ろくぶて

北風に乗って、粉雪が舞っている。積もることはないだろうけれど、寒さが身に染みる。でも、今はそんなことは気にならない。隣で彼女が笑っているのだ。

「ねえ、手袋の反対言葉って分かる」

僕は、彼女より頭ひとつ分背が高い。だから、僕に話しかけるとき、彼女は常に上目遣いになる。

「え、ろくぶて」

「6回、ぶってだって。叩いてやる。えーい、ぽこ、ぽこ」

おどけながら、彼女が僕の腕を叩き出す。全く痛くはないが、僕はやめてくれと言いながら駆け出す。

「逃げるなんてずるいぞ。後4回、叩くんだから。待てー」


ピリリリリ。突然、電子音が流れ出した。

「お疲れ様です」

男が、僕のヘルメットを外す。

「どうでしたか。最新のバーチャル体験は。本物の彼女みたいだったでしょ。今、着てもらっているスーツはバーチャル映像とリンクしており、手を繋いだときの感触なども再現できるわけです。もしよろしければ、あちらでもう少し話をいたしませんか。今ならキャンペーン中で、お安くなっていまして……」

男は僕をテーブルの方へと、案内しようとしていた。

僕は独りごちた。

「ろくぶて」

叩いてくる彼女はいないのに、無性に痛くて仕方がなかった。

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