ママが冷たくなったのは

 僕は家に帰ると、ママに今日のおやつは何かを聞いた。

「ママ、今日のおやつは何かな」ママはいつも手作りのお菓子を作って、僕の帰りを待っている。おとといはプリンで、昨日はシュークリーム、そうだな、今日はクッキーかも知れない。

 ママはなにか家事に夢中になっているようで、返事が返ってこない。

「どうしたの。ママ」

ママは何も言わずに黙っていた。視線は遠くを見ているが、彼女の目は何も捕らえていなかった。

「どうしたの。ママ。具合でも悪いの」僕はママの肩を揺すってみた。ママの肩はふっくらとしていている。ママは最近は太ってしまって、ダイエットをしなくちゃと言っているけれど、僕にとっては自慢のママだ。

 僕は友達にママのいいところをいつも自慢しているんだ。友達はみんないいなっていってくれるんだ。ママはアルコールが飲めないけれど、お正月のおとそは一杯だけ飲んで、すぐに赤くなっちゃう。そんな可愛いママが僕は大好きなんだ。

 ママはまだ黙って遠くを見つめている。何も言わないその顔は、悲しそうだった。何かあったのかな。ママの悲しそうな顔を見ると、僕も悲しくなっちゃう。僕とママは一心同体なんだと思う。夏休みに一緒に海に行ったときにママの足がつったのを見たら、僕も足がつっちゃったんだ。僕が嬉しいときは、ママも嬉しそうにしているよ。大好物のカレーライスを食べているときは、ママの顔をニコニコしているんだ。

 どうしたのかな。ママ。今日は寄り道して帰ってきたから、怒っているのかな。そうだ。僕が帰ってくるのが遅かったら、心配してたんだ。

 「ごめんね。ママ。明日は寄り道せずに帰ってくるからね」

 ママは何も答えない。ただ、悲しみがさらに顔を覆っていくのが分かった。


 ママが口を開いたのは、少し時間が経ってからだ。

「ねえ、ママはあなたのことをいつも考えているわよ」

「僕もだよ。ママのことをいつも考えている」

「でもね、あなたとはいつまでも一緒にいられないの」

「なんで。僕はママといつも一緒だよ」

 ママはため息をついた。

「今日ね、ママ。近所の人に言われたんだ。ママはタケル君のことを甘やかしすぎるって」

「え。もしかして、佐藤君ちのおばちゃん。あのおばちゃんは噂好きで、すぐに人の家のことに口出しするんだってさ」本当にあのおばちゃんは嘘かホントか分からないことをペチャクチャペチャクチャしゃべるんだ。昨日だってさ、僕が帰り道に遊んでいるときに・・・。

「タケル君。ママの話を聞いて。」ママは自分の考えを言葉に出すのが、辛そうだった。先生が言葉はナイフだから気をつけて使いなさいと言っていたけれど、こんなことなのかな。

「ママは決めたの。子離れをしようって」ママは喉から出たナイフは僕の胸に見事に突き刺さった。

「でも、僕はママが必要なんだよ」僕はママの背中に抱きついた。

「悪い子にはならないから。いい子にしておくから」ママの背中が小刻みに動いているのが分かった。ママも本当は嫌なんだ。


「ごめんね。タケル君。・・・でも、あなたはもう38歳なのよ」


 僕は最近薄くなり始めた髪をもみくちゃにした。歳はとりたくないものだ。

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