神になった独裁者

 ある国で革命が起き、その中心的指導者が新しい大統領となった。彼は圧倒的なカリスマ性を持ち、長期的に政権を担った。民衆は彼を讃え、彼の政策に賛同をした。しかし、悲しいかな、長期的に権力を握ることは、人の心を惑わせる。次第に彼は独裁的な政治を行うようになってしまった。

 革命から十年が経った頃、彼は自分の威厳をさらに高めるためにはどうすればいいかを考えた。この国に、彼に対して文句を言うもの者はいない。仮に彼の意見に対して反論する者いたとしても、秘密裏に抹殺されるからである。しかし、彼はいずれ自分の権力を脅かすような出来事が起こるのではないかと不安であった。

 どうすれば、カリスマ性を維持し、永続的に権力を維持することができるのか。彼は、鏡に映った自分の顔をまじまじと見ながら思案した。この数年で皺が増え、髪にも白いものが混じってきている。若い頃の写真と見比べると、どうしても衰えを感じてしまう。

 彼は思い付いた。若い頃に撮った一枚の写真のみを残し、他の全ては世間から処分するのだ。そして、側近以外、誰にも会わないようにする。そうすれば国民に永遠に若い姿を印象付け、カリスマ性を維持することができるのではないか。彼は早速行動に移した。そもそも独裁政権下で彼の写真は数多くは出回ってはいなかったため、写真の回収はすぐにできた。そして、若い頃の写真を刷り増しし、立派な額縁に入れて、国の至る所に飾らせた。国会議事堂、学校、公園から、公衆トイレに至るまで彼の若い頃の写真が飾られた。そして、彼は人前に姿を見せなくなった。国民に声明を出す際も、半透明のスクリーン越しで行うようになった。

 この政策は彼のカリスマ性をさらに高めることとなった。大統領というよりも神の如き存在として崇め奉られるようになった。国民は熱狂し、彼の政権は盤石なものとなった。


 彼が政権についてから数十年が経っていた。

 年老いた彼の日課は、高級リムジンに乗り、国内の至る所を視察することであった。リムジンのガラスはマジックミラーとなっていて、外側から覗き見ることはできないが、国民は彼の車だということは知っており、リムジンが通る時には膝を着いて、ひれ伏すのだった。

 いつものように視察をしていた際に、彼は急にもよおしたくなった。しかし、近くに国の施設はない。当然、このままリムジンの中でするわけにはいかない。不本意であるが、一旦降りて公衆トイレに行くことにした。

 側近に人払をさせて、彼はトイレに入った。壁には彼の若い頃の写真が立派な額縁に入れられていた。小便器は一つしかなかったが、人払いをしていたので当然誰もおらず、彼はすんなりとその前に立つことができた。用を足していた時に、後ろに気配を感じた。トイレには誰も入れるなと命令したのに、人を入れるなんて何をやっているんだ。リムジンに戻ったら、側近を即刻処分しなくてはいけない。彼はそう考えていた。

 後ろの男が、文句を言ってくる。

「早くしてくれよ、じいさん。こっちは漏れそうなんだ」

 声の感じから、若者のようだ。

 彼は、若者を睨みつけた。

「誰に言っているのか、分かっているのか。この国の大統領だぞ。今すぐにひれ伏すがいい」

「おい、ジジイ。何を大統領閣下の名を語っているんだ」

 若者は、突然、彼の後頭部を掴むと、顔面を壁に打ちつけた。彼は、床に倒れ込んだ。彼は、低くうめいた。しかし、若者は、攻撃の手を止めることなく、執拗に彼の腹部に蹴りを繰り返す。

 彼は、薄れていく意識の中で考えていた。私は、この国で崇め奉られる存在であったはずだ。それが一体どうしてこんなことに。国民は、誰を崇拝していたのだ。

 意識が途切れる寸前、公衆トイレの壁に飾られた写真が目に入った。

 ああ、このだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る