夢の祭り

高梯子 旧弥

第1話儚く強かに

「三十歳までに結果を残せなかったら帰って来なさい」

 そう言われて実家を飛び出し上京した。

 初めて来る都会は何もかもが新鮮だった。

 蜘蛛の巣のような路線図、迷路みたいな駅構内、そびえ立つ建物。どれも私の生まれ育った町にはなかったものだ。

 何よりも一番驚いたのは人の多さである。テレビで見て人が多いんだろうなとは思っていたけれど、まさかこれほどとは……。

 想像以上の人の数に慣れるまでは人にぶつかりそうになったり、歩いているだけで疲れてしまったものだ。

 しかしこんなことでくじけている場合ではなかった。私は夢を叶えるために上京してきたのだ。

 そう、歌手という夢を叶えるために。


 きっかけは憶えていないけど小さい頃から歌手になりたいと思っていた。

 最初のうちは両親も応援してくれていた、のだと思う。しかし高校生になって進路を決めるときに歌手になりたいと言ったら反対された。

 歌手になれるのはほんの一握りだとか、仮になれたとしてもそこから歌手で食べていけるのはさらに一握りだとか。

 そんな言われなくてもわかっていることを何度も言われたが私の決意は変わらなかった。

 高校を卒業し、フリーターになって二年間働いて貯金し、二十歳の時に上京した。

 上京するため新幹線に乗るときには駅に友人や近所の人たちが見送りに来てくれた。

「頑張って」「応援してる」

 口々から発せられる言葉に私は勇気を貰えた。

 そんな人たちの想いを受け取った車内では期待が不安に勝っていた。

 私ならできる。みんなも応援してくれている。

 そう思って上京した。

 しかし案の定というか現実は甘くはなかった。

 ライブハウスでライブをやろうにもチケットがさばけず大赤字。自分で購入してもこっちに友達がいないからライブハウスの前や駅前でチケットを配っていたが誰も見向きもしなかった。

 路上ライブを開いても立ち止まって聴いてくれる人などおらず、たまに立ち止まったと思ったら罵詈雑言を浴びせられる始末。

 そんな日々を何年も送っていたが、継続して活動してたおかげか。少しずつではあるけれどライブハウスのチケットが売れるようになった。とはいえまだまだ赤字だけどお金を払っても私の音楽を聴きたいと思ってくれる人ができたのは嬉しいことだった。

 路上ライブでも足を止めてくれる人が増え、拍手してもらえたときは泣いてしまうかもしれなかった。

 このままいけば歌手になれるのでは、と舞い上がったのも束の間。それ以降はまた特に変化のない状態になってしまった。

 ライブハウスでのライブは対バンにも関わらず、私の出番の時は人がだいたい決まった数しか残らない。しかもライブハウスのオーナー曰く「客数が変わらないことよりも同じ客が来ないことのほうがまずい」だそうだ。

 確かに言われてみれば私の時に複数回来る客はいない。つまり私の歌は一回聴けばそれでいいってことだ。

 リピートもアンコールもない。

 その事実が一番ショックだった。

 客が全然来ない時よりも、心無い言葉を吐かれるよりも私の精神を傷つけた。

 それでも時折来る地元の友達からの連絡で元気をもらって何とか頑張れた。

 雨の日も風の日も雪の日も頑張った。

 頑張って頑張って頑張って頑張って頑張って頑張って頑張って頑張って頑張った。

 でも駄目だった。

 来月で約束の三十歳になる。

 今月いっぱいで今住んでいる家の解約手続きをして、両親に来月帰ると連絡した。

 地元に帰って一体私は何をすればいいのだろう。就活するにしても三十歳までぷらぷらしていた自分に就職先などあるのだろうか。それともお見合いでもさせられるのだろうか。それで地元の人と結婚して幸せな家庭を築く。想像できなかった。

 そんな悶々とした日々を過ごしているとあっという間に地元に帰る日となった。

 上京するときは見送ってくれる人がいたが、ここにはいない。

 それを少し寂しいと思いつつ新幹線に乗った。

 どうせ最後だからと窓側の指定席を予約した。車窓から見える景色は速すぎてよくわからなかった。

 トンネルに入り、窓に反射した自分の顔が見えた。十年の歳月を経た自分の顔は年相応の老け方をしていた。

 そんな顔をぼーっと見ていると段々十年前の自分の顔に変わり、映像みたく動き出した。

 都会でチケットを売る私。生活費を稼ぐためアルバイトする私。歌う私。

 色々な自分がフラッシュバックされる。

 それを見ながら自分の眼が潤んでいることに気付く。

 私はハンカチで顔を覆う。こんな所で泣いていたら馬鹿みたいだ。

 そして駅に着くまで眠るでもなくただ目をつぶり、心を落ち着かせた。


 駅に着き、新幹線を降りた私は友達から着信があることに気付く。

 折り返すとすぐに通話が繋がった。電話口の向こうからは何やら喧騒が聞こえる。

 要件を聴くと「今日祭りに来ない?」とのことだった。特に用事があるわけでもないので了承の意を返した。

 もういい年齢になったからお祭りなんて行く機会ないと思っていたが、まさか帰って早々行くことになろうとは。

 少し気恥ずかしい気もするけど、久しぶりに友達と祭りを回れるのも楽しみだった。

 お祭りが行われている近くまで来ると、これからお祭りに行くと思しき人々が私と同じ方向へ歩いている。

 その人波を避けながら待ち合わせ場所に行く。

 待ち合わせ場所には一葉かずは夏菜かなが待っていた。

 私のことを見つけると「こと!」と、手を振って叫んでいた。

 私は駆け寄り「久しぶり」と言うと「うわー、老けたね」と言うので「お互い様でしょ」と返した。

 そんな挨拶もそこそこに、二人は「早く行くよ!」と言って私の腕を引っ張る。

 私は訳がわからず「何々」と言っても「いいから」と言って私をどこかへ連れてゆく。

 私は諦めて付いて行くと見覚えのある広場に連れていかれた。

 そこには地元の人が出し物をやる小さなステージがあり、看板に『琴 帰省ライブ』と書かれていた。

 私が呆然と見ていると一葉が「早く、お客さん待ってるよ」と背中を押す。

「え、いや、そうじゃなくてこれは一体何?」

「え、琴のライブ観たいからってみんなで話したらこうなった」と夏菜。

「え、でもそんな急には」と言い訳をしようとする私を阻止するかのように客席から「お、琴ちゃん来たのかい」「待ってました!」と、歓声が上がる。

 それを聞いたら退くに退けなくなり、ステージへと上がる。

 客席を見渡すと十年分の歳月を経た見知った顔が温かく迎えてくれた。

 自分のギターを持ってマイクの前に立つ。帰って来るときにもうこうして歌うことはないだろうと思っていたけれど、こうして歌う機会を得られたことに感謝しながら歌う。

 これが最後のライブだと思うと負の感情も湧いてくるけど、今はそれ以上に今日ここに来ている人々を楽しませたい。

 そう思って私は叫んだ。言葉だけではない、魂が叫んでいる。


 楽しい時間というのは過ぎ去るのも早く、気が付いたら終わっていた。

 自分が何を歌ったのか、ちゃんと歌えたのかさえ定かでないけど、たぶんそれはお客さんを見ればわかる。

 温かい拍手。響く歓声。

 それだけで私は満足だった。

 私はお礼の言葉を述べ、ステージを降りようとして視線が固まる。

 客席最後方に両親が居たのが見えた。私のライブを観てどう思ったのだろう。後で何か言われるのかもしれない。そう思っていると、両親は手に持っていた大きな布の両端を持ってお互い左右に動いて開いた。

 そこには『好きなようになれ』と書かれている。

 それを見てようやく両親も応援してくれていたのだと気付き、涙が溢れそうになる。

 でもここで泣いているようじゃまた両親に反対されるかもしれないと思い、ぐっと堪えて笑顔でステージを下りた。

 私が一流の歌手になって今日ここに集まってくれた人たちに同じステージでライブをし、ここが最高のお祭りだと言わせたい。

 そう願って私は明日も歌う。

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