第12話 悪役女帝と剣奴とハンバーグ⑤
ハンバーガー
少し大きめのパティ(肉)。 逆に小さめのバンズ(パン)。
少々、バランスに欠けているのは、本来はハンバーグとして用意した物だから?
それは、遠征興行という状況化で、どこでも、どんな場所でも食べれるという配慮だろう。
アルスは感謝を込めて口へ運ぶ。
そして――――肉へ。 肉、肉、肉、肉々しい。
外部はカリカリに焼かれ、内部に肉汁が閉じ込められている。
肉汁を通して、体内に活力が駆け巡っていく。
肉……それは、すなわち高濃度のたんぱく質。
死のロードとも呼ばれる過酷な遠征。 徐々に……だが、確実の枯渇していく生命力。
疲労に疲労を重ね、痛めつけられた筋肉が空前絶後の大回復を急がせる。
無論、ハンバーグの主役は肉だ。 だが、必ずしも肉だけの存在ではない。
柔らかく、ふっくらとしたバンズは触感だけではなく、ほんのりとした甘みが与えられ
牛乳という素材から作られしチーズは、牛肉と親和性が高く、まろやかであり濃厚。
レタスは瑞々しく、隠れている
「あっ……忘れていましたが付け合わせがありました」とリンリン。
差し出された付け合わせを見たアルスは、「なっ!?」と衝撃に動きを止める。
その付け合わせは、ポテトだった。 小さな容器にトマトケチャップがつけられている。
じゃいもとトマト。
共に未踏大陸と言われる場所で発見された新素材。
それを料理に使用するのは、時代を先取るかのようにあり得ない組み合わせだ。
「新たに領土に加えたポエルタの航海術に帝国の国力が歴史の針すら速めてしまったのか……」
無意識に出たアルスの呟きは、どういう意味だろうか?
それを精査することなくアルスはポテトに手を伸ばす。
皮を残し、そのまま油で揚げたポテトはホクホクとした口当たり。
塩のしょっぱさが食力を加速させる。 高級なはずの塩をよくぞ、ここまでふんだんに……
そしてトマトケチャプ。甘みの中にある少しの酸味。
全てを包み込むような優しさに溢れた料理だった。
脱力。
「あぁ、俺……生きているって感じる」
疲労が浄化され、今も体内から生み出される生命力。
「ありがとう……食堂のお姉さんに必ず伝えてくれ。 美味しかったって」
アルスの表情には険が抜け落ち、少年のような笑みだった。
その笑みを向けられたリンリンは察する。
(嗚呼、きっとエイル陛下は、この笑顔に惚れてしまったのですね)
「はい、必ずエ……お姉さんに伝えますよ」
・・・
・・・・・
・・・・・・・・・
リンリンは辺境の地から飛翔魔法でひとっ飛びと言うには大きな疲労を抱えて帰ってきた。
(あの隠密どもの調査は、近隣の憲兵に任せて帰ってきたが、すぐに調査団を派遣しなければなりませんね。一体何が目的だったのでしょうか……)
そんな事を考えていると、不意に隠密の1人が口にした言葉が思い出された。
『まさか、まさかの帝国最強の剣奴アルスだと? 標的がノコノコと現れるとは丁度いい――――』
(目的はアルスどの? しかし、それこそ何のために?)
可能性を考え始めれば無限に湧き出てしまう。 その中で可能性が高いのは?
(エイル陛下の寵愛を受けている事を知っている? それともアルスどのと接触して……剣奴たちの反乱?)
あり得ない話はない。
アルスの目標は復讐。 対して復讐相手は帝国の女帝エイル陛下。
(それを知っている者なら……いえ、だとしたら、帝国幕僚に裏切り者が?)
その『最悪』に背筋が凍る。
アルスは利用してエイル陛下を討たせよう企む者が身内にいるかもしれない恐怖。
そして、それは絶対に防がなければならない悲劇。
「考えるのですリンリン。最悪の悲劇を防ぐために最良の行動を……」
リンリンの目前には、執務室。エイルが待つ部屋に到着した。
扉を開くと――――
「なんです? これ?」
部屋には瓶が並べられているが、中に入っている液体は酷く濁っていて、泥水のようにも見える。
「あら、おかえりなさいリンリン! どこですか? これ凄いでしょ?」
「えっと、エイル陛下。 これなんですか? 黒魔術に必要な液体でしょうか? 私には泥水に見えるのですが」
「ひどッ! いいですか、リンリン? これは天然酵母です」
「て、天然酵母? ま、まさか……」
「そうです! 今回は時間がなく市販のパンを使う事になってしまいましたが、今後同じことがあった時のために手作りのパンを振る舞わなければなりません!」
「エイル陛下? 力説は結構ですが……」
「あら? どうしたのですか? そんな小動物みたいに震えて、それに顔も赤くなって……風邪ですか?」
「執務室でやらないでください!」とリンリンの声が響いた。
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