透明人間になる方法
結城彼方
透明人間になる方法
「六村。お前クビ。明日から来なくて良いから。」
「山岸先生。どういうことですか?いきなりクビだなんて。」
「お前はもういらないって事だよ。1ヶ月分の退職予告手当出すから、明日から事務所に来るなよ。」
「せめて理由を言ってくださいよ。俺、今日まで一生懸命やってきたじゃないですか!」
「理由?そんなもん要らないんだよ。退職予告手当を出せば即、クビを切れるんだよ。社会はそうなってるの。」
「そんな・・・今クビにされたら困ります。まだ入社して3ヶ月だから失業保険も貰えないし、1ヶ月で次の仕事を見つけるなんて無理ですよ。」
「そんな事、ウチ事務所には関係ない。まぁ、強いて言えばな、お前とはソリが合わないからクビにするんだよ。」
「そんな理由でクビになんてできないはずです。不当解雇だ。」
「そうか?じゃあ裁判所にでも訴えるんだな。新卒のお前に弁護士を雇う金があるならな。ハハハッ。」
「それを解ってて、こんな不当解雇を・・・」
「ほら。クビなんだからさっさと事務所から出ていけよ。」
こうして、六村は職場の中堅会計事務所をクビになった。
(どうしよう。これからどうやって生きていけば良いんだ・・・)
頭の中が真っ白になった六村はフラつきながら駅のホームを歩き、家に帰った。六村の頭の中は焦りでいっぱいだった。
(どうしよう。1ヶ月で次の仕事なんて見つかりっこない。仮に見つかったっとしても、頼れる人もいないし、次の給料日までどうやって生きれば良いんだ・・・完全に・・・詰みだ。)
天涯孤独の六村に助けを求められる人間はいなかった。そして、六村の頭の中に一つの考えが浮かんだ。
(死のう・・・どうやら俺の人生はここまでみたいだ。)
死を決意して、フラフラだった六村の足に力が戻った。椅子に座り、ネットで死ぬ方法を調べた。薬、練炭、飛び込み、飛び降り、入水、焼身、首吊り。色々な死に方があったが、1番楽そうな首吊りを選ぶ事にした。
そしてさっそくホームセンターへ行き、ロープを買った。六村の顔に生気が無かったのだろうか、レジの店員が心配そうに六村を見ていた。その後は、念のために睡眠薬と酒を買った。ハッキリと死を意識しながら首を吊るのが怖かったからだ。
そして帰宅すると、六村はさっそく準備に取りかかった。実は首を吊る場所は別に天井ある必要は無い。首が吊られたまま腰が浮いてる状態を作れれば大丈夫だ。例えばドアノブ等がそれに当たる。六村もドアノブで首を吊るつもりだった。ロープをドアノブにセットし、最後の抵抗のつもりで、事務所のパワハラが原因で死ぬ旨を記載した遺書も残した。睡眠薬をアルコールで流し込み、ロープを首にかけ、頭がボンヤリとしてきて死への恐怖が消えたら腰を落とし、首を吊るつもりだった。
徐々にボンヤリとしてきた六村の頭の中に様々な考えが浮かんだ。
(俺が死んだら、世の中はどうなるんだろう。とりあえず、異臭問題で死体が発見されて、事務所はパワハラ問題でマスコミに取り上げられるのだろうか?そんなことないだろうな。こんな自殺、日本中でしょっちゅう起きてる。恐らく騒ぎにもならないだろう。死体が発見されて、死亡届が出されてお終いか・・・・・・!?)
ドクンッと、六村の心臓が躍動した。その音はどんどん強くなり、ボンヤリとしていた六村の脳を覚醒させていき、ある考えを思い付かせた。
(もし・・・もしも俺が・・・自分の死亡届を自分で出したら・・・記録上は当然、死んだことになる。だけども、俺は実在し続ける。つまり・・・透明人間になったも同じ。そうなれば何をしようと、例えどんな悪事を働こうと、死んだ人間を探すヤツはいない!)
六村はワクワクしていた。もし、本当に透明人間になれれば。自分はこの世で、ある意味無敵の存在になれると思うと興奮がとまらなかった。六村は首からロープを外し、カフェインタブレットで眠気を飛ばし、死亡届について調べ尽くした。
1週間後、役所にある男性の死亡届が提出された。男性の名前は六村未来。23歳でこの世を去った、若い男性のものだった。
六村未来という男の死亡届が提出されてから1週間後の金曜日の夕方。中堅会計事務所の会計士、山岸誠一郎は、5歳の息子ケンタ、3歳の息子コウタと公園で遊んでいた。
「ケンタ、コウタ。そろそろ6時だ。暗くなってきたし変えるぞ!」
「やだー!」
「ヤーダー!!」
ケンタに続いてコウタも帰宅を拒否した。山岸は、全く息子達のワガママにも困ったもんだと思いつつも、家族との時間という幸せを噛み締めていた。すると公園の端から、ジャリッ、ジャリッ、ジャリッと、足音が近づいてきた。山岸が足音のする方を見ると、黒のパーカーに、黒マスク、黒スウェット、黒ブーツのいかにも怪しい男が近づいてきてた。
「ケンタ、コウタこっちに来なさい。」
山岸のただならぬ雰囲気にケンタとコウタはすぐさま山岸の元へ戻ってきた。そして、山岸は言った。
「ケンタ、コウタ。今から家まで走って帰りなさい!」
「パパはー?パパはどうするの?」
「パパ後からついていくから大丈夫だ。さぁ、早く行きなさい。」
「それは困りますねぇ。山岸先生。」
「お前、六村か?」
「そうですよ。お久しぶりです。元気にしてましたか?」
「いったい何の用だ?」
「用ですか?それよりも、息子さん達を俺から逃がそうとしてたみたいですが、そう上手くいきますかね?3人とも助かるなんてのは・・・虫が良すぎるんじゃないですか?」
そう言うと六村は、大きめのマチェットをスウェットから取り出した。
「お前、いくらクビにされたからって、俺を殺すのはやり過ぎなんじゃないのか?」
「山岸先生を殺す?冗談はよしてくださいよ。そんなことしても山岸先生は何も苦しまないじゃないですか。そうでしょう?」
それを聞いた山岸は背筋がゾッとした。
「待った!止めてくれ!!息子達は傷つけないでくれ、代わりに俺はなんでもする。望みは復職か?金か?」
「どちらでもありませんね。俺が望むのは先生の不幸です。」
そう言うと、六村は山岸の息子達の方へ足を進めようとした。山岸は振り返り、息子達へ叫んだ。
「ケンタ!コウタ!逃げろ!!」
そう叫んだ山岸の顎に、六村の拳が打ち込まれた。山岸はそのまま意識を失った。
キ───────ッ、コ──────ッ
キ───────ッ、コ──────ッ
キ───────ッ、コ──────ッ
倒れている山岸の耳に音が聞こえた。
キ──────ッ、コ─────ッ
キ──────ッ、コ─────ッ
キ──────ッ、コ─────ッ
山岸は徐々に意識を取り戻し、思った。
(これは・・・・何の音だ・・・・ケンタは・・・コウタは・・・どこだ?確か六村が現れて、鉈を持っていて・・・それから・・・)
ハッ!っとして身を起こした山岸に、信じられない光景が目に入った。それは、音を立てて動くブランコに置かれたケンタとコウタの切断された首だった。目の前の光景が受け入れられず、頭の中が真っ白になった山岸は、ケンタとコウタの首を抱き抱え、泣き叫んだ。山岸は何もできず、叫び声だけが夜空に響き続けた。
例え悲しみに浸りたくても、人が死ねば葬儀を行わなければいけない。それがこの国のルールだ。現実を受け入れられないまま、山岸は妻と共に淡々と検死を終えたケンタとコウタの葬儀準備を進めていた。時より、山岸はボソッっと呟いていた。
「守ってやれなかった・・・・・・」
そんな山岸に、妻は何も言わなかった。葬儀を終えると、警官がやって来て聞いた。
「犯人に何か心当たりはありませんか?」
その質問を聞いた山岸は、怒りを込めて答えた。
「犯人は、俺の元部下の六村です。俺にクビにされたのを逆恨みしてこんな酷い凶行に及んだに違いありません!」
「分かりました。調べてみましょう。」
そう言うと、警官は去って言った。
それから1週間後、葬儀の時に来ていた警官から電話があり、山岸に信じられないことを告げた。
「山岸さん。貴方の言ってた六村さんですが・・・貴方にクビされた1週間後に心臓麻痺で亡くなっていました。」
「何だって?でも、俺はあの日確かに見たんだ。大きな鉈を持って迫ってくる六村を。」
山岸は怒りの込もった声で訴えた。
「しかしですね、山岸さん。現に六村さんは亡くなっているんです。死んだ人間に人を殺す事はできません。」
「でも、確かに私は・・・」
「山岸さん!!」
警官が語気を強めて言った。
「死んだ人間の話をいくらしてもしょうがないでしょう。それよりも生きてる人間だ・・・そう、犯人は間違いなく生きた人間なんです。・・・ところで山岸さん。現場に置いてあった凶器に、貴方の指紋がついていたんですが・・・これってどういうことですか?」
「そんなの、私が気絶している間に六村が握らせたに決まってます。」
「死んだ人間が握らせたと?」
「それは・・・・」
「まぁ、確かに犯人が握らせた可能性もあります。もちろん。六村さん以外の誰かがね。それじゃあ、また何か分かったら連絡しますよ。」
そう言って警官は電話を切った。
山岸は混乱していた。
(六村はあの時既に死んでいた?じゃあ、あの日見たあいつは誰なんだ?それに警官も俺を疑い)「始めてる。なんでだ?なんでなんだ?あの日確かに、俺は六村を見たんだ。そして、六村が俺の息子達を殺したんだ!」
山岸はいつの間にか自分の感情を大声で叫んでいた。驚いた妻が山岸に寄り添いなだめた。
「大丈夫。大丈夫よ・・・」
さらに1週間後、自宅に山岸宛に荷物が届いた。送り主は山岸の勤め先になっていた。中を開けると1枚のDVDと、メッセージカードが入っており、カードには『これを奥さんと見て元気だしてください。』と書かれていた。山岸はケンタとコウタの遺影の前でボーッとしている妻を呼んだ。
「多分、会社の同僚からのメッセージDVDだろう。あいつら良いヤツらだから気を使ってくれたのさ。」
そう言って、DVDをプレーヤーに挿入し、再生した。するとそこには恐るべき光景が映されていた。そこに映っていたのは、倒れる山岸に泣きすがるケンタとコウタの姿だった。
『パパ~死んじゃやだよ~』
『パパ死なないで~』
そんな二人の撮影者が言った。
『大丈夫。パパ“は”死なないし、死んでないよ。』
六村の声だった。
『お前がパパを殺したんだ!』
ケンタはカメラに向かって怒りの眼差しをむけた。コウタは訳が解らずなきじゃくっている。そんな二人を見て六村が言った。
『さて、どちらから殺るか・・・・』
すると、六村の殺気を感じてか、兄のケンタが弟のコウタを守るように六村の前に立ちはだかった。それを見て六村は言った。
『美しい兄弟愛だ。順番は決まったな。』
次の瞬間、目の前にいるケンタを思い切り蹴り飛ばし、泣きじゃくるコウタの髪を掴み上げた。六村は蹴られた痛みで
『よく見てろよお兄ちゃん。』
「やめて!」
映像を見ていた山岸の妻は思わず叫んだ。もう結末は分かっているにも関わらず。
ケンタが顔を向けると同時に、コウタの首と胴体はマチェットで分断された。胴体が血を吹き出し、コウタの目からは生気が消えた。目の前で起きたあまりの出来事に、ケンタは恐怖で失禁していた。
『なんでよく見てろと言ったか解るか?』
最早ケンタは、六村の問いかけに答えられる状態ではなかった。カメラはズンズンとケンタに近づいていき、六村は言った。
『次はお前の番だからだ。』
そして、腰が抜け、失禁し、涙を流すケンタの首をはねた。映像を見ていた山岸の妻は目を覆い、山岸はあまりの怒りと悲しみから涙をながしていた。
だが映像はまだ続いていた。六村は鼻歌を歌いながらケンタとコウタの頭を拾い上げ、ブランコに乗せて動かした。そして、映像を撮りながら言った。
『あーあ。君たちのパパが余計なことをしなければ、二人とも元気にブランコに乗れてたのにな~。もちろん。胴体も一緒にね。ハハッ。』
山岸家に悲痛な叫び声が響いた。
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