小学生、陸
一時になった。待ち合わせ時間は、一時ちょうどだ。
テラスにまた、人影。だがわたしたちの待ちびとではないのかな、と思った。
子どもだ。男の子。黒いランドセルを背負っている。
マグカップとお菓子が載ったお盆を、やけに高い位置で持ち、ふらふらと運んでいる。……重たいのかもしれない。
ちょっといってきますと言って、わたしはその子のもとに駆け寄った。
近くに来ると、身長は私の肩くらいだ。一歩一歩踏み出し、ずん、ずん、と進んでいる。わたしはおなじ速度で歩きながら、声をかける。
「だいじょうぶ? 重いんじゃないの?」
「だいじょうぶ、です」
彼はまっすぐ前だけ見たまま、ずん、ずん、ずん、と進む。
「重いんじゃないの?」
「だいじょうぶ、です」
「ねえ、お姉さんに持たせてよ」
わたしはそう言うと、お盆に手を伸ばした。すこし無理にでもお盆を受け取れば、この子のかわいい自尊心を傷つけずに済むと思って。
「このくらいでき、ます」
……そこまで言われちゃ仕方ない。
わたしは彼とともにゆっくり歩く。
「家族のひとといっしょ?」
「えっと、違います。僕は、世界を選ぶひとに、選ばれたみたいで」
一瞬、歩みが止まった。
――じゃあ、まさか、この子も。
揺れるランドセル。……だってやっぱりどう見ても小学生だ。
わたしはもういちど歩き出す。
「わたしもそうだよ」
「……そうですか。ぼくの頭がおかしくなったんじゃ、なかったんですね」
わたしたちのテーブルにたどり着くと、彼は、わたしの右隣に座った。
小学校中学年か、高学年、ってところだろうか。声変わりもまだのようで、少年特有の声だった。制服はふた駅先の有名な男子校のものだ。有名大学までエスカレーターということで、ブランド力のある学校だったはず。
顔つきは子どもにしては落ち着いているが、顔立ちは充分幼い。丸顔で頬もふっくらしているが、太っているということではない。痩せすぎでもない。肌はこの年ごろの男の子にしては白い。あまり外で遊ばないのかもしれない。
短い時間では判断できないだろうけれど、いまのところ、子どもっぽい表情がない。なんだかずっと難しそうな顔をしている。笑顔を見せたり照れたり、むっとしたりむきになったり、そういう子どもらしい表情や仕草が見られない。
高橋くんはゲームから手を離さない。田中さんはにこにことわたしを見ている。
お盆を、ばんっ! とテーブルに置いた。紅茶がすこし溢れ出る。
「……スコーン、食べていいですか? その、あんまり買い食いってしなくて」
「いいよ。そんなのいちいち気にしなくったって」
「すみません。……ありがとうございます」
――一時一〇分。
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