第16話 悪役女帝と剣奴とコロッケ④

 女帝エイルは非情である。


 戦場で大敗をすれば、側近と言われる部下ですら……良くて罷免。悪ければ処刑。


 今回のユリアの任務は非情に変則的な物だった。


 護衛対象であるアルスと戦いながら、敵対勢力に動きがないか探らなければならない。


 理想は、アルスとユリアの両者が無傷で終える事。


 だが、2人は本気で戦い。アルスは肩に、ユリアは腕に傷を負っている。


 その結果を女帝エイルは芳しくないものだと判断したら……


 緊張感は事情を知らぬ観客たちにも伝播していき、会場は静まり返った。


 おもむろに立ち上がったエイルの表情は曇っているようにも見える。


 彼女は親指を立たせ、下に向けた。


 生存が許されたサインだ。 謎の安堵感が会場を包み込み、再び爆発的な声援が闘技者2人に贈られた。


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・


「おいおい、アルス。怪我の治療もせずにどこへ行くんだ」とユリア。


アルスは急ぐ足を止める事もせず、一言だけ……「飯だ」と告げる。


「飯なんていつだって食べるだろ? それに闘技場なら、治癒魔法の使い手がたくさん待機してんだ。すぐに治してくれる」


「そうかもしれない。けれども……」


「けれども?」


「俺は食堂の閉店時間を知らない」


「……呆れた。いくら魔法が発達しても、怪我を軽視しすぎて体を動かせなくなった奴を戦場じゃいくらでも見てきたよ」


「かまわないさ。今の俺は……奴隷に堕ちた身。ならば、生きがいは戦い、飯を食う事だけなのさ」

 

 ユリアは驚き、足を止めた。 アルスの言葉には嘘がなく、本心からそう言っていると気づいたからだ。


「仕方がないね」と足を速め、アルスに追いつくと


「腕を出しな。足を止めなくても簡単な治癒魔法くらいならかけてやるよ」


「ん? そうか。それはありがとう」


「へぇ~」


「なんだ?」


「こんな時だけ、素直で可愛いだな。アンタ」


「……からかうなよ」と呟くように言うアルスだった。


「それで、ここが食堂かい」とユリア。


「来るのは初めてなのか?」


「あぁ、いろいろと話しには聞いていたけど、流石に緊張するね」


(なぜ、ユリアは食堂で飯を食べるだけで、ここまで緊張しているんだ?)


そんな事を思いながら、アルスは扉を開いた。


「いらっしゃませ。あら、今日は2人なのですね」


いつも通り、食堂のお姉さんが迎えてくれた。


「さぁ、こちらの席に」


「あぁ、いつもありがとう」とアルスは椅子に座り、ユリアの方を見ると


「へ、へい。あ、ありがとうごぜいますだ」と右腕と右足、左腕と左足を交互に前に出す奇妙な歩き方で進み、椅子に座った。


「あら? いつもは剛毅で豪気と言われるユリア将軍が、めずらしい。もしかして緊張しているのですか?」


 ブルブルと激しく首を横に振るユリア。その様子に水浴びをした直後の野生動物を連想する。


「い、いえ、普段は役職と割り切っているのですが、こういう立場で個人的にお会いするというのは、いささか緊張を……痛ッ!」


急に痛みを訴えるユリア。 不信に思い「どうした?」とアルスが訪ねるが、


「い、いや、治癒魔法でも傷の痛みが残っていただけだ」


(流石にエイルさまに足を踏まれたなんて言えりゃしないよ!)


「それで今日のおすすめは?」とアルスが聞く


「はい、今日はコロッケ定食になります」


「コロッケ!?」とユリアが驚いたのも無理はない。


「あぁ、この食堂では、じゃがいもが普通に使われているんだ」


アルスも、前回の料理に揚げたジャガイモが出てきた時には驚いた。


それを聞いているのか、聞いていないのか、ユリアは……


「いささか、職権乱用にもほどが……いや、リンリン殿が黙認しているのならばアタイが言う事でもないか……」とよくわからない事を呟いていた。


 「さて……」とアルスは頷くと、配膳された料理に目を通す。


 暖かそうなライスとスープ。 見るからに新鮮なキャベツが盛り付けられ、その上には黄金に輝くコロッケが4つ。均等に並べられている。


まずはコロッケから……最初はソースをかけずにコロッケそのものの味を楽しむ。


(サクサクの衣に中はクリーミーだ! 意外と肉の比率が多い? 牛肉の濃厚なうま味。じゃがいの甘みが遅れてやってくる!)


「うまい!」と気がつけば1つ食していた。


 続けて2つ目を口に運び、その途中で気づく。 


「おっと忘れていた」と手の伸ばしたのソースだ。


 黒い甘みのあるソースを多めにコロッケにかける。 それを口に運び、次にライスを口にする。


 「やっぱり、ソースを多めのコロッケはライスが進むなぁ」


 ちょっと、塩味が強めのスープを飲み、さらにコロッケを食べる。

 

 食べる、食べる、食べる……どつして、ソースをかけたコロッケは、ここまでライスと相性がいいのだろか?


 あっという間に、ライスもスープもなくなり、残ったコロッケの欠片を口へ送り込む。



 「はぁ、美味しかった。 俺、生きてるって感じる!」


  見ればユリアも完食している。そして、その顔は呆然としている。


 「そうだろう、そうだろう。そんだけ、うまいもんな!」


 「あぁ、こんなに美味い食事は久々……いや、初めてかもしれない」


 「気に入ってもらって何よりだ。 まだ、一緒に来ようぜ」


 「あぁ、絶対に、絶対だぞ!」


 想像以上に食い気味だったユリアに「お、おう……」と引き気味なアルスだった。


 「ごちそうさま。今日もおいしかったよ」 


 そういって席を立とうとするアルスに


 「お持ちください、ユリアさまにリンリンさまから伝言がございます。なんでも、内密でして……」


 食堂のお姉さんはアルスの方をチラチラと見てくる。


 「あぁ、わかったよ。食堂の外で待っている」


 出入口を後にしたアルス。それを確認して――――


 「失礼しました」とユリアは、その場で膝をつき、頭を下げた。


 それは、仕えるべき主に演技とは言え、配膳などをさせてしまった事への非礼のつもりだったのだが……


 「全くです。私のアルスくんと、どうしてユリアがいい感じになっているんですか!」


 「はぁ……いい感じですか?」


 「あんなに2人で微笑み合って剣と剣を絡ませて……どれほど、私がエロいと思った事か!」


 「エロい! アタイとアルスの戦いを見て、性的興奮をもようしてきたのですか!」


 「ユリア! 直接的表現はやめなさい! 私が変態みたいじゃないですか!」


 「し、失礼しました。……それで、エイル陛下はアタイがアルスと必要以上に仲良くするのが、気に食わないという事でしょうか?」


 「違います! それだと、私がめんどくさい女みたいじゃないですか!」


 「……」


 (一向に自分になびかない奴隷に恋をして、正体を隠して近づいてる時点で十分すぎるほど、めんどくさいのでは?)


 それは脳裏に過っても言えない言葉だった。


 「それで、本題はこれからです」


 (まだ、本題じゃなかったかい……)


 しかし、エイルから発せられた次のセリフは、あまりにも重要な事だった。



 「実はリンリンからの報告で、アルスに接近する者の正体が判明しました」

 


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