あなたもどうですか
それは、半年ほど前の金曜日のことでした。その日は仕事も早く終わったので、僕はいつもよりも一時間ほど早くアパートに戻ってきたんです。いつものように鞄から鍵を出して、玄関の鍵穴に差し込んだとき、違和感を感じました。
ん、なんだ。鍵が開いている。朝は間違いなく閉めたはずなのに、誰か中にいるのか。
僕は、インターホンを押してみました。中に人物がいるとしたら、何か物音がするかもしれない。そのときは、すぐは警察を呼ぼう。
ピンポーン。
聞き慣れた音でしたが、家の外で聞くと
不思議な感じがしました。
中で人の気配がしました。泥棒だろう。僕はスマホを鞄の中から取り出し、一一〇にかけようとしました。
その時、ガチャリと玄関が開いて、見知らぬ男が出てきました。泥棒だろうが、なぜ玄関に出てきたのでしょう。僕が不審がっていると、泥棒は早口でまくしたて始めました。
「いつもより、早いなあ。今立て込んでいるから、もう少し待ってもらえないかな。あ、もしかして、君がこの部屋の住人か」
「そうですが、あなたは誰ですか。そもそも何で勝手に人の家にはいっているんです」
僕は怒鳴りました。
「うるさいな。そんなに大きな声で言わなくても聞こえるだろ。大体こんな時間に帰ってくるなんて、何を考えているんだ。今日は、花金、花の金曜日だぞ。仕事が早く終わったからと言って、すぐに家に帰ってくるなんて、人生を損しているぞ。駅前の居酒屋で先に行って飲んでおけ。一仕事終わったらすぐに来るから」
そう言って、泥棒は玄関扉を閉めてしまったのです。
泥棒に叱られた僕は、なんだか一一〇番をかけようとしている自分が間違っている気がして、とりあえず駅前の居酒屋に行くことにしました。僕がしばらく居酒屋で飲んでいると、泥棒がやってきて、どかっと僕の隣に座りました。
「親父、うまそうなやつを五、六本、適当に焼いてくれ。あと、生一つ。いや、隣の兄ちゃんの分も合わせて二つ頼むよ」
届けられた生ビールを泥棒はぐびぐびと喉を鳴らして一気に飲み干すと、お代わりを頼み、僕に再び説教を始めました。
「兄ちゃん、あの部屋は何だ。ゲームしか置いてないじゃないか。お前は、社会人だろ。本の一冊でも読めよ。それにさ、カップ麺をあそこまで買いだめしなくていいんじゃないのか。どうせ毎日、カップ麺だろう。だから、そんなヒョロヒョロしてるんだ。運動しろよ。ジムにでも通えよ」
「はあ、すんません」
泥棒にしては、まともなことを言います。
そのとき、彼が僕に一つのペンダントを見せました。これを持つと、人生が好転するのだと言います。今なら格安にしておくからと言うのです。
僕は酔っていたこともあり、判断力に欠けていたのでしょう。ついつい買ってしまいました。
しかし、それからと言うもの、人生がつきまくりです。宝くじで高額当選が続き、彼女もできました。もう無敵状態なんです。もう何をするにしても怖くありません。この家は立派だなと思って、入っていって物色をしたとしても警察がくることもないですよ。ほんと、運が急上昇したんです。
どうですか。今ならあなたにも特別価格でお譲りしますよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます