空色びーすと

萩村めくり

「社会的に死にました……」

人々が行き交う、古ぼけたショッピングモール。

その屋上に、黒いコートを羽織り佇む女性がいた。

彼女は、気怠そうにぐるりと視線を一周させると、視線はベンチに腰掛け、眠っている少女の所で止まった。

刹那、彼女は違和感を感じ目を凝らす。

「何故だ。何故見えない」

そう、本来彼女には見える筈なのだ、少女の未来が。

今まで、幾多数多の生物の未来を見てきた彼女だったが、その少女の未来だけはノイズが掛かり、見ることが叶わない。

「あの少女の未来は、私の思想の範疇を越えているということか!……面白い!」

言い終えると同時に、彼女の手は黄色く輝く。

「フフッ、この私ですら踏み台に過ぎぬのだな」

自嘲気味な笑みとは対象的に、彼女の気分は高揚していた。

彼女が黄色く光る手をクイッと動かすと、光は少女の胸に飛び込む。

「受け取れ、お前にはこの力が必要だ」

そう言うと、彼女は瞬く間に消え、跡には何も残らなかった……。


彼女の予想は、大方間違っていなかった。

但し、彼女が少女と言ったのが中性的な顔をした少年であり、女性でないと扱い難い魔法の素質を与えてしまったのが、彼の人生に波紋を広げることになる。

彼の名は未空みそら。数奇な運命の導きで、彼は何処へ辿り着くのか?


今日は、カーテンの隙間から漏れた陽光で目が覚めた。

両脇でスヤスヤと寝息を立てる双子の妹達を起こさないように、そっと布団から抜け出し洗面所に向かう。

さっきから視界を覆う、青髪が鬱陶しい。地毛は黒の筈なのに。

「きっと梨乃か詩乃のどちらかが、カツラでもかぶせたんですね……ふぁぁ」

欠伸を噛み殺しつつ鏡の前に立つと、写ったのは顔の大部分が青髪で隠れた女々しい顔。

「暗い私には似合いませんね……。しかもケモミミまで付いてるし」

だけど、こういう溌剌とした色もなかなか……。

なんて想像は、ポツリと発された言葉に遮られた。

「そらがグレた……」

振り向くと、姉である千晴ちはるが立っている。

すらっと引き締まった、スレンダーな体躯に明るめの茶髪。自分とは相反した容姿と性格に、憧れと共に尊敬も抱いている、自慢の姉さんだ。

「おはようございます姉さん。これはカツラですよ。起きたらこうなってました」

取り敢えず状況説明。誤解は早めに解いておかないと。

「そっかカツラかぁー。あ、耳まで付いてる」

姉さんに耳をモシャられる。作り物の筈なのに、何だかこそばゆい。

「そら」

「はい?」

「……これ、カツラじゃない。本物の毛だ」

「………………ヘ?いつの間に植毛されたんですか?」

「待てよ……そらからうっすら微弱な魔力を感じる。いやでもそらは男の子だし……」

……あれ?今まで気づかなかったけど、なんかお尻の方もモゾモゾする。ま……まさか!

疑惑が確信へと変わり、お尻からその物体を掲げる。

「ね、姉さん!尻尾も生えてます、モフモフのやつ!」

形状は、狐のそれに近い。実際に触ったことはないけど。

「なんと!おっ、気持ちいーね」

姉さんが尻尾に顔を埋めてくる。試しに触ってみると想像以上にモフモフだった。

「ですねー。……ってそうじゃなくて!何で人間の自分にこんなものが!」

「あー……オチケツして聞いてね?」

「……オチケツして聞きます」

この状態で落ち着けるわけがないが、話が進まないので渋々了承した。

「なんか、そらに魔法の素質が宿っちゃって、副作用で青髪になり耳と尻尾が生え揃っちゃった……みたいな?」

「誰得なんですかその副作用!」

「んー。まぁわたしはそれなりに得してるし」

「それより、何で姉さんはそんなことわかるんですか?」

もしかすると、社交性が皆無な自分は知らないだけで、耳と尻尾が生えた時の一般常識なのかもしれない。

「それは、わたしもそらと同じ魔法使いだからだよ!」

「でも姉さんは髪色どころか野生化もしてないじゃないですか、ずるい!」

「魔法の素質ってのはね、女性と相性が良いんだ。だけど、男性とは相性が悪くて、宿ると今のそらみたいに体に異常を来すの。そもそも男性には宿らないものなんだけどなー」

「……元に戻る方法は無いんですか?」

「残念だけど、一度宿った魔法の素質が離れることはない」

一生このまま生活しなきゃなのか。辛い現実に目を背けたくなった時、

「だけど、元の姿に戻る手段があるかもしれない。手掛かりを探しに行こう、そら」

どんな時も、変わらず寄り添ってくれる姉さん。気楽でお転婆で、でもそんな姉さんだからこそ、頼もしい。

「お願いします姉さん!」

「よーしそれじゃ、梨乃りの詩乃しの起こしてきて。ご飯にするよ」

「はーい」

梨乃と詩乃は双子の妹で、顔は似ている為、寝ていると特に見分けにくい。

じっと二人を見ていると、黒髪はともかく、成長期なのになかなか伸びない背は自分譲りなのかもと申し訳なくなる。

「梨乃、詩乃ご飯ですよ。起きてくださいー」

「……おはよー、って兄さんずいぶん珍妙な格好してるね。お年頃なの?」

「……おにい、詩乃は似合ってると思う」

毒舌な梨乃に、フォロー上手の詩乃。顔は似ているのに性格は全く違う。

取り敢えず、二人にも説明しとかないと。

「お兄ちゃんは、ひょんなことから魔法の素質が宿っちゃって、こんな珍妙な姿になっちゃいました。以上!」

「へー。それは災難だったね」

「……全然可笑しくない。むしろかっこいい」

「二人とも順能力高いですねー。取り敢えず、ご飯食べましょうか!」

「はーい」

「……ん」




これは、青髪ケモミミという社会的に殺された少年が紡ぐ、社会復帰を目指す為の物語である!

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