師弟関係って幸福?
「にゃるほどにゃるほど、つまりユウ君はその女の子を口説いてたってことだにゃ」
「いや、口説いてないから」
昼休みの出来事を聞いた翔が、にんまりとした表情で茶化してくる。
「俺のハートは、このシュガーバタートーストのように甘いぜ」
「カッコいいようでカッコよくないな」
するにしても、もっとマシな告白文考えるわ。ていうか甘いのかよ俺の
にゃはは、と、猫のように机でぐうたれてる翔が独特の笑い声を上げる。
「というかユウ君、弁当忘れたんならうちに一言掛けてくれたら分けたのに、ユウ君はお間抜けさんだにゃ」
「いや、そもそもお前の弁当毎日作ってるの俺だから」
しかも分けたことないだろ。奪われることは毎日あるが。
五月の上旬、ゴールデンウィークが終わって案の定五月病にかかっていた俺は、教科書と宿題を嫌々鞄に詰めて、後二日休みたいと思いながら、中一の頃からの腐れ縁である
翔を一言で言うならば、猫だ。
小柄で華奢な体格。長くてふわふわしてる髪を後ろに結わきポニーテールにしている。
一見すれば、妖精のような可憐さ。御伽噺に出てくる妖精が彼女であっても違和感はない。
しかし、残念なことに、妖精は妖精でも、彼女は
つまり、悪戯の天才である妖精と猫が合わさったハイブリッドが彼女。
こうしてぐうたれてる姿も、こたつでぬくぬくしている猫と変わりない。
「そういえば翔、弁当箱返してくれよ」
「もうユウ君の鞄に入れたにゃ」
「そういえば、前に貸してた漫画、そろそろ返してくれるか」
「もうユウ君の鞄の中にゃ」
「ところで、昨日貸してほしいって言ってた五百円。いつ返してくれる」
「ユウ君の千円札と引き換えに返しておいたにゃ」
「おう、ありがとう、って千円札抜かれてる!?」
しかも五百円戻ってきてねぇし。
にゃははと翔。その笑顔がまた可愛いから腹ただしい。
「じゃあ、そろそろ帰る」
「え? うちともう少し遊ばないの」
「また今度な」
手をひらひら振る。返事の代わりか、寝返りをうった際頭のポニーテールが揺れて、素っ気ない猫の尻尾みたく揺れた。
□■□■□
俺は、遅くに帰ってくる親父の夕食を用意してから、家事や勉強を始める。
両親の内、母親は海外出張で基本的に家にはおらず、親父もまた、仕事の関係で夜遅くに帰ってくる。
なので、この日も例外なく親父の夕食を作り、掃除を簡単に終らせてから宿題をやっつけ、風呂で疲労を洗い流す。
「ふぅ~」
テーブルの上に用意した氷入りの麦茶が満たされたコップを手に持ち、冷えた液体を喉に流し込んだ。
俺の夕食は、テーブルの上に晒された弁当。野菜やご飯を別に分け、ハンバーグや玉子焼きをレンジで温めてから頂く。
これが俺の日課で、日常。
米一粒も残してないことを確認して、食器を流し台に置いて洗う。
「あっ」
丸皿に手を伸ばしたとき、ふと、お昼休みでの出来事が浮かんだ。
「そういえば、明日来てくれって」
最初はおどおどとしていて、俺がトーストを完食するなり明日も来てくれと頼まれる。
チャイムが鳴って返事が出来なかったから、もしかしたら来ると思っているかもしれない。
「まあ、一宿一飯のお礼って言うしな」
泊めてもらってはいないが、空腹状態を救ってくれた恩人だ。雑に対応する気にはなれない。
俺は前髪の長い女子のいた料理準備室に行くことを決めた。
□■□■□
「おはよう」
「ユウ君おはようにゃ~。ん~、ゴールデンウィーク終わった後だと気怠いにゃ」
「いつもの間違いだろ」
ほらよ弁当、差し出した包みに流石の翔も半開きの寝ぼけ眼を大きく開かせる。
「これがあるから学校は止められないにゃ~」
「おっさん臭い台詞だな」
人の手作り弁当を酒みたいに扱わないでほしい。
ガラガラ、と扉が開く。
「安堂君、おはよう」
「よう安堂、おはよう」
「……おはよう」
挨拶されてる男の名前は、
女子みたいな名前だが、ちゃんとした男子だ。
夏美は男の俺から見てもカッコいい奴だ。
身長は百八十くらいあって、顔は端正に整っていて、運動も得意なのだから男女共に厚い支持があるのも納得だ。
もっとも、あくまでそれは夏美のいくつかある一面でしかないが。
「安堂君、おはよう」
「……ああ、おはよう、って悠人じゃない」
「朝から人気だな」
「ただの挨拶でしょ。ていうか、やっぱりこっちの口調の方が馴染むわね」
そういって、夏美は俺の向かえ右の机に座る。そこが夏美の机だ。
「それであんた、そのトーストくれたっていう女子のところに行くの」
「ああー、一宿一飯のお礼って言うだろ」
「泊まってなかったわよね? まあ良いわ。昨日無駄に心配したけど、女の子に鼻の下伸ばしてるなら心配いらないわね」
「うっさいオカマ」
「口調は認めるわよ、口調はね。それ以外は健全な男子よ!」
そう、夏美は口調以外普通だ。なんでそんな口調になったか聞いたところ、お姉さん二人と母親という家族構成の中で自然とそうなったらしい。
最初こそ気になったが、中一の頃からの付き合いだ。むしろ口調を直されると変に落ち着かなくなる。
夏美は自分の椅子につくなり、それで? と相槌を打ちながらこちらに椅子の正面を向け、座って脚を組んだ。
「何が?」
「昼休みに行くの」
「おう、飢え死にするところを助けてもらったからな。それに……」
昼休みにトーストを焼いてる事が気になるし。
普通にトーストを食べたい人なのかと思うけど、でも、シュガーバタートーストってちょっと凝ってるしな。
「それに、もしかしたら告白成功してるかもしれない」
「おい! 俺の台詞を乗っ取るな!」
「あら、もし成功したらお似合いじゃない。おすすめのデートスポットを紹介してあげるわよ」
「二人とも茶化さないでくれよ~」
□■□■□
「……」
料理準備室に俺は訪れた。ひびの入ったタイル張りの廊下、霞んだ窓ガラス。
そして。
「やっぱり、トーストの香りがする」
弁当を早めに食べ終わり、一階に降りた。
その際、トースト特有の食欲をそそる香りがうっすらしていたので、もしかしてと思ったが、案の定料理準備室からだった。
つまりそれは、例のトースト女子がいるということ。
「まあ、呼び出してるんだからいるよな」
俺は、何とも言えない香りに誘われる形で、そっと扉のノブを握り、ひねった。
「あ、来てくれたんですね。ありがとうございます」
「ええ。昨日は本当にありがとうござ……」
「早速ですが、このトーストを食べてもらえませんか!」
えっ、というリアクションさえする間もなく、手元にキツネ色に焼き上がったトーストが差し出される。
戸惑いながら受け取ったそれは、トースト特有の香りがするものの、それに勝ってバターと馴染みある香りが共に立ち昇る。
「醤油バタートースト?」
「はい!」
簾みたいな前髪から、少女らしいにこやかな笑顔が合間見える。
やっぱりというか、トーストに限らず出来立て焼きたてというのは魅力がある。
だから、弁当を食べて満たされたはずの胃が鳴るのは不思議じゃない。
俺は前日と同様、小麦とバターと醤油の香り三銃士へとかぶりついた。
サクッ。
三つの香りは、それぞれが主張するでもなくお互いに和を保つような風でアピールし、特に、バターと醤油はデュエットするみたいに交互にバターの豊かさ、醤油の奥深い香りと重ねてトーストのふわっとした触感へと着地し、夢見心地にさせてくれる。
これは素晴らしい。
「でも、パンが厚いな。もしかして四枚切り?」
食べ終わり、なんとなく質問した。
少女は、この世の真実でも知ったみたいに口を大袈裟なくらい開けて、やっぱりと呟いた。
「あの! お名前は何て言うんですか!?」
「えっ、南條 悠人ですけど」
そういえば名乗って無かったな。なんて思っていたら右手を掴まれた。
はっ?
「わたしは
俺の右手を両手で握りしめ、胸と顎の間ぐらいまで持ち上げ、麦野さんが何か言おうとか細い声をしゃくりあげた。
「あの! あのっ!!」
前日と違って、真剣味が宿る瞳は俺の目を射ぬき、しゃくりあげる度に込められた両手の力は、更に一段階上がった。
つまり、痛い。
それに、鼻先近くまで麦野さんが近づいたからか、トーストと混じって甘い香りがする。
変に心臓が痛くなった俺は、早く言ってくれと心の底から祈った。
そしてついに――。
「あの! わたしを、弟子にしてくだひゃいッ!」
「……はっ?」
この瞬間、俺の脳みそは思考を投げ出した。
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