ビギニング・ザ・デス
あおみどり
1. Your death Made Me ...
まったく至って普通な毎日だ。いや、普通でいいのだが。
高校に進学してからもう一年と一カ月が過ぎている。一年以上ほど前ならば、高校生活に無事花を咲かせることができるかどうか心配になっていた時期だろうが。そんな杞憂に終わった話はいいとして。
電車で通学し、アニメ主人公ポジションな座席、なんてものに憧れをひそかに抱きながらも教室の右端から数えて四列目の一番後ろの席に腰かけ、荷物を机の横にかける。
普通だろ? 普通じゃない点。何かアニメ的な展開が始まるのではと予測できる点はたった一つ。
俺には、友達が、いない。
中学まではキャッキャウフフしていたが高校デヴューはおそらくしくった! 教室の端っこの方で「関係者以外立ち入り禁止」なオーラを醸し出しているニチャァとか言ってそうな男子ですら四人はいるぞ。高校入って進級するまでも友達と呼べる友達がいない。どうした俺!
「ゴミカスTV神すぎて草」「コイツ雨田さんに昨日話しかけられてて面白かった」「そりゃあんな陽キャに話しかけられたらそうなる」やらなんやら言っているやつらに今更友達を作りに行こうなんて気にもならないし。
朝のHRして。授業して、授業して、イヤホンして一人で動画見ながら飯食って、授業して……。
まったく、異常なほどに、通常通りの毎日だ。
普通が羅列している、退屈な日常を、世界を、彼は生きてきた。生きてきていたのだ。ふいに訪れた、ある日までは。
「つづいてのニュースです。若者たちの自殺率が著しく上昇していることから……」
どこかのビルにくっついたモニターでやってるニュースの音声だけが聞こえてくる、電車待ち時間。後半に関しては駅内アナウンスの「間もなく……」でもみ消される。
歩夢の後ろに続く列。貧乏揺すりが激しい人や、険しい表情を浮かべる女性。苦労するしかないなら大人にはなりたくないな、と思いながら、電車の来る右側を振り向く。
?
何か、そこに違和感があった。何だ。スローモーションになる。歩夢は探る。イライラしている大人たちはいつもと同じ。聞こえてくる音も。 否、電車のクラクションが聴こえる。尋常じゃないほどに長い。大きい。そして、彼は発見する。
となりの女子高生の立ち位置がおかしい。前のめりで、一歩ずつ歩いていて、線路に、落ちる――、俺も?
誰かに押された。一瞬だ。この一瞬で胸がひどく苦しくなる。汗が噴き出ようとしている。重く、首を背後へとねじる。ねじろうとする。 早く、速く!
――フードだ。顔こそは隠れていて見えないが、歪んだ笑みを浮かべる笑みだけは目が捉えた。紫色の、パーカーをみにつけた男。お前が、この
目前に、ありえないほど大きく電車の全面が広がっていた。
せめて、この
それがわからない。なぜならばその瞬間に、俺は――。
歩夢が気付くと、そこは真っ黒な空間だった。自身の目が空いているのか、わからないほどに黒く、広がっていた。
「……ここは」
「気が付いたな人間」
「!?!?!?」
彼の目の前にヌッと白い光を纏った、人型らしきモノが現れた。
「――、どうなってるんだ」
「お前は、選ばれた」
「は、?何に」
「人は、その『命』がどれほど
「ちょっとまて、なにがなんだか」
「私の話を聞け」
困惑しか募らない状況だが、その一言の気迫で歩夢は少しずつ落ち着きを取り戻す。
「ここのところ、人の『自殺』が多すぎる。これが由々しき問題なのだ、神にとって」
「神?」
「いかにも。人の『命』とは、前世からの魂が所望した、神や人にとって聖なる代物なのだ」
「輪廻転生ってことか? 俺、死んだのか?」
「否、お前はこれから神々の使者となり、人の自殺を極力抑えるのだ」
開いた口が塞がらない。なんだこれ、異常だろ。
「このままこの状態が続けば、人の世界も、
「――俺じゃないとだめなのか? 俺だって、その自殺するような奴と、同じ人間なんだよ」
「お前は一度でも、助けようとした」
確かに、腕をつかんだような気はする。
「良いか。自殺をする人の心には『ヨコシマ』なる物体が存在している」
「よこ、しま?」
「黒くて小さいものだ。ヨコシマが今、人の世界を越えて
「それが、どうかするのか?」
「ヨコシマが集まりきったそのとき……! 忌々しい邪神が復活し、災厄をもたらすのだ」
バカげた話だ。だが信じるしかない。さっきまでの、フィクションのような出来事を身を持って体験したのだから。
「俺じゃ、きっとやりきれない」
「お前以外にも使者は存在している。世界の命運を、託す」
顔を少し上げると、景色はまた駅のホームに移り変わる。
そしてまた、彼女の手を、取って――――――――。
また、暗い世界だ。だが、自分の姿は見えている。
少しずつ、前に歩き始める。
「――!?」
音を立てながら、モノクロな背景が次々と左右に浮かび上がる。
一番最初、右手に見えた背景は、「赤ちゃんと――親子」
歩く。
「赤ちゃんが少しずつ、大きくなってきた」
歩く。
「お父さんと一緒に、遊んでる――」
歩く。
次に浮かんでいた景色。視点は低くて、物陰かどこかから中をのぞき見しているようで。そして――。
中には、無音だがはっきりとわかるほど、泣き崩れ落ち、許しを請うような女性と、罵声を上から浴びせる男性の影が、一つずつ。
……歩く。
「入学式」
「友達が、遊びに来た」
「――」
次の景色。視点が、見上げているようだけれど、どこか荒々しさが伝わっているような。
女性が、大口を開けながら、右手を、振り上げている。
……あ、るく。
次々と、雑音が響き始める。
「華蓮、今日泊めてもらえない?」「あんたなんていなければ!」「ごめんなさい……ごめんなさい……」「どした、そのあざ」「昨日、転んじゃって」「オマエ、夜遅くまでどこ行ってるんだよっ!」「ごめんなさい……」「ご両親から、暴力を受けている?」「はい。ずっと、前から……」「あの方たちがそんなことをするはずがないでしょう。反抗期というのもわかるけどね、ご両親にはちゃんと感謝を……」「成績、落ちてるな」「はい」「お前、舐めてるのか?」「――えっ」「ふざけてんじゃ、ねえぞ」「痛い、やめて」「口ごたえしてんじゃねえっ」「塾行くの?」「うん」「忙しくね? 部活にバイトに……」「いいの」「――さ、調子乗ってるよねー」「あ、分かる」「あんたさ、生きてる価値ある?」「えっ」「育ててきた恩も知らずにさ、迷惑しかかけてないよね」「私は……」「黙れっ」
私は。
私はただ。
どうすればいいのか。
それだけ聞きたかった。
何で?
どうして?
何で私じゃなきゃダメだったの?
私は。
私はただ。
生きていただけでしょう。
何で?
何でよ。
私のことなんて、何も知らないくせにッ!!
気付けば、白いドアをくぐったと思ったら、浮遊しているらしい足場にドタっと倒れ落ちたみたいだった。
泣いているみたいだった。彼も、彼女も。
そこには、背中を向けて立っていた、彼女がいた。
はっとして、使命を果たそうとする。
「――し、ぬなよ」
「……どうして?」
裏返った声に、名前もわからない彼女が応える。
「あんたが死んだら、きっと困る人がいる――」
「……ばっかり」
「――……え?」
「みんなみんな、嘘ばっかり!!」
喉が、はち切れたような大きな声で、彼女は叫んでいた。
「そんな人のことなんて、知らない!! みんなして、私を裏切ったんだ!!!」
「ち、ちがう、くって、自殺したらヨコシマってやつがでて良くないことが」
「――あのさ」
歩夢は言葉を、消すしかなくって、彼女は、かすれた声だった。
「これ以上生きていることより、良くないことって、何かな」
彼女は振り向く、歩夢はただ呆けた顔をしていた、それは今までの景色では見ることのなかったこれ以上無い程に澄んだ笑顔だった、彼女は両手で持つようにしていたハンドガンの銃口を額に向け、そして、歩夢が息を間抜けに吐くと同時に、両の親指でトリガーを引いた、頭が吹き飛んだ、黒の背景に、ドリッピングしたように白が弾けた、全てが暗転したように思えた。
鈍い音が響いたと思って、気付くと駅のホームだった。
右手は、誰かの左手を握っていて。
握っていた?
握っていた、だけだ。
それは、左腕しかなくて。
断たれている面はおぞましく、禍々しくちぎれているようで。鮮やかな血液が、飛び散っていて。
それを見つめるたびに、フラッシュバックする。
彼女が、不気味に笑ったまま、電車に衝突し。そして――。肉片になる光景。
歩夢は、気持ちが悪い程に実感した。
彼女は自ら、死んだのだ。
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