第14話 悪役女帝と剣奴とコロッケ②

 「やーやー、アルスどの! 差し入れをお持ちしたでござる」


 そういって玄関の扉が開かれた。


 おしかけ師匠でもある侍が、いつものように故郷の酒とつまみを持参してやってきたのだが……


 玄関の前に陣取った女騎士ユリアを訝しがる。


「これは、アルスどのも隅に置けないで……え? 剣を抜いて何をするつもりでござる?」


「なにを? 家主の許可を許されず、扉を潜る者がいた。ならば、切り捨てるが世の通りだよ!」


「なんとッ!?」と侍は抜刀と共に、向けられた白刃を弾く。


決して広くはない玄関の空間で、1合2合と剣をぶつかり合う両者。


周囲に破壊の被害を出さない所が2人の実力を現している。


「なかなかの技量を持っているみたいでござるな」


「アタイを誉めるな不審者。うれしくなっちまうだろ!」


 流石に楽しみ始めたのでアルスは2人を止める事にした。


「……2人とも、玄関で遊ぶのは抑えてほしい。前の道路まで出てやってほしい」


「承知したでござる! あっ……お土産は玄関に置いておくでござる」


 侍はお土産を置くと、素早く後ろに飛び出した。


「へっ、おもしれぇじゃねぇか! このござるやろうが」


侍の動きに合わせて、前の道路へ飛び出していくユリア。


「やれやれ。猪突猛進とは、こういう坂東武者の者を指す言葉でござるな……容易く制止しやすい」


「何っ!」とユリアは驚く。それも無理はない。


 先に飛び出した侍の間合いを把握して詰めたつもりが、想定していた位置よりも侍が前にいたのだ。


 (アタイが間合いを見誤った? いいや、こいつが予備動作なしで前進しやがったのか!)


 近間。 近すぎて剣を振り下ろす間合いすらない。


「猪口才な真似をしやがって、卑怯じゃねぇか!」


「これは笑止! 戦いに、自分がやりたい事だけを望むでござるか?」


 だが、近間でもユリアが弱いという事はない。 


 文字通りの剛腕。 それを振り回すだけで十分な武器になる。


 (これは、流石に避けきれぬでござる。一度、間合いを計り直して……)


 「逃がすかよ!」


 「なッ!? この間合いで強引に剣を!?」


 ユリアが繰り出す横薙ぎの一撃は強烈。


 野太い風切り音が侍に襲い掛かってくる。


「……へぇ、これでも逃げるか。いいぜ? アタイは的当ゲームも得意なんだぜ?」


「……ここからは本気を出させてもうでござるよ?」


 白熱する2人の戦い。 見学するアルスは――――


(止めるタイミングを見失った)


それから、侍とユリアの間に奇妙な友情が芽生えるくらい見学する事になった。


侍が帰った後、「いやぁ、あのごぜるの奴、良い酒を持ってきたなぁ」と手酌で飲むユリア。


(先ほどまで体力が尽きて動けなくなっていたはずなのに、回復力が桁違いだな)


 そんな感想をアルスは抱きながら、酒の手を伸ばすと……


 玄関が開いた。 入ってきたのは――――


 「おい! アルス! おもしれぇ食い物が手にはいったぞ!」


 と網闘士レーティアーリイウスの巨漢が入ってきた。


 「おっと、こいつはワリィな。女性としっぽり楽しんでいたか……ってなんだ? 俺に剣を向けて? やろってか!」


 「なにを? 家主の許可を許されず、扉を潜る者がいた。ならば、切り捨てるが世の通りだよ!」


 再び、玄関から家の前へ。 繰り広げられる戦いにアルスは頭痛に悩まされた。


 

 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・


 闘技者の王者 アルスの朝は早い。


 普段、使用する剣はグラディウス。しかし、早朝の素振りに使用する剣はそれではない。


 素振り専用の特注品だ。 


 剣と言うよりも鈍器。 むしろ、金棒と言ってもいい。


 それを左右片手で素振りを行う。 僅か数分足らずの時間で滝のような汗に体を濡らしている。


 「すげぇな。汗で足元に小さい池みたいなのができてるぜ」


 「あぁ、おはようございます」


 「おはようございますじゃねぇよ。 何、護衛を無視して家から出てるんだよ」


 「目を覚ましたらいないから焦っちまったじゃねぇか」とユリアは照れたように言った。


 「だって、鍛錬をするって言ったら、じゃ手合わせでもやろうぜ!ってユリアさん、言いだしそうだから」と呟くアルスだったが、ユリアの耳にも届いたみたいだ。


「何、アタイのモノマネしてやがる。そんな事を言うわけ……あるけどよぉ」


「……あるのか」


「小さい事を気にするな。流石に護衛対象に怪我をさせたらアタイの責任問題だよ」


「それもそうだな」


「もっとも、近いうちにアンタと戦う予定にはなっているけどよぉ」


「戦う予定? 何の事だ?」


「まだ、耳にしてないのか? 次の闘技場で、アンタの対戦相手はアタイにきまったんだぜ?」


 これには、普段は冷静なアルスも混乱した。


「なぜ、俺とアンタが戦う事に? 護衛だったのでは?」


「なぜって? いやぁだなぁ。そんなの簡単だろ? いくらアタイでも、闘技場で戦うアンタを離れた位置で護衛なんてできないからだぜ」


「俺を近くで護衛するために、俺と戦うつもりなのか?」


「そうだよ」と当たり前のように笑うユリア。


「無茶苦茶だ」と言うアルス。 しかし、言葉とは裏腹に「悪くない」と表情が物語っていた。




  



 


 

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