印の遊戯ー晴美の印ー
祭原
1-1 現代術師
不平不満の価値なんてのは、人それぞれだ。
ある人は、自身のコンプレックで。また、ある人は友人関係だったり職場環境だったりとか、或いは学力とか成績とか。
私、晴美 晴明の場合は、それに該当するのが多少の身体的コンプレックだったり学校の成績だったりもするのだが、その最たるは家系に帰結する。
4月の上旬、京都府京都市内上京区の神社で秘密裏にだが、式典が行われようとしていた。
今日行われるのは、別離の儀と呼ばれるもので現代で言うところの成人式である。
しかし境内には現在3人しか居らず、若者二人ともう一人は齢70を超えていそうな老人一人だ。
若者二人は新品であろうスーツにシワができるのも気にせず胡座をかき片手に醤油煎餅を摘みながらトランプでババ抜きをし、「そろそろ来るか....」「そろそろじゃないかなぁ」とこそこそと談笑をしつつ茶の間で寛いでいる。二人の襟元には小さなバッチがつけられている。五芒星を模した物の中央にそれぞれ「雨」と「雲」と書かれていた。
老人はというと鬼の面でもしてるかのような顔で「……何故じゃ!なぜ来とらん!」とぶつくさ言いながら境内を歩き回っている。本日の式典は総数四人で行われる予定のものであり残り一人を待ってるとこなのだ。
すると、茶の間に置いてあった老人のであろうガラケーから歌謡曲が流れた。
「あ、........来たねぇ」
精巧な顔を如何にも待ってましたと言わんばかりのニヤケ面にした若者は、老人に対してのプライバシー侵害行為でもあるのに気にしたそぶりもなく線の細い腕をテレビ台までのばし、置いてあったガラケーを勝手に開いた。
もう一人の如何にも鍛えてます。といった恵体の仏頂面の若者は「.....俺の負けか」と小さくため息を吐き、メールの内容を見ている若者の反対側からメールをの中身を覗き込んだ。
ちょうどその時、来たという声が聴こえたのであろう老人が廊下から茶の間に向かって声を挙げた。
「やっと来おったか!....まぁ、来たのなら良い。今回はだけ特別に不問としてやろう!。」
と言いながら足を運び茶の間に入った。
だが老人の威厳ある声に応答はなく、代わりの精巧な顔の若者がガラケーで小間使いのような態度で老人にメールを差し出した。
老眼を患っているのであろう老人は目を細めつつメールの内容を見たかと思うと、急に俯き徐々に身体が震えだした。
それを見た瞬間、二人の若者は鬼が鬼神になった事を悟ったと同時に耳を塞いだ。
突如、老人が目をかっ開き顔を真っ赤にさせたかと思うと山が震えるのでないかというほどの怒号が轟いた!
「はるあきぃぃぃいいい!こんのぉぉぉ、ゔぁかもんがぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!」
メールの内容はというと
急に桜がみたくなり、今すぐ其方に向かう事ができなくなりました。
我が敬愛する師の祝いを拒む事、許されたし。
というものであった。
ついでに画面をスクロールすると丸太の座椅子越しに桜があり、椅子の上には梅酒入りの小瓶とお猪口が写った画像が添い付けされていた。
その頃、三条鴨川沿いでは花見に訪れた見物客で賑わっていた。家族や友人と来たり、大学生と思しき集団が杯を片手に歌ったり、その隣では、夜の花見の場所とりであろう若き新入社員が点々と寝袋を被って陣取っている。
そしてその光景を、河川敷を跨いだところにある陳列する丸太の椅子の一つを一人の青年が陣取っていた。
その青年は、空を眺めていた。
「......広いなぁ」
側から見たら、如何にも酔ってます。という風にか見えない。というか酔っていた。
かと思えば急に自分のポケットを探り出した。
取り出したのは一枚の小さな白い紙とバッチ、バッチには五芒星に中央に「晴」と書いてある。
バッチは要らないのかポケットに戻し、小さな白い紙を折り畳み始めた。酔った手つきだからかなかなか綺麗に折れずあーでもないこーでないとなにやら四苦ハ苦していた。
一体何がしたいのか、紙を折る青年の近くにいた桜の観光客であろう少女が話かけて来た。
「大丈夫ですか?」
どうやら俯いた状態で唸っていたからか、体調不良だと思われたらしい。
だが青年は聞こえていないのか返事が返ってこない。様子がおかしいと思ったのか少女は青年の顔を覗き込もうとしたら。
「......でーきた!」
勢い良く青年が顔を上げた。
しかし青年の目の前には、空は広がっていなかった。
「......あり?」
と呑気は声を出す青年に対して、少女は少しばかり動揺したあと、
「......あー、.......大丈..不....ですか?」
と当初から思ってた事を口にした。
それに対して青年が三拍ほど頭にハテナマークを出してから、それなりに状況を理解したのか少女に答えた。
「大丈夫!完成した!」
と自身の掌を少女の眼前に差し出した。
「これって....折り鶴?」
困惑する少女を見て、青年は少し微笑んだかと思うと、
「まぁ、ちょい待ちよ」と告げる。
すると、
「.....え⁉︎」
驚く少女。紙でできた折り鶴が勝手に羽を少し動かし始めた。
「驚くにはまだ早い...」
そういうと青年は折り鶴に弱く息を吹きかける。
そこからの事を少女は忘れないだろう。辺りから強風が吹いたかと思うと、掌の上の折り鶴が羽ばたき鶴が桜の花びら包まれた。
「....なんだありゃ⁉︎」
花見客の一人が驚いた声をあげながら上空を指差す。周りの客達も何事かと顔を上げる。
上空には大きな鶴が飛んでいた。桜色の鶴だ。いや正確には鶴の形をした桜の花びらの群れだ。
観光客達はスマホを取り出しその光景を写そうと騒ぎ出し、花見客はこれはめでたいとばかりに、酒を更に浴び出した。
「......」
彼方へ飛んでいく鶴を呆然と眺める少女を横目に、青年は癖っ毛の強い髪を掻きつつ片手で小さな徳利をお猪口に傾けて、小酒瓶の中にあった雫程度の梅酒を注ぎ、口に運ぶ。
そして立ち上がり伸びをしたかと思うと、今度は丸太の椅子に背を預けて地面に座る。
河川敷沿いに咲いた桜の木を見ながら、注ぎ終わった小酒瓶を丸太置いて、此度の阿呆者たる晴美 晴明通称ハル20歳は、
「う〜ん、気持ち良い事この上ない。御師様の誘いを断るだけの甲斐はあったよ。うん、こればっかりは仕方ない。だって春だもん。」
そう言って瞼を閉じた。
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