幸福のために、いざカフェへ
夕暮れが空を淡く染める。カラスの濁ったような鳴き声が寂しく空へと消えていく。
影絵と化す町並みを見て、取り残されそうになる気持ちを、校門に触れて現実に戻る。
「先輩まだかな」
上級生らしき生徒が数人、目の前を過っていく。
それはつまり授業が終わったことを伝えているんだけど、中々に現れない。
「お師匠ー、お待たせしました」
「あ、麦野先輩!」
ハァハァと息を切らしてはしって向かってくる先輩。
玄関から校門まで対した距離じゃないはずなんだけど、息切れしてる。
「先輩、大丈夫ですか?」
「すみません。料理準備室で忘れ物があったのでそれを取りに行ってたんですけど、中々見つからなくて」
「見つかったんですか?」
「はい、鞄に入ってました」
自分のうっかりに振り回されたらしい。
疲れて肩で息をする麦野先輩と共に校門を抜け、目的であるカフェへと歩きだした。
「ところでお師匠。な、なんでカフェで面接するんですか?」
「理由は着いたら分かりますよ。まあ、出来れば忙しくあってほしいような、でも、それだとな……」
「?」
複雑だ。これからあの親父が経営してるカフェに向かっているんだから。
今日はたまたま忙しくあってほしいと思うところもあるし、でもそれだと厨房が使えないし。
アスファルトで舗装された道に散らばる小石を何となく蹴飛ばしながら、見慣れたカーブミラーやら古書店やらが視界に入り、カフェが近付いてる事を嫌々実感させた。
「……」
「……」
そういえば、麦野先輩ずっと黙ってるな。何でだろう。
何となしに顔を覗き込むと、口を強く結んでるからか、痙攣みたいにぶるぶる唇が震えていた。
「あの、先輩?」
「ふぇっ? あ、すみません、何でしょう」
「いや、その……、先輩、もしかして緊張してます?」
「なぜ分かったんですかッ!?」
周囲の人間が一瞬俺達に注目する、しかし、どういう訳か大半の人間は訳知り顔にやれやれというような、妙に悟った顔をして立ち去る人がいた。
その中には、小学生位の男の子もいて、「全くこれだからリア充は」と吐き捨てて、ゲーム機をしまってどこかへ立ち去っていった。
その子供の未来がかなり気になる。
「あ、す、すみません。その、こうして誰かと一緒に寄り道するの慣れてなくて」
先輩はどこか肩身を狭そうにしながら、見るものや俺との距離にビクビクとしている。
先輩との初対面で感じたコミュ症という印象も、あながち間違ってないのかも。
「そういえば、先輩って学校に友達いるんですか?」
「へ? え、え~と、普通にいますよ」
失礼かなって思った質問に、首をうんうんと縦に振る。しかし、何となく嘘臭い、何より一度考えてるのがもう怪しい。
「本当にいるんですか?」
もう一押しと問いかける。
すると、どこか観念した様子でため息を吐き、ポツリと語りだした。
「……友達だと思ってる子ならいます」
友達と思ってる?
それが顔に出てたのか、簾のような前髪から覗く瞳が、何となしに震えながら、変ですよね、と訴えてくるようだった。
「曖昧に答えてしまってすみません。ただ、わたしがその子をどう思っても、その子がわたしをどう思ってるか、ううん、そもそも思ってるかどうかさえ分からないので、友達、って、言って良いのか分からなくて……」
長い前髪の奥から漂う悲しみの色が、吹き抜けたそよ風によって顔を現す。
迷い。
それが果たして、友達と呼んで良いのかという問題に対しての表情なのかは、分からない。
分からないけど。
「先輩、一つはっきりした事を言います」
ふぇ? と、気の抜けたような声を漏らす先輩。
そんな先輩の肩に右手を置き、努めて明るい笑顔を意識して左手の拳を突き出し、親指を自身に向ける。
「ここに、先輩の師匠が一人いる。だから、俺が先輩の師匠を止めない限り先輩が一人ぼっちってことはないっすよ」
にひひ、と微笑んでみせる。
一年間もお昼休みに準備室で、一人トーストを焼く先輩を浮かべながら、その孤独を癒そうと微笑み続けた。
びっくりした表情は和らいで、そこに、花が咲いたようなクスッとした笑顔を浮かべた。
「……ありがとう、お師匠」
「いえ、これも師匠としての役目ですから」
やれやれ、弟子の面倒を見るのも大変だな。
へへっ。
「あ、でもちゃんと学校に友達はいますよ。わたしがお昼にトーストの研究してるの知ってるから、遠慮してあまり近付かないみたいです。メッセージでは良く喋るんですけどね」
あ、そうなんだ。ぶっちゃけ、友達がいないと思ってた。
変に心配掛けてごめんね。
しかし、これで麦野先輩に悩みがあることが分かった。
一人だけ、距離感の分からない人がいる。
麦野先輩はその人を気に掛けてる。いつか手助けしたいものだ。
「とか何とかしていたら、はい! 着きました」
ぱぁん、と合掌し、両手を使ってその店を強調するように示す。
車線の曲がり角にぽつんと、その店は鎮座していた。
淡い水色の日よけが、扉の上の細い骨組に張ってあり、申し訳程度に役目を全うしてる。
ブルックリン基調を目指したことが分かる赤茶けたレンガの壁紙が、隙間無く張り付けてある、そして、店内の様子が分かる出窓の手前に、長い葉の先を垂らした観葉植物が置いてあり、その隣に手作り感を感じさせる木の丸テーブルとその上にプラスチックのジョーロが置いてあった。
「ここが、お師匠の行きたかったお店?」
「ええ、まあ……」
来たかったわけじゃないけどね。
複雑な思いを払うように両頬をバシッ、っと叩いて気合いを入れ、それで驚いた先輩の視線をずらすように指先を向ける。
丸テーブルの横に置かれた両面黒板式のサインボード、コーヒーの暖かい絵が書いてある。そして、その上に店の名前があった。
「ようこそ、変なうちの親父が経営してる小さなカフェ『カルド』へ」
店の雰囲気に感嘆としてたのか、小さな口をあんぐりと開けていたものの、店の紹介に違和感を覚えたのか、え? という疑問符を吹きながらこちらに振り向いた。
「お師匠のお父様が経営してるカフェですか?」
「はい。でも本人の前でお父様とか言わない方が良いですよ」
色々面倒になりそうだし。
渋々という思いでやって来たが、店の外装を見て子供みたいに食い入る先輩を見て、何となく誇らしさを感じる。
「じゃあ、入りましょう」
カランカラン。
俺と先輩は店の扉をくぐった。
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