お子様ランチ
娘のアムは、お子様ランチが大好きだ。ファミレスに連れて行くと、きまってお子様ランチを注文する。
子どもなのだから、お子様ランチでもいいではないかと思う人もいるかもしれないが、アムは十歳なのだから、万国旗がたてられたケチャップライスは少々不釣り合いなのだ。大体家の食事では、大人と変わらないくらいの量を食べる。それなのに、外食に連れて行くと、きまってお子様ランチを注文するのだ。
その日も、アムが頼んだのはお子様ランチだった。私と妻、アムの家族三人で近所のファミレスに来ていた。妻は、その注文を聞いたときに、自然と眉間にしわが寄った。さすがにお子様ランチは卒業していいだろう、アムに対して他のメニューを頼むように促した。それに対して、アムは嫌だと言った。妻は、どちらかというとのんびりした性格で、娘の考えを尊重するのだが、その時ばかりは自分の意見を曲げなかった。もう十歳なんだからお子様ランチ以外にしなさい、大体普段はもっと食べるでしょ。おまけについてくるおもちゃが欲しいなんて年齢ではないでしょうに。そのように妻は、まくしたてた。
それに対して、娘のアムは嫌だの一点張りで、妻との間には緊迫した空気が漂った。居心地の悪さを感じていた私は、アムに対して、お子様ランチにこだわる理由は何なのかを尋ねた。
アムは、テーブルに置かれたメニューばかりを見ていたが、「コッキ」とつぶやいた。唐突に言われたものだから、その音が「国旗」を指すものだと分かるには、時間がかかった。
妻が言う。国旗が差してあるから、嬉しいなんて言わないでよね。
喜んでくれたから。娘は、小さくつぶやいた。わたしが、幼稚園に通っていたときに、国旗を見てどこの国かを言えたときに、喜んでくれたから。
私は思い出していた。アムが幼いときに、ファミレスでお子様ランチにたてられていた国旗の国名を答えたときに、妻がすごいと大喜びをしていたことを。アムは、母親が喜んだことが嬉しかったのだ。
隣の妻を見た。妻は、泣いていた。
結局、アムは、国旗が立っていないハンバーグセットを頼んだ。アムは、家で食べるハンバーグより美味しいと言った。
アムがお子様ランチを頼むことはもうないだろう。国旗のために頼んでいたことすら忘れてしまうかもしれない。それが、子どもの成長ってもんだ。その晩、私はベッドの中で考えた。
あの日から、数年が経ち、アムは高校生になった。予想に反して、お子様ランチの旗の思い出はなくなっていないようだ。
妻は、家でハンバーグを出すときには、ケチャップライスに国旗をさすようになった。娘は、恥ずかしがって、ぶつぶつと文句を言いながらもなにか嬉しそうだ。それは、いいことなんだろうけど……。私のご飯にまで、国旗がたっているのはいただけない。
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