第2話 悪役女帝と剣奴とカレーライス②

 闘技場。


 何万人という視線を素知らぬ顔で受けている。


 凛とした表情に美しさを秘めたこの少女こそ、帝国の支配者である女帝エイル。


 彼女は腕を上げると優雅な動作で親指を下に向けた。


 「許そう」と一言だけ述べる。これにより侍の生存は許されたのだ。


 「おぉ!」と観客たちはため息によく似た称賛を送る。


 敗者である侍は控室へ下がり、勝者であるアルスは皇帝陛下へ頭を下げる。


 すると―――「待て」とエイルから声がかかった。


 「お主、剣奴を辞め独立を願い出ていると聞くが相違ないか?」


 「はい、その通りです」


 「うむ、本来ならば独立を認める所ではあるが……」

 

 「ならば……「おっと勘違いするでない!」」


 「お主は、この闘技場の王者。 加えて、先の戦争で私自ら捕えた、私の所有物である奴隷だ。独立に必要な金額の相場は、通常の比ではないぞ」


 アルスは下げていた頭をあげる。


「わかりました。ならば、励みます!」


 その瞳は真っすぐにエイルを射抜いた。

 

「う、うむ、わかればいい。よ、より一層励むがよい」


 エイルはマントを翻し、奥へと消えた。それから――――


「リンリン! 我が軍師! リンリンはどこにいる!」


「はいはい!ここにいますよ……って抱きつかないでください! 胸で胸で溺れし……」


「どうしよう、アルスくん。私の物じゃ嫌だって! 私から離れたいのかな? かな?」


「わ、わかりましたから、離れください。 おっぱいで溺れ死にます……」


「わぁ、リンリン! 死なないで!」


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・


「全く、完全無欠のエイル女帝が聞いて呆れますよ!」


「ごめんなさい。でもね……」


「でも? なんですか?」


「アルスくんが、ずっと独立したい。独立したいって言うから……」


「誰だって奴隷は嫌だと思いますよ」


「え? だって、やるなら剣奴! ってアイルくんが自分で言い出したんだよ?」


「そりゃ、どんな奴隷が良いかって選択肢からであって……全くもう!そんなに悩むくらいなら、最初から性奴隷に堕とせばよかったじゃありませんか」


「リ、リ、リンリン! お、女の子が何てことを言うの! そんなアルスくんが性奴隷なんて……」


「エイルさま? 今、間違いなく想像……いえ、妄想してますよね」


「ハッ! してないよ! そんなはしたないこと!」


「そうですか。では、ヨダレを拭いてください」


「はわわわわ!? ヨダレなんてついてないじゃない!リンリン!」


「まったくエイルさまと来たら、そろそろお時間ですよ」


「え? 本当だ! 早く食堂に行かなきゃ、先にアルスくんが来ちゃう」


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・・


その頃、アルスは通路を歩いていた。 控室へ向かう通路だ。


「誰だ? ……ってアンタかい?」


「ありゃりゃ、気配は消していたつもりでござったが?」


 柱の影から姿を現したのは、先ほどまで戦っていたはずの侍だった。


「匂いさ。人よりも少しだけ五感が敏感なんだ」   


「ほう……それ生まれ持った才能でござるか?」


「才能と言うほど、良い物じゃないさ。それに後天的に身につけなきゃ生きていけない幼少期だっただけだ」


「それはなんというか、かける言葉もござらん」


「それで、何の用だ? 復讐にしても早すぎるだろう」


「まさか、まさかでござる。ただ、拙者は貴殿に弟子にならないか? と誘いにきたでござるよ」


「……ん?」


「ただ、拙者は貴殿に弟子にならないか? と誘いにきたでござるよ」


「いや、聞こえなかったわけじゃない。勝った俺が、負けたお前の弟子になるのか?」


「弟子より弱い師匠は嫌でござるか?」


「いや……そうか。必ずしも強い方が師匠である必要性はない……のか? いや、その理屈はおかしい」


「いやぁ拙者が祖国を離れて武者修行をしているのは、強き人を見つけては祖国へ招待したいからでござる。そして、祖国で迷える若人を導いて行きたいのでござる!」


「そんなにグイグイ来られても、俺の身分は剣奴……言うならば奴隷だ。他国に行く自由はない」


「……そうでござったか。では、拙者は師匠として侍の技を伝授して差し上げるでござる」


「ん? いや、待て。なにが『では』なんだ? 話が繋がっていないじゃないか」


「いやいや、貴殿が拙者から受け継がれた技で、この国の迷える若者を……あっ待つでござるよ! どこへ行くのでござるか!」


「付き合いきれない」とアルスは駆け出した。

 

(そう……俺には向かうべき場所があるのだ。 戦いが終わった後には、必ず食堂へ!)


 常人離れしたアルスの健脚。 もはや、誰も止められない。


 ……そのはずだった。


食堂の扉が見えた位置。 アルスの足が止まった。


(なんだ? この感覚は? まるで胃袋を掴まれたかのような違和感……いや、匂いだ!)


 アルスは犬のように鼻を効かせる。 すると――――


 (香辛料スパイス!? 馬鹿な! そんな高級な物を、この水準で料理に使用しているとでもいうのか?)


 戦いの余波。 極度の緊張感により、通常よりも張りつめられた五感。


 その中で嗅覚が翻弄されるような感覚。


 それが一歩、一歩とアルスを食堂へ誘う。 


 その途中に気付きた。


 (さっきの胃袋を掴まれたような感覚の正体……嗚呼、俺は腹が減っているのか)


 意識した途端にアルスの腹部から


 ぐぅ~


 空腹を知らせる音が聞こえた。      

 


  


 

 


 

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