた卵を流すと固まっていきますよね」
「はい」
「でも、それはフライパンに面してるところだけです」
あっ、と何かに気付いたような声。
「そうなると面してない溶き卵は固まってないですね」
「その通り! だから、全体にちゃんと火を通すには固まった玉子を横にずらしたりして上澄みの溶き卵を熱する必要があるんっすよ」
「なるほど。流石お師匠、勉強になります」
「そ、そうっすか?」
えへへ。
って良く考えると別に凄いこと言ってないな。
「でも、玉子を満遍なく火を通すのって、これが意外と難しいんですよね」
「何でですか? 熱したフライパンの上に流し入れてるんですから、むしろ簡単だと思うんですけど……」
「甘い!」
「いたっ!?」
先輩の頭に軽くチョップで小突く。
突かれたところを、うるる顔を浮かべながら片手で撫でつけている。
先輩って表情豊かだがら、つい小突いちゃったけど、さっきの小さな悲鳴、全員に聞こえちゃったな。
カフェのお客さんと店主、もちろん潤さんもこっちを見ている。
あはは、視線がいてぇーよ。
「ついツッコんじゃいましたが、先輩、その考えは甘いですよ」
「お師匠がボケと認識してツッコミを入れる程おかしなことをいってしまったんですね。ごめんなさい……」
やめて、悲しそうに頭を垂れないで。
やめて、そんな鋭い目で俺を見ないで。
「え、え~と。何がおかしいかと言うと、熱したフライパンってのが問題なんです」
熱したフライパンが問題? っと反芻しながら顔を上げる。
良かった、危うく視線で殺されるところだった。
「はい。フライパンが温かくても、決して全体が温かくなってる訳じゃないです」
これを見てください、と俺はスマホでとある画像を見せる。
「これって……」
「フライパンの熱が通る過程をサーモグラフィで撮った映像です」
そこにはガスとIHとで、共に一分後、三分後と写真が比較できるよう載せられてある。
先輩は見るなり、あっ、と何か発見したような声を上げた。
「フライパンの中央から色づき始めてます。でも、三分経っても冷たい箇所がありますよ」
「そう! そこなんですよ」
一番伝えたかったことに早くも気付く弟子、思わず前のめりで肯定してしまう。
「見る分には全体に火が通って熱してるように見えるっす、けど、実際こんな感じで全体的にむらがあるっすよ。だから――」
「だから、玉子全体に火を通すのは難しいんですね。なるほどですお師匠!」
「分かってくれたか!」
「はい!」
お互いに強く頷いた。
なんか師弟って感じがしてめっちゃ気分あがるぜ!
とんとん、と肩を叩かれ何だろうとそちらを見ると、親父がいた。
「あー、立派な講義中悪いな。もうちっと熱下げてくれないか」
「あ、すみません」
「あ、ごめん」
重なった師弟の反省に何故か周りから、はっはっは、という穏やかな笑い声が響いた。
代表するように、中折れハットで表情を隠しながら潤さんが歩み寄って来る。
「クックック……。悠人君と麦野ちゃんってお似合いだね。さっきから見てたけどさ、二人の息合いすぎて、飲むコーヒーの手が止まらなかったよ」
「勝手に肴みたいに扱うなよ」
「いやだってさ、本当にお似合いで、君達二人もう付き合った方が良いんじゃない」
「つ、付き合うッ!?」
何を言ってるんだこの人は!
俺達はただ真剣にトースト料理を極めたいだけだ。
「真面目に話し合ってるのに横から入って変な冗談言うなよな! なあ先輩――」
「え? ええ! そうです、よ……」
あれ? 何か様子がおかしい。
さっきまでサンドイッチを勢い良く頬張っていた元気が無く、代わりに、初めて会ったときの様に、長い前髪を簾のようにして表情を隠している。
見えるのはエッグサンドで汚れた口元ぐらいだ。
ん? 初めて会った時。
あ! そうだ先輩って。
「どけどけぇー!」
「えっ? ちょ――」
「ユウト?」
「え? お師匠?」
先輩の鞄と手首を掴んで勢い良くカルドを飛び出した。
「お師匠、何してるんですか!?」
「密から逃げてる」
「はい? それってどういう意味ですか」
先輩を連れて数分走った。すると、目的の公園が現れ、夕暮れで青い夜空が空の割合を多く占め始めたからか、着いた頃に公園の電灯がぼぉーっと点灯する。
「せぇ、せぇ……、お師匠、走るなら先に言って下さいよ」
「ごめんごめん、これも先輩のためっすから」
「わたしの……ため?」
息切れしてる屈んでる先輩。
ちょっとペースが早かったかな。
「さっき、顔を隠してましたよね。もしかしたら潤さんのせいで人目を集めたから、それを気にしてたんじゃないかな、って、勝手に思ってるんですけど正解は?」
「い、いえす、です」
やっぱりな、と一人ガッツポーズを決める。これだから潤さんはモテないんだな。
「でも、どうして分かったんですか? わたしが人目を気にしてるって」
「え? そんなの分かりますよ」
だって、
「俺って、先輩の師匠っすから」
「えっ……」
また俯きだしたので、心配して屈むと、突然先輩がこちらに向かって走りだし、持っていた鞄をひったくられる。
「きょ、今日はもう帰ります。あの、エッグサンドご馳走さまです! じゃあ」
急な別れに頭が追い付かない。
なんだこれ?
「まあいっか! 師匠として今日は活躍したわけだし」
機嫌良く、鞄が置いてあるカルドに向かった。
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