アリーバ・リコ!
運昇
エピソード1
里子と響【前編】
これは
小学校最高学年になったばかりの里子は毎日が憂鬱だった。
なので里子は自分の教室に入る前、袖をぎゅっと掴んでお祈りをするのがルーティンとなっていた。
意を決して中に踏み込むと、憂鬱の原因は見当たらなかった。
里子は胸を撫で下ろした。
「おはよーりこぴん」と級友が出迎えてくれたので、里子は微笑みながら会釈。
そして「おはようございます」の言葉を遠慮がちに付け加えると、周りに気を配りつつ自分の席へ。
里子は椅子に手をかけたが、そのまま座ってしまう事に躊躇いを憶えた。
ふと校庭を見た。誰も居なかった。
里子の脳裏を焦燥がよぎる。
里子は急いでランドセルを置き、逃げるように裏庭の花壇へ水やりに行こうとした、その時だった。
サッカーの朝練から引き揚げてきた同級生の男子グループと教室の出入口ではち合わせに。里子は引きつった。
「おわ、出たな角館!」
「朝からあんしんおぱーいぷるんぷるーん」
「ちっちでか!ちっちでか!」
「のっぽのクセにちっちでか!」
「おっぱいデカ長、乳デカ罪で逮捕する!」
角館里子は5年生の中盤から165センチに届こうかというくらいにまで身長が伸びていた。併せて胸囲も急速に発達してきてしまい、それが自身の悩みであり、格好のネタにされていた。
自分よりも背の低い異性に身体的特徴を弄られる事に里子は屈辱を感じていたが、結局、何も言い返す事ができなかった。
5人の男子どもは里子が抵抗しないのをいい事に、取り囲んではやんややんやの大合唱。クラスの女子はその悪ノリを遠巻きに見ていたが誰も割って入ろうとはせず。
学級は無法地帯と化した。
里子はどんな辱めを受けても決して泣く事はしないと誓っていた。
しかし今日のように衆目の中でからかわれたりと状況は日々悪くなる一方だった。もういっそ泣いた方が楽なのではと目に涙が溜まり始めた時、遠くからでも誰だか判別できるような大声を撒き散らして、ひとりの少女が乱入してきた。
「おうおうおう!てめぇらアタシの
「・・・・・・っ!!響ちゃん!」
名前は
日本人の母親とドミニカ人の父親を持つハーフの少女で、目に毒なカラフルな服装を好み、頭部の真ん中から半分がドレッドヘアというエキセントリックさが際立つ。
響と里子は別クラス同士であるが、所属する少年野球チーム『鎌倉レッドサンダース』では一緒にバッテリーを組む仲間であった。背の低い響が投手で、背の高い里子が捕手という凸凹コンビで。
「んだよまた響かよ。うぜーな早くドミニカに帰れ」
と男子グループのリーダー格である
「てめこのやろいっぺん地獄を見やがれ!」
怒号をあげ猛獣のごとく壱狼に飛びかかり、これに壱狼も負けじと応戦。瞬く間に教室はパニックに。
やがて騒動に駆けつけた教員が2人を取り押さえたが、既に両者とも身なりがボロボロで、特に響は鼻から血を流していて服にまで飛び散っていた。
事情聴取も荒れた。
職員室は互いに相手を咎める発言が横行し、肝心のケンカの原因がよく分からず教員は困惑。埒が明かず仕方なく里子も呼ばれたが、当の本人は――。
「全部、りこのせいです」
と苦笑いで言うものだから教員はますます困った。まさか保留にする訳にもいかず、どうしようものかと頭を悩ませていたところ。
「せんせ」と真っ直ぐに手を挙げる響。
「リコは人のせいにしないぜ。全部自分が悪いって言う。いつもそうだ。試合でアタシがサイン通り投げなくて打たれた時もコイツは苦笑いを浮かべてごめんなさいって言うんだ。打たれたのは
「響ちゃん・・・・・・」
「なんて不安な顔してんだリコ。自信を捨てるな。ピンチの時こそアタシに任せるのが約束だろ?おい本多」
「なんだよ」
「来週の体育祭、クラス対抗障害物リレーでアタシとアンカー勝負だ」
「ばーか。誰がドミニカ女となんか勝負するかよ」
と壱狼は軽くあしらった。
そのつもりだったが、響は不敵な笑みを浮かべ壱狼の肩を鷲掴みに。
「アタシが負けたら裸で校庭を3周してやるよ」
「うっせぇなマジキモいんだよお前!」
響の思いがけない提案に壱狼は慌てて手を振り払った。
「ブスの裸見たって嬉しくないからな!」
「は?誰がアタシの裸って言った。てめぇの大好きなリコの裸だよ」
これに里子は声なき悲鳴をあげて飛び上がった。
教員は即座に理不尽を注意したが響は何処吹く風、まるで勝利を既に我がものにしたように勝ち誇っていた。
「親父譲りのドミニカンパワーを見せてやるよ。Vamos! Campeon!」
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