孤独
彼の不幸を知った僕は、激しく慟哭した。人間がためにこれ程
僕は、かつて大陸の東で読んだことのある古典を引いて、人の世について思いを馳せた。清廉なる
——人の世に、
もう、居ても立っても居られない。シュウの無念を思って悲憤した僕は、虎狼にも悪鬼にもなってやろう、と決めた。
僕は山を下りるために屋敷の外へ出た。外は、シュウと出会ったあの日のように、しんしんと雪が降っている。僕は背から翼を生やし、夜闇に紛れて、滅するべき者たちの所へと向かった。
山から市街地へ向かうと、眼下には不夜城のような光景が広がっていた。街中で明かりが煌々と灯る様は、人間が夜闇を克服し支配しているかのような様を思わせる。
僕は一際大きな豪邸の庭に下り立つと、その窓を蹴破り侵入した。その部屋には、シュウを陥れた元妻がいる。今は再婚していて、別の男と同じベッドの中にいた。
僕は斧を握りしめて二人に近づいた。二人が僕に気づいた時、すでに僕は女を斧の間合いに収めていた。
男の方は果敢にも僕に掴みかかろうとしたが、たとえ大人の男が相手であろうと、僕が力負けするはずがない。僕は男を突き飛ばすと、無言で斧を振り下ろし、逃げ遅れた女の首を切り落とした。
その後、僕は豪邸に火を放った。彼女の両親も、この屋敷にいる。彼らはすぐに殺すつもりはない。この炎でじわじわと焼き殺してやろうと、僕は思った。魔術で発した炎は、あっという間に屋敷中に燃え広がっていく。
——これは、僕の怒りの炎だ。
僕は庭に出ると、燃え盛る屋敷をただ一人、眺めていた。夜空の下に炎が揺れる様は、とても美しかった。
振り返ると、そこにはさっきの男がいた。いつの間に館を脱出したのか。手には、黒い筒のようなものが握られており、その先端から煙が上がっている。確か、銃という武器であったか……
「この悪魔め!」
もう一度、ずとん、という音が鳴り、僕の体は後方に吹き飛んだ。これぐらいのことで死にはしないが、流石に無傷というわけにもいかない。腹を触ると、ぬるりという感触と共に、赤い血が右手に付着した。足元に積もる雪にも、赤い点が
僕は腹を右手で押さえながら、再び翼を生やし飛び去った。もう一度、同じ轟音が黒い筒から聞こえたが、僕の体には何も当たらなかった。
それから、百年の月日が流れた。シュウのことを知る者は。最早誰もない。彼には子がなく、また一家も離散してしまっている。そのため、供養する者のいない彼は、無縁塚に葬られた。
人前に姿を晒したくはないが、それでも僕は毎年、彼の命日にはこっそり山を下りて、彼の骨が入れられた無縁塚に手を合わせている。それが、今年で丁度百回目になる。
あれ以来、僕は再び孤独の身となった。元々、ずっとそうして過ごしてきた。そのはずの僕が、人恋しいと思ってしまうのは、やはりシュウのせいなのだろう。彼は、たった数年で、僕の心に大きな爪痕を残していった。体につけられた傷などは、すぐに治る。けれども、心に残された爪痕は、きっと、永久に塞がることはないのだろう。
季節は
とある魔族の孤独 武州人也 @hagachi-hm
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