うちの通う予備校が最高っ★すぎて!

りらるな

プロローグ

第1話 

 揺られながら周りの様子を見ていた。まばらに座って自分のスペースを確保している。彼らはイヤホンを耳につけ、スマホをいじっていた。

 レールと車輪が重なり合う音が響く。

 窓の向こう側に映る景色は絶え間なく色を変えていく。初めて乗る人にとっては飽きることない景色だが、日常的に乗っているとその色は飽き飽きする。

 電車はある地点に着く度に速度を下げて駅に止まる。

 乗車してから六駅目でようやく降りた。

 改札に財布を近づける。布の中に隠されたチップがピッと鳴らせる。

 何台かの車が横を通り過ぎた。その様子を見ながらもマイペースに歩いていく。

 三階建てのビルは日差しにうたれ、キラキラと輝いていた。最近新設された建物。新品の塗装と心地よい色合いが印象的だ。その中へと入っていった。


 明天あす予備校。


 その建物の名前だ。そこは予備校。

 予備校とは各種試験を受験する者に対し、前もって知識や情報を提供する教育施設である(wikipedia)。特に、予備校の中で大学入試に合格するために授業を行うのカテゴリーである。

 地域には多くの高校がひしめき合っている。そこに通う高校生達はより良い大学に進学、企業に就職するために熾烈しれつな争いが行われている。

 誰もが希望する進路に進める訳ではない。必ず不合格になる者がいる。

 志望校に滑ったが、それでも諦められない意志により一浪して来年の合格を目指す。その間、試験に向けた勉強をするため通信教育を受けたり予備校に通ったりする。進学予備校は志望校合格のために通う施設であるのだ。

 もちろん、一浪だけではなく何度も浪人生の人もやってくる。

 彼らを合格に導くのが我らの役目。それが責務なのだ。


 青二才の建物。責務をまだ果たす前。初心の心を持って間近に迫る仕事にひとみの色を黄色に染めていた。

 明天予備校はまだその役割を果たしていない。

 面倒な契約は済ませた。ビルは建設された。次は……講師を集めなければならない。現代文、数学、英語、理科系統、社会科系統。最低でも五人? いや、それ以上は必要だ。それなのに、まだ一人も集まっていないのだ。

 講師を集める期間は短い。想像以上に手続きが長かったからだ。一方で、必要な講師は。

 頭が痛くなる。机に置かれた書類の束を怒りのまま崩したい衝動にかられた。


日向「メトモさん。「現代文」の候補を一人見つけましたよ」


 目の前にいた秘書が神様に見えた。神々しい光を放っている。藁にもすがる思いで、その光に向かって手を伸ばした。

 それが幸と出るか不幸と出るか。

 心の中は焦りの赤色から安堵の青色に変わっていった。


日向「今日お呼びしていますが、お目にかかりますか?」

愛知「そうだね。お願いしてもいいかな?」

日向「かしこまりました」


 彼女は一時間後にやって来た。

 史城ふみしろ うつつ────

 第一印象は女性らしさよりもどこか中性的な印象を受けた。高い身長とお淑やかな口調が脳裏に残った。

 データによるとそこそこの大学に進学し、現在は就活中。国語の能力は人一倍秀でていて、国語だけならそれがし有名大学の天才達にも張り合える実力を持っている、と秘書はタカをくくっている。

 彼女の熱と秘書の期待を受け、一応仮採用として受け入れた。

 早くて一ヶ月後に体験授業を開く。その様子を見て詳しい詳細を決めることにした。

 しかし、その時はまだ知らなかった。

 彼女は授業となると性格が変わることを。

 電柱に立つからすが嘲笑うかのように私を見下していた。すぐにカーカーと口に出して馬鹿にした。



 数ヶ月後。

 雨がポツポツと降る。凍てつく体に落ちてくしずくが体を冷やしていく。

 薄暗くなった外の世界。そこに違和感を発する明るい光。教室の電球が部屋の隅々まで光を届けていた。

 いくつかの地元の高校にこの体験授業を告知していた。その告知を受けてやって来た高校生。一律して真面目な表情を浮かべている。

 この体験授業は朝の部と昼の部で別れている。

 朝の部は難関大学を狙う高校生が体験してくる。昼の部は一般的にそれ以外を対象としている。

 難関大学を目指す生徒は朝早くからでもやってくる。質さえ良ければ簡単に集客できる。

 朝の部、一限目は現代文。

 現の授業だった。

 教室の隅から黒板を眺める。まだ、彼女の姿は見えない。

 直接目で見て評価を下す。そのために私は教室の目に付きにくい場所を陣取った。


 どうか緊張に打ち勝って欲しい……


 そう思いながら、評価シートを見ていた。緊張が授業の質を下げることもある。特に、あがり症だと体が硬直して、脳が正常な働きをしにくくなる。

 それでも席は外せなかった。

 評価するためには仕方ないことだ。そもそも、緊張すること自体が半人前を示すものだった。半人前なら生徒は寄り付かない。それもそうだ。ここはお金を払ってまでして授業を受ける予備校なのだから。

 ある程度、席が埋まる。

 授業の時間に差し掛かっていた。

 教室の前扉が開く。部屋の中にコスプレをしている人が入ってきた。高い身長、ロングヘアを活かしてカッコよく決めている。片目につけた眼帯が、見ている私を痛々しく思わせる。よく見ると、それが現だということがよく分かる。


現「我が名は「現」と言う者だ。よく我の明天あす物語の濫觴らんしょうに参加してくれた。魑魅魍魎ちみもうりょうひしめく暗夜で生き抜く知恵を授けよう」


 机の上に座り台詞を決める。

 面接にきた時に感じたイメージと今の厨二病イメージが違いすぎて頭が混乱する。その時は、まさかコスプレすると人が変わることなど知らなかった。

 緊張とか、そんなことを心配した自分が馬鹿馬鹿しく感じた。

 生徒達は戸惑ったり苦笑したり様々な反応を見せる。

 想像を遥かに越してくる授業に頭がついていけなくなっていた。

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